【23】バイオレンス✕ビーストテイム=艱難辛苦

 ボルコス湖における戦い趨勢は、見事なまでに反対側に傾いていた。


「きひひひひっ!いいぞいいぞォ! さすがは俺様の切り札どもだ。あんなに強えクェーサー達が、大苦戦ってな有様じゃねえかよい!!」


 逆転の立役者でもあるヨインは、快哉かいさいを叫んでいた。

 大ハズレと称したほどの強敵が、己が力の前に悪戦苦闘を晒しているのだ。それもマリグナントにとっての天敵ともいえるギルドクェーサー相手に。

 辛酸を舐めさせられるべき相手に、圧倒的優位に立つ。こんなに気持ちの良い事は無いだろう。

 今なら賛美歌の一つでも唄ってしまえそうだと、機嫌良さげに顎髭を撫でた。


「『プレアデスの鎖』!」

「うおっと!?」


 そんな最中に飛ばされた横槍を、ヨインは紙一重で回避した。まさに絶頂の瞬間だというのに、とんだ水差しである。

 当然ヨインは激昂し、怨言を飛ばした。

 ただし矛先は邪魔をした当人ではなく、相対しているはずの己が子分であった。


「こぉらソンギィ! 危ねえとこだったぞおい! しっかりソイツの相手しなくちゃ駄ァ目だろうがい!」

「うー。でもよお、ヨインの兄貴。こいつ、思ったよりしぶとくてなぁ」

「ハァッ、ハァッ⋯⋯余所見してる奴が悪いンだよクソボケが!」


 シェモン、アイリーンのみならず、オウガもまた苦渋の戦いを強いられていたのだろう。

 荒く乱れた息のみならず、彼の黒衣は所々が千切れ、傷口からは赤い血が滴っていた。その周りを、巨漢のソンギとコボルト達が囲う。

 鷲獅子と巨大水樹はともに強敵ではあるが、オウガはオウガで、一対複数の不利を背負わされ続けていたのである。


「ほー。そんだけ嬲られといてよくもまあ口が減らねえなあクソガキ」

「ハッ。雑魚が、いくら群がった所で、どうってことは無ェンだよ。待ってろクソ野郎。今にオマエの汚え髭、むしり取ってやる」

「⋯⋯吹くじゃねえか。おいソンギ。"可愛がり"が足りねえらしいぜい。ボロ雑巾のように仕立てて差し上げろい!」

「うーい。分かったよ兄貴ぃ。行くどおまえら〜!」

『『『グォォォンッ!!』』』


 例え百孔千瘡の有様で有りながらも、オウガは態度を崩さないが、劣勢には変わりない。

 締まらない号令と共に殺到する狼兵達の攻撃を捌きながら、オウガは苦々しく唇を噛んだ。 


(魔物共は、あのクソヒゲがギフトで操ってる。ならクソヒゲさえどうにかすりゃァ、形勢は一気に覆る。それは間違いねえ)


 ナイト級に苦戦しているのなら、操者自体を叩けば良い。そんな事は分かっているが、容易く実行出来るのならば、オウガはこうも傷を負っていない。

 

(だが、あいつの元に辿り着こうにも、邪魔が多過ぎんだよクソが。コボルト共もまだ予備が居やがったのか、てんで減らねえし⋯⋯何よりッ!)


 最善を尽くす為の障害が、山のように立ち塞がっているのだ。増強されたギフトの影響か、狼兵達の連携にも鋭さが増している。

 しかし個体自体の強さはさして変わっていない。ならば多少の無理の一つでもすれば、突破は出来るかに思えたが。


「うおおっ! おでの『バイオレンス』を喰らええぇぇー!!」

「ッッッッ!」

(何よりこのっ、ソンギとかいうハゲ野郎の馬鹿力が面倒くせえ!)


