3.不可解な糾弾
その晩、パーティ会場となった皇宮の広間は、まるで贅沢さと煌びやかさの競技会でも開かれているかのように、これでもかというほどの装飾に包まれていた。
シャンデリアは星々を凌ぐ輝きを放ち、黄金と真珠が広間を照らしていた。貴族たちは、自らの品格を誇示するかのように、シルクのドレスやタキシードを纏い、ワインが注がれたグラスを軽やかに揺らしながら、互いの社交術を競い合っている。
笑顔が飛び交い、笑い声がシャンデリアのクリスタルを震わせる中で、ただ一人、アルマ・ヴァレンタインだけは、その華やかな雰囲気を重苦しく感じていた。無理もない。断罪の瞬間が、確実に刻一刻と近づいているのだから。
突然、広間に響き渡る声が、その華やかさを切り裂いた。
「今日は諸君らに発表しなければならないことがある」
セドリック皇太子が、来賓たちの挨拶のために用意された演台に上がり、堂々たる姿で広間を見渡しながら言い放つ。声には特有の威厳が漂っており、その一言で、まるで時間が止まったかのように静寂が訪れた。
アルマはその瞬間、心の中でふとした感慨に囚われた。
「これは声優だな」と、淡々とした内なる声が告げた。単にこれが乙女ゲームの世界だからではない。いま演じられている一幕が、現実ではなく、ただの芝居に過ぎないかのように感じられたのだ。
皇太子の隣には、聖女エリスが慎ましやかに立っていた。その優雅な姿勢と完璧に整えられた衣装は、まさに「聖女」の名にふさわしかったが、ほのかに暗い表情は、微かな緊張と困惑が隠しきれないことを示していた。すでに、広間の全員がこの瞬間に集中しており、誰一人として皇太子の言葉から目を離すことはなかった。
「アルマ・ヴァレンシュタイン」
セドリックは、低くしかし力強い声で続けた。
「お前との婚約は破棄する!」
この男の眼差しは、まるで刃のように鋭く、アルマを貫いた。広間中に広がった沈黙は、まるで水晶のように透明で、しかも壊れやすいものだった。その言葉は、その沈黙の中に重く響き渡り、貴族たちの視線が一斉にアルマに向けられた。
「お前はエリスに対して許されないことをした!」
セドリックは、糾弾の言葉を続けた。彼の声は広間のどこにいても聞き取れるほどにはっきりしていた。アルマは宣告を受けても、一瞬の動揺も見せなかった。冷静に立ち続ける姿には、どこか奇妙な落ち着きがあった。
自覚としては予想通りの展開に対する自棄的な呆れにすぎなかったのかもしれないが、目には深い決意が宿っていて、それは単なる諦めから生じたものではなかった。自らの運命を受け入れた、ある種の覚悟だったのである。
「セドリック様、私に罪があるというのなら、それが何であるかについておっしゃってください。私がエリス様に対してどのような行為を行ったというのか、仔細にお聞かせ願いたいわ」
セドリックは、口元を引き締めながら言葉を続けた。
「お前はエリスに対して執拗に嫌がらせを行い、その名誉を傷つけようとした。お前が流した嘘や誹謗中傷の数々、その証拠はすでに揃っている」
その言葉に対して不敵な笑みを浮かべたアルマは、用意よく鋭い反発をした。
「嘘や誹謗中傷を流すというのは、一体どのような証拠に基づいているのですか?それが虚偽であったことを誰が証明できるのですか?私的に交わされた、他愛も無い会話の中での言葉について、罪に問うのでしょうか?そもそも、どのような嘘が私の罪として問われているのでしょう?」
「そんなものは裁判で証明してやる!これはお前の罪の一つに過ぎない!」
セドリックは表情を崩さずに言った。
「次に、お前がエリスを社会から孤立させるために、巧妙な策略を巡らせていたことは明らかだ。お前は社交界での彼女の影響力を削ぐために、意図的に様々な妨害行為を行っていました。」
「社交界での影響力を削ぐための策略、ですか?」
アルマは、さらに皮肉を込めて問い返す。確かにアルマはゲーム中、エリスに対して様々な嫌がらせを行うことによって行動を妨害するのだが、それはこのような会場で大声で糾弾し、裁判で罪に問うほどの問題、ましてや死刑になってしまったりするようなものではないように思えていた。
よくよく考えてみると、この断罪イベントはどこかおかしいのだ。前世でのプレイ中から、無理のあるシナリオのように感じていた。とはいえ断罪イベントなんてそんなもんである。
「それがどれほどの罪になるのか、教えていただけると幸いですが?」
「聖女であるエリスに対する行いは、単にお前が個人的な敵対行為をとったというだけでなく、国家の安定と未来に対する脅威だ!」
セドリックは、厳しい表情で言い放った。
「お前の行動によって、彼女の正当な役割と地位そして教会との信頼関係が損なわれ、国家の士気にも重大な影響が及んでいるのだからな」
エリスはその言葉を静かに聞きながら、セドリックが示す「正義」がどれほどのものであるかについて、深く考えているようだった。
一方のアルマは、そんなエリスの様子がどこかおかしいように思えていた。本来なら「アルマさん、どうしてこんなことを?私は友達だと思っていたのに……」とかなんとか白々しい台詞を吐くはずだ。とはいえ、そんなことに思考をめぐらす余地は、多く残されてはいなかった。なにせ死刑の瀬戸際なのだから。
「さらに、お前はエリスに対して精神的な負担をかけたことも見過ごせない!」
セドリックの声が広間に響き渡るたび、空気が一段と重く冷たくなるのをアルマは肌で感じていた。言葉には変な熱意があって、ただの非難以上のものが含まれている。眼差しは鋼のように冷たく無慈悲だ。アルマはその瞬間、胸の奥に重苦しい圧力がじわじわと押し寄せるのを感じた。広間の貴族たちの視線が一斉に彼女に向けられ、その一つ一つがまるで針のように突き刺さる。
ただそれは「ゆうなの頭」で考えてそうなっているのではなく、「アルマの身体」が反応していたのである。「ゆうな」は開き直って大したことだと考えないようにしていたが「アルマ」がそれを許さないのである。
「お前はエリスを中傷しながら、一方では聖女としての役割について過度な期待を押し付け、彼女の心を蝕むような行為を行っていた。その証拠は十分に揃っている!」
彼の言葉が、無数の重りとなって彼女の肩にのしかかるようだった。エリスの名が出るたびに、アルマというキャラクターが刻まれた身体から響く彼女の内なる苦しみが増していくのを感じた。
「精神的な負担ですか?」
冷静さを保とうとしながら、その言葉が自分の唇から出ると同時に、胸の奥で何かが軋む音を感じた。セドリックの目を真っ直ぐに見つめ、言葉の重さを噛みしめながら、ゆっくりと問い返した。
「それが私の罪であり、婚約破棄の理由となるのですね?」
「そうだ」
一瞬の迷いもなく、まるで自分の正義を確信しているかのように、冷ややかな声で断言した。
「お前の行動は、エリスに対する不当な圧力をかけることで、精神的に追いついめていくことを目的としていた。これは明らかに、国家のために働く聖女に対する侮辱であり、その罪は決して許されるものではない」
広間の中には、セドリックの言葉が重く響き渡り、アルマの冷徹な態度と皮肉な微笑みの間で緊張が高まっていた。貴族たちは、二人の言葉のやり取りを一部始終見守りながら、次に何が起こるのかを固唾を飲んで待っていた。
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