2.合理的な勧誘

 翌日、首都エリューシオン旧市街の東端にあるヴァレンシュタイン家の屋敷に、エリス・ロザリーはただ一人でやってきた。その高貴な地位にもかかわらず、従者を引き連れて歩くことを好まないかのように。姿は優雅でありながらも、どこか孤独を漂わせている。


 聖女は、リネン製のドレスを着ており、その淡いクリーム色は素朴な雰囲気を醸し出していた。抑制された装飾のドレスは、シンプルでありながらも流れるようなラインは優雅で、動くたびに軽やかに揺れている。腰には控えめな布のベルトが結ばれ、袖口もただの縁取りだけが施されている。


 空気はまるで、紅茶の時間に突然雨が降り出したかのように湿っぽく、重たく張り詰めている。しかし、そんな状況でもエリスの落ち着きが揺らぐことはなかった。何が起ころうとも内なる静寂は変わらず、まるで嵐の中の凪のように安定したままだ。


 出迎えるアルマ・ヴァレンシュタインは、まさに上流階級の風格をその身に漂わせている。薄いピンクのサテン生地で仕立てられたドレスは、精緻なビーズ刺繍が施され、舞踏会のような華やかさを放っていた。ボリュームのあるスカートが裾に向かって広がり、腰の部分には同系色のベルベットのリボンが結ばれ、その上品さを引き立てている。


 エリスはセリーナに案内されて席に腰を落ち着けると、紅茶について少々の指示を与えた。落ち着いた声でこう告げる。


「紅茶はできるだけ濃くね。砂糖が溶けなくなる一歩手前、底に沈殿する寸前までよ」


 紅茶の儀式的な穏やかさを少々の冒険心で揺さぶるようにして、工作員時代に中東で覚えたシャーイの味を、英国風のティータイムに無理やり持ち込んだ。その優雅なバランスをあえてブチ壊すことで、あえて会話の主導権を握ろうとする技術なのかもしれない。


「同志アルマ、私たちには話し合うべきことが山ほどあるようね」


 エリスは、ランチのメニューを選ぶかのように軽やかに口を開いた。だが、その声には何かしらの重みがあり、庭に咲き乱れる花々も、その重みを感じ取ったかのように花弁を閉じている。


 アルマの顔には、まるでネオンサインでも光っているかのように「同志?」という疑問が踊っていた。


 エリスは何気なく視線を上げ、屋敷の窓越しに広がる庭の景色を眺めながら話し始めた。


「この国は革命情勢にあるわ。この腐敗しきった貴族社会を根絶し、新たな秩序を築く時よ。これは歴史が我々に課した使命であり、私たちはそれを成し遂げるために存在しているのよ」


 口からアジビラが次々と飛び出してくるかのような言葉遣いである。まるで街頭演説で使われる拡声器から発せられているかのような声色によって、聴衆のアルマの心は不安の波に揺られていた。


「エリス様、何を仰りたいのかしら?」


 エリスは微笑みをさらに深くし、まるで心の中で何かとても愉快なことを思い出したかのように、アルマに近づいて囁いた。


「私が革命家だったことは、知っているかしら? そして、その革命は決して甘いお菓子のように優雅なものではなかったの。多くの命を犠牲にしてきた、血と鉄の戦いだったわ」


「革命?」


 アルマは、その言葉に耳を疑っていた。


「それが、エリス様が望むことなのですか?」


「そう、アルマ。革命。暴力による変革こそが、この街も国も、さらにはこの世界全体を新たな時代へと導く鍵なのよ」


 エリスはまるでお気に入りのティーカップについて語るように言った。口調は軽やかでありながら、その内容は非常に常に重く、何かしらの陰謀を含んでいるようだ。


「でも、暴力だなんて、そんな残酷なことをする必要があるのでしょうか?」


 アルマは問いかけたが、エリスの微笑は変わらない。


「必要よ、アルマ。それが唯物弁証法に基づく歴史法則というものよ」


 エリスは静かに答えた。


「この国の貴族社会は、もはやただの時代遅れの喜劇と化しているわ。私たちが手を下さなければ、誰がこの古びた幕を引き裂くのかしら?」


 アルマはエリスの言葉に引き込まれ、彼女が語る新たな世界のビジョンを心に描く。それは、現在の―――アルマを再び死に追いやろうとした―――秩序とは対極にある、美しくも冷徹な理想だった。


「アルマ、このお芝居はもう終わりにしましょう。あなたと私は、新しい幕を上げるためにここにいるのよ」


 アルマは心が大きく揺さぶられるのを感じた。エリスが語る革命は、まさに新しい時代を告げる鐘の音だった。エリスはアルマの手を取り、その冷たさと温かさが交錯する瞬間、二人の運命が完全に一つの道を歩み始めたことを告げていた。


 アルマがエリスの壮大な野望を聞き終えた後に芽生えたものは、単なる興味や共感を超えた、より深い感情だった。その感情は、エリスの言葉が一つ一つ鋭く心に刺さるたびに、次第に鮮明になっていった。

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