【15】嘘つきユクシ

「──だからっ、違うって言ってるだろっっ!」

「⋯⋯あ?」

「今のは⋯⋯」


 唐突に響いた少年の叫びに、揃って意識が傾く。

 長閑さとはかけ離れた声色。騒ぎの方へと足を向ければ、牧場の道具倉庫裏で少年達が何やら揉めているようだった。


「何が違うって言うんだよ、嘘つきユクシ!」

「そうだそうだ。親父が言ってたぞ。お前んとこの父親は、尻尾巻いて逃げたんだってな!」

「逃げてなんかない! 父さんはきっと、魔物達を何とかする為の方法を探しに行ったんだ!」

「もう居なくなって十日も経ってるのにか! ユクシの父さんはのんびり屋だな!────」

「うるさいっ! しつこいぞコビン!────」



「⋯⋯あれは、どういう状況でしょうか」

「さあな。ガキ共がじゃれ合ってるだけじゃねえのか」

「そういう雰囲気には見えませんが」

「だとしてもガキのやる事だ。興味ねえよ」

(ならどうして立ち去らず、盗み見を続けてるんでしょうか⋯⋯言動と行動が一致してないですね)


 倉庫裏に対峙する三人組の少年達と、彼らの糾弾に必死に言い返す、ライムグリーンカラーのスカーフを首に巻いた少年の構図である。

 どうやらユクシと呼ばれる少年の父親に関しての口論であるらしいが、当然オウガ達に双方の事情など分かるはずもない。典型的な野次馬的立場である。

 しかし、オウガは何故かその場に留まる事を選んでいた。興味無いとまで口にしておきながら、静観を選ぶ。

 その矛盾を指摘しようとアイリーンが口を開きかけたが、少年達の口論は遮るほどにヒートアップしていた。


「父さんが歴戦のギルドクェーサーだからってひがんでるんだろ! お前らのはただの農夫だもんな! 卑しいったらない!」

「まだそうやって強がるんだな! なにが歴戦の戦士だよ。お前の父さんの武勇伝なんかただの目立ちたがりの大嘘だって、村中が知ってた事なんだぞ!」

「うるさい!お前らは親自慢なんて出来ないからって! 僕や父さんに嫉妬してるんだ。だからそんなにしつこく言うんだ!」

「お前が認めないからだろ、嘘つきユクシ!」


 口論は、もはや聞いているだけで酷い様相を醸し出す。だがぶつかり合うのが言葉だけならまだ良いが、もはや時間の問題であった。

 まだ十二くらいの頃合いのわんぱくな少年に、堪え性など期待出来るはずもなく。


「認めないのはお前達もじゃないか! このぉっ!」

「ぐっ! やったなこいつ!」

「生意気なんだよお前!」

「なにがクェーサーの息子だ!現実を思い知らせてやる!」


 案の定とでも言うべきか。堪忍袋の緒が切れたといった勢いで、ユクシが三人組に拳を振るう。

 勿論、やられた側も黙っている訳は無い。ユクシの先制を皮切りに、事態は掴むわ蹴るわの取っ組み合いに発展してしまった。


「いけません、止めないと!」

「ガキ同士の喧嘩に割って入ってどうすんだよ」

「ですが、怪我をしたら⋯⋯」

「怪我する喧嘩こそガキのもんだろうが。他人が水差しゃつまらねえ茶番になる。大怪我手前くらいまで放っときゃ良いんだよ、こういうのは」

「⋯⋯どういう理屈ですか」


 仲裁すべく動こうとしたアイリーンを、オウガはピシャリと制する。事は暴力にまで至ったのだ。

 子供同士とはいえ何かあってはまずいだろうというアイリーンの判断は至極真っ当であり、オウガの態度の方が歪んでいるのだろう。

 しかし冷ややかな言葉の裏で、オウガの燃えるような紅い瞳は劣勢のユクシを真っ直ぐ見据えていた。

 突き放す言葉と、真剣な眼差し。その矛盾を孕んだ男の意志が、アイリーンの足を縫い付ける様に止めていた。 


「──あがっ」

「「⋯⋯あ」」

(うわぁ。綺麗に顎に入りましたね)


 奇跡というものは、割と安っぽい時に降臨せしめる事もあるのだろう。たまたまではあるが、その瞬間コビンの放った右アッパーに世界が宿った。

 世界を前に一人の少年の抵抗など無いに等しい。将来が楽しみなコビンの右腕により、ユクシはあっさりと意識を失った。 


「「「あっ」」」

「「あ」」


 そして、運命とは悪戯好きなものである。

 予想外の事態に慌ててユクシに駆け寄るコビン一行と、物陰から窺っていたオウガ一行。

 双方の視線がよりにもよってなタイミングで、バチンとぶつかってしまった。


「ひっ──や、やばいぞコビン! び、美人なおねえさんと、き、き、キング級に恐い人だぁ! に、逃げなきゃ!」

「ちょっ、おい待て!」

「たたた助けて! 殺されるー!」

「待てったら⋯⋯ぐ。う、う⋯⋯嘘つきユクシが悪いんだからな、バーカバーカ! うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「「⋯⋯⋯⋯」」


 見られてはまずい所を大人に見つかった子供である。

 更には子供も泣いて死んだふりをするとまで言われた魔王の凶相である。それらの相乗効果は並ではない。

 まさに脱兎の如く、コビン達は逃げ出した。

 気絶したスカーフの少年に、捨て台詞まで残して。


「キング級。なるほど」

「納得してんじゃねえ。クソ、あのガキ共め。今度会った時にシメてやる」

「子供の言った事ですよ。それより、残された子の方はどうするんです。気絶してますけど」

「知らねえよ。いっそ放っとくか?」

「そういう訳にもいきませんよ。はぁ」


 残されたのは、居心地悪そうに困り果てる大人が二人。気絶したまま動かない、嘘つきらしき少年が一人。

 オウガに同行して僅か数十分の結果がこれである。

 巻き込まれた側のアイリーンこそ、嘘でしょうと叫びたい気持ちなのだろう。

 銀藍髪を纏めるブルーリボンが、彼女の心のようにくったりとしおれていた。



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