【21】マリグナント・ブービーズ

「せいっ」

『イアアッ!?』


 サハギン達も抵抗するが、水中ならばともかく氷の上ともなれば勝手が違う。ヒレをまとう両腕で防ごうにも、僅かな隙間を縫うように必殺の槍が突く。

 よしんば槍をかい潜っても、凍土から生えた氷柱に貫かれるだけ。もはや抵抗にもなっていない。


「はぁっ!」

『イ、ア⋯⋯』


 ブルーリボンで一つに纏めた銀藍髪を、ほうき星のように流す麗しき美貌の少女。

 その姿を形容するならば、まさに絢爛舞踏けんらんぶとうというべきだろうか。 

 空を駆けるが竜であり、地を走るが狼であるのなら。

 氷上を踊るアイリーンの様は、まさしく妖精であった。

 容赦の無い蹂躙でありながらも、一連の流れは恍惚を誘うほどに幻想的であり⋯⋯美しかった。


「オラ死ねぇ!」

『ギャインッ!』

「邪魔だァ!」

『グルォ!?』

「消えろォ!」

『グオ、ォ⋯⋯』


 一方、陸地の魔王の蹂躙っぷりは、美しさや優雅さなど微塵も無かった。


「ハッ、どいつもこいつも二足歩行に剣だの槍だの武器までこしらえやがってよぉ。犬なら犬らしく森にでもすっ込んでやがれド畜生共がァ!」


 苛烈に、凄惨に、清々しいほどの暴力。

 ちぎっては投げ、ちぎらずともぶん投げられ。暴打の雨に狼兵達は為す術もなく蹴散らされていく。

 アイリーンだけに見せ場をくれてやるつもりはなかった。託した手前でありながらこの暴れっぷり。もはやどちらが襲撃者の立場かすら分からない荒々しさ。

 鮮烈なる湖上の戦いと、苛烈なる湖畔と戦いは競うように激しさを増す。やがて、魔物の数も目に見えるほどまでに数を減らしていた。


「ふう⋯⋯そちらもあらかた片付いたようですね」

「ったりめーだ。俺を誰だと思ってやがる。オマエこそデカい口叩いた分の仕事はしたみてえだな」

「ええ。それが私の義務ですから。ちょっとした餞別せんべつも、あった事ですし」

「フン」


 コボルトもサハギンも、残るところ僅か。

 ともなれば軽口を叩き合う余裕も出来る。捕縛した狼兵をまた一匹殴り飛ばしたオウガの背に、氷上から再び踵を大地に降ろしたアイリーンが並び立つ。

 銀藍妖精と大魔王の実力を前に、魔物達とて明確な力の差を感じているのだろう。

 忌々しげに威嚇するだけで、両者に挑もうと足を進める魔物はもはや一匹も居ない。


「あらーん。水門掃除もパパッと済んじゃったから様子を見に来たんだけれどぉ、どうやら要らないお世話だったかしらねん?」

「「!」」


 極め付けには、空の覇者の加勢である。

 青空を背にして我が物顔で見下ろすシェモンの姿は、魔物達から威嚇の声すら奪った。


「高みの見物のつもりかクソトカゲが」

「そっちはもう片付いたのですか?」

「もっちろんよん。オウガちゃんのおうえんがあったから張り切っちゃったの。褒めてくれたって良いのよん?」

「誰が褒めるかアホ」

「凄まじい殲滅速度。流石はペルセウスの正規ソルジャー、という事ですか」

「アイリーンちゃんありがっとーん。オウガちゃんはまぁ、しょうがないわねんツンデレちゃんだし」

「あァン!? キメェ不名誉を押し付けんじゃねえ褒めてやるわクソが!」

「はあいありがっとーん!」

「死ね!」


 シェモンのウインク付き投げキッスを、オウガは心底嫌そうに振り払った。少数とはいえ魔物と対峙しながらも、なんとも間の抜けたやり取りだ。

 息抜きとばかりに交わされた茶番であるが、魔物からすれば窮地に変わりない。

 だがどれだけ考えようとも、この状況が覆るはずもない。

 

