がーるみーつひっぷほっぷ
ふみのあや
プロローグ 脱落と画策
【みんな死にたいと願ってる 死ぬが口癖になってる
あの子は20代で終わりたいって男に金を貢いでた
あいつは10代で死にたいってストゼロをずっと飲んでた
あの人は伝説のままに27で息を引き取った
私たちはどうかなマネージャー?
この先、生き残れると思う?
オタクたちはどうかなメンバー?
この先、推されてると思う?
タカイタカイタカイタカイタカイタカイ
破壊衝動に嘘つかないで生きよう
瓦解した社会も魔界みたいな世界もぶっ壊して
たかい金字塔から落っこちて死のう
AIZIA/タカイタカイ】
その日、私は頂点から底辺に転げ落ちた。
いけ好かないマネージャーからの呼び出し。
メンバー全員でなく、何故かあたし一人だけ。それも一回も使ったことないし人もあまり寄り付かない会社の奥まったところにある会議室にと来れば──。
なにかよからぬ事が起きるのだろうという予感があった。タチの悪い風邪をひく直前の様な。
そしてその心当たりは、割といくらでもあった。
部屋に入ると、正面の椅子に足を組んで座るマネージャーがまず目に映った。彼女はすっと立ち上がりつかつかと歩み寄ってくる。
至近距離に迫る見慣れた顔。
真面目そうな眼鏡とは裏腹におちゃらけた髪型と髪色をした彼女は、全くの無表情で口を開いた。
「ねねね、お前のアイドル生命は今日で終わりだ」
何を言い出すかと思ったら。なんかのドッキリ?
「はあ?何言ってんのあんた? たとえあたしがアイドルやめたくてもファンが止めさせないでしょw」
一笑に付す。様々な可能性を考えたが、ありえない。あたしは日本に1万人はいると言われるアイドルの頂点だ。その私がアイドルをやめるなんて、明石家さんまが芸能界を引退するくらいありえない。
本気でそう思う。
だって、それくらいの根拠の無い自身が無ければ、こんな世界で1人でたたかっていくことなんてできない。ここまで上り詰めることなんてできない。自信を持てなければ、のし上がっていくことなんてできない。誰かが押し上げてなんてくれない。自分で上がるしかないんだから。ファンがいくら推したって、本当に押されることはないんだから。
けれど、偶像は所詮神ではなく、その紛い物であるのであれば。
その虚構が崩れる可能性は大いにある。少なくともその芽を撒いている自覚のあった私は、無意識に手を震わせていた。
だって、誰よりも自分が嘘の塊だって知っている。こんな二律背反で成り立つ脆いハリボテのあたしは。
そしてそれを知る数少ないもう1人は、おもむろにスマートフォンを取り出し、あたしの方に画面を突きつけて見せた。
「ファンが止めさせたくなくとも、この世界にはそれ以外の人間の方が多いってことだ。見ろ」
そこにはあたしと、ある一人の男が映し出されていた。それをサッサッサッと、何枚もスライドさせていく。
「……あっ」
「悲しいが、今からお前にはAIZIAを脱退してもらう」
彼女は淡々と。どこまでも淡々とそう言った。底辺地下アイドルのクソ下手くそな歌でももっと感情こもってるだろと思わんばかりの無だった。こないだあたしに「その日は仕事だ」と言ってきた時と寸分変わらないトーンだった。
だからなのか、受け入れ難い内容もすっと胸に納まった。
「……わかったわ」
「意外とすんなり受け入れるんだな」
「まあ、バレるとは思ってなかったけど自分のやったことだしね。メンバーにけむたがれるのもムカつくし」
人に迷惑をかけるのはなんとも思わないが、それによって好き勝手文句を言われるのはムカつく。
「そうか。想像してたよりもお前が大人でびっくりしてるよ。正直もっと喚き散らしたりするかなと思っていた」
それが自分のとこのタレントにかける言葉なわけ?
「あんた、ほんと性格悪いわね……」
「そりゃあそうだ。でなきゃこんな仕事やってない」
「そりゃそうか」
「あぁ。だが、恐らくお前の想像の100倍は私は性格が悪いぞ」
なぜか得意気に彼女はそう言った。
その辺の芸能人よりよっぽどキャラが立っているこいつがなんでマネージャーなんかやってるんだろうって、こういう時にふと思う。どう考えても、今はそんなことよりももっと考えるべきことが沢山あるはずなのに、なぜかそんなことを思考していた。
「だとしたら人類で最も性格が悪い人間があんたってことになるけど?」
「そうだと嬉しいがね」
「なにニコニコしてるのよ……。気持ち悪い……」
「落ちぶれていくお前が再度高みへと這い上がる姿を想像するとね……ククク」
マッドサイエンティストみたいに恍惚と、彼女は薄気味悪い笑みを浮かべてねっとりとあたしを一瞥した。
シンプルに気持ち悪い。
「落ちぶれて悪かったわね。あたしのはもちろん、今までのあなたの努力もこれでパー。さぞかし気分がいいことかしら?」
普段から飄々としてて腹立つ。少しはこいつの狼狽しているところを見てみたい。そんな意味で、自分の人生をかけた皮肉を仕掛けてみる。
けれど齢17の小娘の言葉なんて、彼女にとってはコンビニに置いてある雑誌の見出しくらいにはどうでもいいみたいだった。
「──そこでだ。そんな商品価値最低のゴミクズと化したお前の初仕事を、既にもう取ってきてある」
「は? なに? 謝罪会見でもするわけ?」
「その必要はない。あえて言うなら、その逆だ」
「はぁ?」
「ねねね、お前──MCバトルって、知ってるか?」
その一言で、きっとどんなスキャンダルよりも大きく、日本のトップアイドル禰寧音ねねの人生は変わった。
タカイタカイタカイタカイタカイタカイ破壊衝動に嘘つかないで生きるために。
瓦解した社会も魔界みたいな世界もぶっ壊して高い金字塔から落っこちて死ぬために。
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