4 敗北のアイドル

負けた。

 このあたしが、完膚なきまでに。

 許せない。

 自分が、相手が、世界が。

 あたしが一番じゃないなんて、絶対に嫌だ!!!!!

「˝あーーーーー!!!!!! 殺す!!!!」

 一人部屋でぼろぼろと泣きながら叫ぶ。

 悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。悔しい!!!

 絶対に復讐する。

 あのいけ好かない底辺女をぶちのめしてやる。

 必ず。

 決意した。あたしはあいつになにをしてでも勝つ。打ち倒す。その決意を。

 顔を見るだけで腹が立ってくるあの美貌。この悔しさを忘れぬ為に、真っ白な部屋の壁に彼女の写真をでかでかとプリントアウトして貼り付けた。

 臥薪嘗胆。

 毎日このポスターをみて、あたしはまだ敗北者であることを自覚する。そして勝者となった暁には、この憎たらしい顔面に思い切り画鋲でも突き刺してビリビリに引き裂いてやる。

 それまでの辛抱だ。煮えたぎるこの感情をラップ練習の原動力に変える。

 これまで通り、あたしは全てで一番であり続ける。

 Dependence。

 後悔させてやる。このあたしに舐めた口きいてきたことを……!

 公衆の面前で、完全なる屈辱的な敗北を味合わせ、二度とラップなんてしたくないと思うくらい決定的に勝利してやる。

 覚悟しろ、ラッパー。

 もう後戻り出来ない本気の美少女の強かさを。

 アイドルにはもう戻れない、落ちるところまで落ちたあたしにはもう、この道しかないのだから。

 YouTubeを開くと、この間のあたしとあいつの動画が10万回再生を突破していた。

 でもあたしは今更その程度の再生回数で驚くようなタレントではない。別に炎上なんかしなくたって、元々それくらいどころかその10倍、100倍の再生回数は狙える人気があった。

 それが、大人気清純派アイドルが暴言を吐いたというスキャンダラスさと、あいつのラップが上手いということによって再生回数が伸びている。

 ムカつく。

 あたしのかわいさ、あたしのおもしろさ、あたしのすごさ、あたしの優秀さだけで伸びろよ。

 ムカつく。

 コメントを見る。


『ねねね、完全に終わったな』『Dependence怖いけどぐうシコ』『ファンのこと数字でしかみてなかったのかよこいつ。ほんとにクソ女じゃんwww』『普通にラップ上手くて草』『Dependence上手すぎ。こんなん元アイドルなんかが勝てるわけないじゃん。対戦カード組んだやつ馬鹿だろw』『めっちゃいい試合。2人とも個性出てるし超リアル』『俺は禰寧音ねね好きだな。こういう感じなら今後もバトル出て欲しい』『アップ感謝』『こういうのが出てくるからMCバトルつまんなくなってくんだよな。こんなのの相手させられるディペデがかわいそう』『めちゃおもろいじゃん。てか2人とも顔良過ぎ』『このアイドルめちゃくちゃかわいいな!』


 うざ。

 うざ!

 うざうざうざうざうざうざうざ!!!

「こいつら絶対黙らせてやるっ……!」

 アンチコメントに返信しそうになる指先を必死で制御しながら、別の動画を開く。

 この世全ての芸事は守破離。

 まずは何事もその道のプロを真似るところから始まる。

 そしてそれを完全に模倣できるレベルに達したら自分だけの個性を身につけ、新たな一番に成り代わる。

 あたしはまだ他人を真似る初期段階だ。前回のバトルでは個性を前面に押し出したが、あれはダメだった。スキルが身についていない状態での付け焼き刃の飛び道具は目を引くだけで本物には敵わない。ただのイロモノだった。

 あの女は、個性とスキルどちらもが群を抜いていた。完全に離、最終段階へ既に達している。

 結局あの大会もあいつが優勝していたし。

 あたしはすぐにでもその境地に達しなければならない。

 ならば、することは一つ。

 ひたすらに、強いヤツのバトルを見る。

 それだけだ。

 あたしには絶対的に、MCバトルがどんなものか、どんな奴が勝つのか、負けるのか、勝てるラップとは何なのか、その蓄積が足りない。

 そして流れ始めた400万回越えの再生回数を誇るバトル動画、その画面に、あたしは釘付けになった──。

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