「さあて。じゃあ、ラストスパートといっちゃおうかしらん?」


 チェックメイトまで後一手。

 盤面を詰ませるべく、薄く笑んだシェモンが号令をかけようとした時。


「あーあーあー全くよぉ⋯⋯なんたって人生が上手くいこうって時に限って、ドデカい落とし穴ってのは掘ってあんのかねい。ホンっと嫌になるぜい」


 心底うんざりとした声色で、待ったの一声がかかった。

 現れたのは、森の奥。

 "四足で歩くコボルト"の背に、王を気取るように座しながら。

 苛立ちを隠そうともせず自分の髭を掻きむしるその男は、満を持してやって来た。



「なーんで四十八もあるギルドん中で、てめえらみたいな『大ハズレ』が出張って来やがんだよい。見ろよいソンギ。あんだけ苦労して掻き集めた手駒共が全滅寸前だぜい。クジ運の悪さを嘆きゃいいのかキレりゃ良いのかわっかんねいよなぁ」

「うー。ヨインの兄貴。おで、クジとか引いたことねえから分かんねえよぉ」

「単なる物のたとえを深く考えねーでよいんだよバカタレ」


 髭面の男、ヨインは一人では無かった。馬代わりのコボルトだけでなく、ソンギという名の巨漢を伴っていた。

 魔物を奴隷みたく扱うヨインも異様であるが、外見の異様さからすればソンギの方に目が行く。

 衣ひとつ纏わない贅肉と筋肉に包まれた、山のような上半身にスキンヘッド。口端から唾液を垂らす様は、知性の乏しさを窺わせる。

 だが何よりその背丈は、ゆうに三メートルに及ぶかと思わしきほどに巨体であった。


「ふうん。ヨインに、ソンギ。いかにも小悪党って奴らのご登場ねん?」

「貴方達がシャプレ村襲撃事件の首謀者、ということですか?」

「おいおい、小悪党とは失礼だよい。俺達が首謀者でもなんでもなく、ただの善良な通りすがりって可能性だってあんだぜい?」

「ハッ、コボルトを椅子に通りすがりかよ阿呆。他の魔物共もオマエらを襲う素振りもねえと来てやがる。ってなりゃ馬鹿でも察せるだろうがよ」

「へっ、口も人相も悪いな、ホントにクェーサーかよいクソガキ。だぁが、てめえの言ってる事は合ってんぜい。そうとも、この襲撃はこのヨイン様によるスーパーギフト『ビーストテイム』によって作り上げたぁ、一世一代の晴れ舞台よぉい!」

(『野獣使役ビーストテイム』⋯⋯)


 自己陶酔に塗れたヨインの種明かしと同時に、サハギンとコボルト達は一斉に片膝をついた。さながら魔獣達の王たる佇まいに、ヨインのギフトがどういうものであるかの推測は果たせた。

 ビーストテイム。つまりは調教師。

 獣であるならば例え魔物でさえも飼いならせる。彼のギフトはそういうものなのだろう。


(晴れ舞台と来たか。俺達のことを『大ハズレ』とも言ったな。どうもキナ臭え口振りじゃねぇかよ)


 しかしオウガの思考は、もっと別の根本を拾おうとしていた。

 作り上げた晴れ舞台。しかしやって来たのは大ハズレ。

 『何故首謀者こいつらは水門に継続的かつ半端な襲撃を仕掛けたのか』という、そもそもの疑問。

 散らばっているのは、断片的な情報ばかり。だがどれもこれもが結び付かない訳ではない。冷静に繋げば、薄っすらとだが見えてくるものがあった。


(やっぱりこのアホどもの目的は、水門の破壊だけじゃねえ。この状況そのもの。つまり"派遣された俺達をどうこうする事こそ『目的』だった"、つー事か?)