 最大の障害は、ソンギであった。

 ギフトを行使しているのだろう。オウガに迫るのは、筋肉が異様なほどに膨れ上がった右腕の拳。

 さながら巨人のかいなの如く、振るうだけで風が逆巻く。剛力だけでなく、相応の速さも伴っている証だ。

 まさに災厄染みた乱暴バイオレンスであった。


「ぐ、お、おぉぉァァ!」


 そんなもの相手に、いくら咄嗟にガードを挟んだところで受け止められるものではない。

 自身への『おうえん』による効果を残していても尚、オウガの身体は蹴鞠のように吹き飛んだ。


「へへへ。おもしれーぐらい良く飛ぶなぁ。やっぱり、おでの『バイオレンス』は最強なんだぁ! そぉだよなぁ兄貴ぃ!」

「ん。おーう、全くだぜい。ホントによ、"頭すっからかんにすればするほど強くなるギフト"なんざ、おめえみてえな単細胞じゃなきゃ、ろくに使えもしねえ代物だぜい」

「んー。なあ兄貴ぃ、それって褒めてるかぁ?」

「あん? 褒めてるに決まってんだろい。おめえは余計なこと考えなくて良いんだよ。パッパラパーのおめえがベストだぜい」

「そ、そうかぁ。うへへへ」


 バイオレンス乱暴

 思考を伴わない暴力であればあるほど身体能力を増すギフトが、ソンギの持つ異能である。

 無論単純な膂力のみならず、並外れた速度と耐久力さえ手に出来るのだ。

 現にソンギの身体には、何度かオウガの攻撃を食らった痕が残っている。にも関わらず、巨漢はダメージを受けている素振りは無かった。 

 馬鹿が使えば強いとは身も蓋もない言い方だが、オウガの苦闘ぶりを見るだけでも、そのギフトの出力の凄まじさが見て取れるだろう。


「ぐッ、んの、クソ馬鹿、力がァ⋯⋯!」


 苦悶を浮かべるオウガの右腕は、おびたたしいほどの鮮血に濡れていた。

 折れこそはしていないものの、衝撃を受け止めた代償に、皮膚が割れた風船の如く破裂していた。

 それでも、オウガは膝を折ることはしなかった。

 激痛に苛まれ肩で息をしながらも、紅い瞳は反骨の意志を燃やし続けている。


「必死だなおい。諦めちまえば良いのによぉい?」

「諦めるだと? 雑魚が、調子付きやがって。誰がオマエらなんぞに折れるかよクソが!」

「ククク、雑魚ねえ。良く言うぜ、"大ハズレくん"がよぉ?」

「⋯⋯あァ?」


 だが如何に不屈であろうが、そんなものは視点を変えれば、ただの足掻きにしか映らない。

 しぶとい敵の尽力など鬱陶しく、いっそ憐れに見えるだけだと。

 醜悪に口角を歪めて、ヨインはオウガをせせら笑った。


「確かによぉ、おめえの仲間はとんでもねえよい。凍らせるギフトに、ドラゴンになっちまうギフトと来た。とんでもねえハズレくじを引いちまったって、流石に冷や汗をかいたもんだ。

 だがよォ、おめえは別だ! なんだおめえは? 鎖をちまちま伸ばすギフトォ? ぶわっははは、なんだそりゃあ! とんっだ無能じゃねえかよい! 雑魚もクソ雑魚、ホントの意味で大ハズレだぜい傑作だァ!」

「⋯⋯」

「おめえ自身も分かってんだろい!? 口だけの足手まとい野郎がっ! 雑魚は雑魚らしく、卑屈に惨めに女々しく生きやがれってんだよいッッ!!」

「⋯⋯⋯⋯」


 まさしく天にも昇る心地であった。

 ある目的を叶える為に、およそ一ヶ月という長期をかけて作り上げなくてはならなかった、この晴れ舞台。

 アイリーン達の強さに危機を感じてはいたものの、蓋を開ければ勝利は目前。

 おまけとばかりに当初鼻についた減らず口の尊厳も、思う存分踏みにじってやれている。

 弱気を挫くのは悦楽の極みである。

 奪い、犯し、蹂躪してこそ悪の華道。

 這いつくばる虫けらを踏み越えて、更なる高みへと昇るこの瞬間こそ、まさに悪党の面目躍如だと、ヨインは恍惚の中に居た。


「大ハズレ、か」


 だからこそ、愉しみであったのだ。

 自身の弱さに打ちひしがれた虫けらが、どんな弱音を吐くのかと。

 更なる不様を晒してくれることを、期待していたのだが。

 

「ハッ。見た目通り、三下っぷりが骨の髄まで染み渡ってるド低脳野郎共だ。勘違いにも気付かねェで、いつまで浮かれ散らかしてやがる」

「あぁん?」


 吐かれたのは、弱音などではない。

 どこまでも強靭な反骨心の塊だった。


「あァ、全く⋯⋯残念だったなクソ野郎共。

 "そういう意味"じゃ、オマエらが引いたのは、超絶ド級のハズレ籤だ」


 不遜な男は、相も変わらず不遜なままに。

 怖じ気ず、すくまず、一歩も退かず。

 右腕の血を滲ませながら、けれど苦悶の一つも浮かべずに、オウガ・ユナイテッドは立ち上がる。 


「テメェ、状況分かってんのかい?」

「ったりめーだ。逆にオマエらこそ、分かってねえようだから教えてやる」

「んだとぉ?」



 周囲一面、四面楚歌。

 己のみならず、仲間達もまた窮地の中。

 いわば王手チェックをかけられた盤面に於いても。

 だからどうしたと──オウガ・ユナイテッドは、笑ってみせた。 


「例えどんな駒並べようが⋯⋯俺を前に胡座をかいた時点で、オマエらは既にチェックメイトだ」




◆ ◆ ◆



 もっとも、そのどこまでも強気な姿勢は。

 ヨインらにとっては非常に不幸で、不運な事に。

 強がりなどでは、無いのである。


「ン、ンン、ゴホン⋯⋯すぅ⋯⋯──ッッ!


 聞こえてやがるか、下世話焼きのクソトカゲ!!

 まさかヘバっちゃいねぇよな、クソ真面目のアホリーン!!

 たかだか街一つ滅ぼせる程度の魔物に苦戦してやがって!!

 だらしがねえッ!それでも序列第三等のギルドクェーサーかってんだ!!


 だからよお、そんなクソだらしのねェオマエらの為にィ、今から俺様が、ありがッてェ言葉をくれてやるッッ!!

全身全霊研ぎ澄ましてェ⋯⋯一字一句、聞き逃すンじゃねェぞォォ!!!」




 最終局面を迎えた、ボルコス湖の青と蒼にて。

 戦いの趨勢を決定付ける、空前絶後の『大激励おうえん』が轟きはじめた。


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