1 満ちたりない 未知たりない
【汚れを落とせば落とすほど
穢れの中に堕ちていく
輝き光れば光るほど
深く闇へ染っていく
本当の君を知りたいなんて最低の嘘
それを守ってあげるからどうか消えないで
どこまでもついてきてはなれないで
絶対 約束
AIZIA/契約】
「わぁ~、またきてくれたんだぁ!ありがとう~。ほんとに嬉しいよー♡」
残念なお知らせをして来たあと、マネージャーは普通に握手会へあたしを派遣した。
どういう神経してんだよと思わなくもないが、それだけあたしを高く評価しているのだろうということで許してやろう。
「あ! 前も来てくれたよね! あたし推しなんだぁー♡ 嬉しいなぁ~。推し変しちゃダメだよ?」
そのスキャンダルが悪辣な大衆雑誌に掲載されるのは、1週間後とのことらしい。(ちなみにその時に「あんたさっき今からAIZIA脱退してもらうとか言ってたじゃない!」と言ったら「言葉の綾という単語を辞書で引いてみてくれ」と言われた。しね)。
「ねー! ねねねも大好き! いえーい!らぶ!」
掲載を差し押さえることは出来なかったが、それだけの猶予を得る程度の力はあったのだろう。その辺の事情には詳しくもないし、そんなに興味もない。
ただ、それまでの間今まで通り愛想を振りまくのはなんとも骨が折れる。確実に崩壊するとわかっている堤防を作らされているような気分だ。無為というのは最も人間の心をおかしくさせるとあたしは思う。
「わぁ~今日もかわいい~! ん? あ、またなんか大会あるんだ!? わかった、頑張って!ねねねが応援してるからね!」
けれど、そんなことを一切感じさせない笑顔で、この数時間に「今日は来てくれてありがとう♡ また会えたら嬉しいな♡」と、少なくとも100回は言った。
我ながらアイドルの才能に満ち溢れ過ぎている。というか、全てにおいてあたしは天才的過ぎる。
まあだからこそ、こんなしょうもない事でその才能を無駄にしてしまったのかもしれないけれど。
「ええっ!? でもメンバーの中であたしが1番地味だと思うけど……、ほんとに?! もぉ! 本気にするからね! 約束だよ?」
全てが欲しかった。
勉強もスポーツも芸事も全てで1位になれた。中学の時は1番人気だった男子に自分へ告白させるよう仕向けてあっさり成功した。
その延長で、ついやってしまった。アイドルでてっぺんとったし、いくか~とふと思いたち、芸能界のトップクラスの男(それも割とたくさん)にちょっかいかけてしまった。
「えー? あたしだけを見てくれる人が好きだよ? 浮気は許さないからね?」
そう、いつもそうだ。何もかもが欲しくて本気を出す。その瞬間はいい。でも手に入れると、急にどうでも良くなる。
それが一流芸能人ならそんなことも無いのかなと少しは期待していたのだけど、そんなこともなくて。
「うそ、久しぶり~! もう他界しちゃったのかと思ってた……! ねぇ、ねねねに寂しい思いさせないで! おこだよ!」
満たされない。
どんなにいいとされる異性から言い寄られようとも、どんなに多くの人間から本気で好意を伝えられ応援されようとも、アイドルとして頂点に立とうとも、2万人のファンの前でセンターとして歌おうとも、満たされることは無かった。
「わ~、初めて来てくれだんだ!! 嬉しい! どう? 実物見て幻滅してない?」
あーあ。
あたしなんで生きてんだろなぁ。馬鹿みたいだ。
そんなことを考えながらでも、偽物の愛を込めて手を握り夢の様な言葉を紡ぐことは出来る。
あたしは今日も最高にかわいいまま、仕事を終えた。
「ほーんと、今日も超かわいかったなぁ、あたし……」
その次の日、ずっとアイドルでいるために──AIZIAのセンターでいるために──空けていなかった耳に穴を開けた。ついでに、ピンクのエクステもつけた。
そして1週間後。
世間のあたしへの評価は、理想のアイドルから最低のビッチへと成り下がった。
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