終着点
acco
終着点
私は一つ階段を上る。
コツリと音を立てて、自らの靴が鳴り響く。
そのことに私は思わず笑みを浮かべた。
興味深い。
これほどまでに身体の隅々を音の雨が叩き、
心の臓すら貫かんとするほどの衝撃が私を迎えているというのに、今強く感じているのは私の身体自身が奏でている鼓動のオーケストラだ。
視界は暗く、何も見えない。
だからこそ、駆け巡る血流が、ひどく不規則な息遣いが、唾液を飲み下した喉なりが
あまりにも大きな騒音として聞こえてしまう。
高揚しているのだ。この瞬間を迎えることに。
また一つ私は階段を上る。
私の本質は平凡であった。
良くも悪くも人に影響を与えることのない、
よく言えば無害、悪く言えば鈍重であった。
今でも私はそう思っている。
しかし、それを環境は許さなかった。
誕生した瞬間から私の双肩には巨大な岩でさえ
押し潰すほどの責任と期待がのしかかっていた。
私は努力した。
すべての期待に応えようとした。すべてをより良いものに変えようとした。
そして今、その結果としての終着点。
ようやく私は報われたのだ。
最後の階段を上る。
・・・・
視界から闇が晴れ、光が私を歓迎する。
ゆっくりと瞼を開いた。
・・・・
ああ、なんて素晴らしい。
白いキャンバスに色が塗られていく。
見渡す限りの人、ヒト、ひと。
その一人一人がこの瞬間を待ちわび、歓声を上げている。
視界が耳になったかのようにその声の衝撃が見える。
雨なんて生易しいものではない、音の洪水だ。
肌を打っていただけの音は、今や私の外側を飲み込み、内側から爆ぜようとしているかのようだ。
たまらず頭を垂れる。
胸を渦巻く感情に涙がこぼれる。
あれほど恋焦がれ、欲しくてたまらなかったものがここにある。
人生で初めて、向けられた期待に対し私のすべてで応えられるこの瞬間に感謝した。
そして確信する。
私は、今この瞬間のために生まれてきたのだ、と。
ふと、私の右隣から腕が伸び私の背に手が載せられる。
古くからの友人だ。
彼がそう思ってくれているかはわからないが。
彼との思い出が脳裏をよぎる。
残念ながらそれを反芻するほどの時間はない。
彼は無表情のまま背に圧を加え、私に一歩進むことを強要する。
背に感じる手はじっとりと濡れている。
表情に出すことのない彼の感情が、その手から私の心に映し出されていく。
畏敬。感傷。後悔。懺悔。悲嘆。
私は少しだけ微笑んだ。
私は君でよかったと思っている。
そう伝えたかった。
それが伝わったかどうかはわからない。
ただ、誇ってほしい。この瞬間のもう一人の主役として。
私は押されるがままに歩を進める。
・・・・
進んだ先には大きな木の門が設置されている。
平等の象徴であるその門は静かに佇んでいた。
私は仰ぎ見る。これが私の終着点。
周りの男たちが門を起こしにかかる。
門はきりきりときしみ、下からはより確実に切り落とせるよう斜めに設計された巨大な刃がゆっくりと上部に吊られていく。
私に向けられる声はますます大きくなる。
いよいよだ。
さらに一歩先に進んだ私はひざまずく。
腰をかがめ、首を門の下に設置された木のくぼみに乗せる。
さらに頭の上から設置された木片が私の頭を固定する。
思った以上に首は圧迫され苦しいものなのだなとふと頭をよぎり、思わず苦笑した。
その圧迫感こそが私が今生きている証明であるのだから。
生まれた意味を、責務を全うするまであと数瞬。
私は目を閉じた。
後悔はない。
すべてをやり切った。そしてそのすべてが無駄だった。
私が王として努力し、より良くしようとしたことは怨嗟の声として
私のもとに帰ってきた。
今私のもとに届けられる歓声とは大違いだ。
欲しくてたまらなかったものは今、私のもとに届いている。
人生で初めて送られる歓喜の声だ。
何も後悔はない。何も。
私は彼らより先に行くだけだ。
転がり続けたその先へ。
この国のすべてが平等に崩壊し、絶望の谷底へと。
その時にこそ彼らは身を持って知ることになるのだろう。
ああ、なんてす ば ら し
・
・
・
・
ごとり、と音を立てて転がった彼の一部は口角をあげて笑っているように見えた。
もはや目的もわからないままに人々は狂喜の声を上げる。
紅に常識が塗りつぶされていく。
もう止まらない。
先の見えない闇の底へと転がっていくだけだ。
彼と同じように。
既に意識すら通わなくなった彼の耳には
今日一番の、そして彼の人生で最も大きな歓声が届いていた。
終着点 acco @Accomplice
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