 つまり、狙いは自分達クェーサーなのだろう。

 クェーサーへの復讐か。あるいは力を示そうという顕示欲か。それともただの無謀か。

 詳細は分からないが、しかし今はどうでも良い。

 今一番重要な疑問点は、もっと別にあるのだから。


「フン、とんだ自惚れ野郎だ。で、せこせことこしらえた舞台をぶっ壊されて、こんなはずじゃなかったとクレームでも付けに来たってのか? それとも白旗でも振りに来たかよド三下が」

「ああ確かに、文句は言いてえよい。理不尽だろうが筋違いだろうが、難癖付けんのは気持ちが良いからなぁ。ストレスへの清涼剤ってやつだ。だが、自惚れてんのはてめえだぜいクソガキ!! 俺様が何の策も無しにい、てめえらの前に現れちまうおバカさんとでも思ってんのかぁぁい!!?」


 何の為に、今の今まで隠れてた連中が姿を晒したのか。その疑問点を探る為のオウガの挑発に、ヨインはあえて乗った。

 手駒をあらかた蹴散らされてもなお、ヨインには秘策があったからだ。彼は下卑た哄笑を響かせながら懐をまさぐり、奥の手を見せ付けるように掲げた。


「⋯⋯?」

「なんですかアレ。注射器、のような⋯⋯」


 ヨインの手にあったのは、変わったデザインの注射器だった。小さな十字架のような形状から伸びた長い針が、陽光を浴びてギラリと光る。

 とはいえ、注射器。そんなものが奥の手と云われても、流石のオウガとアイリーンもピンとは来ない。


「ドロドロの緑の液体⋯⋯? っ、まさか!」


 しかし。注射器に満たされたとろみのついた緑の蛍光色の液体を、シェモンが目にした時。

 常に綽々しゃくしゃくとしたシェモンの表情が、はじめて崩れた。


「『ギフト増幅剤アンプリファイヤー』!? ちょ、ちょっとちょっとォ! なんであんたみたいなチンピラがそんなもの持ってんのよォ!?」

「ほーう。まさか"アンプ"のことをご存知のヤツが居るたぁな? 良いリアクションだぜ入れ墨野郎! なら分かんだろい! こいつをこうやって、打ち込みゃ、ビショップ三匹御すので精一杯な俺のビーストテイムでもよーぉぉオ?!」


 アンプ。短く略した液体の中身を知る、シェモンは金切り声をあげて狼狽うろたえる。

 果たしてあれがなんだと言うのか。知らぬまま状況に取り残されたオウガとアイリーンだったが、何かしらの危険物である事は直ぐに察せた。

 しかし、止めようにも遅い。

 ヨインは躊躇いもせずに注射針を横っ首に突き刺すと、恍惚の表情でブランジャーを押し込んだ。


「────くふう。ナイト級だって、思うがままなんだぜえい? そうら、来やがれい!【ストームグリフォン】!!!」

『キシャアアアアアアオオオンンッッ!!』


 ぐらつく瞳孔を開いて、ヨインが叫んだ。

 すると、凶猛極まりない雄叫びで大気を震わせながら現れたのは、一匹の巨大にして強大なグリフォンであった。


「ストーム、グリフォン!? まさか、本当にナイト級まで操れるというのですか!」

「まぁた厄介なヤツを喚んでくれたわねん。けど、グリフォン一匹なら盤面はアタシ達の優勢よん。問題ないわ」

「おいおい、誰が一匹っつったよい? 晴れ舞台つったろ。ケチケチせずにパァッとイこうやクェーサー共よぉい!」

「んだと⋯⋯!」

「クククッ。さあさあ、"水底"よりおいでませいや!【ツリールーパー】!!!」

『ク──ォ───ォ───ルゥゥ──!』


 一難去らず、また一難。

 ぐりんっ、と白目を剥いたヨインの声に呼応して、背後の湖から盛大な水飛沫が上がる。

 凍てついた中央の凍土すら粉砕して現れたのは、全身を青白く発光させる、あまりに巨大な水樹であった。

 水樹といえど、魔物だ。その証とばかりに水樹の枝は軟体生物の触手みたくうねり、幹の部分にて青く輝く巨大な眼が、オウガ達を無感情に見下ろしていた。

 ツリールーパー。ストームグリフォンと並ぶ、ナイト級の魔物であった。 

 

「ナイト級が、二匹も⋯⋯」

「ふゥ。ちょいと、マジにヤバいかもねん」

「チッ」


 国衛兵士百人集えど、敵わないとされるナイト級が二匹。今や、窮地はどちらの側か。

 オウガ達の表情を見れば、問うまでもないだろう。


「さあさあ、始めようぜいクェーサー共。おれたちの晴れ舞台は、こっから開幕よぉい!」


 首謀者の悦に入った宣言により、戦場はまたも顔色を変えたのだった。


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