【13】シェモン・グラッチェ(下)

「さぁて、シャプレ村まではまだ掛かりそうだし⋯⋯アタシ想うの。チームであたるクエスト攻略には、チームワークが不可欠。そして、チームワーク作りに必要なのは、お互いを良ーく知るのが大事だって」

「あ?」

「そしてコミュニケーションを深めるのはクエストなんてお堅ーい話よりも、ポップでライートなお話の方が善きってことは二人も分かるわよねん?」

「つまり、どういう事ですか?」

「ムフフ、それはねぇ⋯⋯」


 シェモンが長けているのは空気を読む事だけではない。望む展開に切り替えるムードメイキングにも、シェモンは長けていた。


「恋話しましょ! コ・イ・バ・ナ!」

「「は?」」


 ストッパーにしてムードメーカー。

 しかし同時に、シェモンのタガが外れた場合。誰も彼を止める事が出来ないのが玉にきずである。


「アイリーンちゃんってば今十六でしょお? 花盛り乙女真っ盛りよねん! どう? どう? 恋してるぅ? 意中の相手とか居たりするのん? ねえねえねえったら!」

「え、え。ちょ、ちょっと待って下さい。こ、恋だどうだと言われても、私には無縁の話ですから」

「なーに言ってるのよん! アイリーンちゃんったらこんなに美人で可愛いのに、勿体ないコト言っちゃ駄ぁ目よん! あるんじゃないのぉ、こう、ふと言われた事にキュンっとなったりとか、思わず目で追ったりしちゃう甘酸っぱい感じとかぁ!」

「あ、ありませんってば! もう。なんなんですかこれ一体⋯⋯」


 シェモン・グラッチェ。三十歳ながら永遠の十八歳を自称する彼は、三度の飯より恋話が好きであった。

 その遠慮の無さたるや、下世話の極みである。

 怒涛の饒舌をふるうシェモンに、アイリーンは目を回しそうな勢いであった。

 事実、彼女は恋らしい恋などした事も無い。故に耐性も無いのだろう。いっそ可哀想なくらいにアイリーンは身を縮めながら、真っ赤になるしか無かった。


「はいそこオウガちゃん、そっぽ向いて俺には関係ねーって顔したって駄ぁ目だからね? ステラちゃんとは実際どうなのん? 恐い顔してあれだけ可愛い子たらしこんでぇ、隅に置けないんだからん!」

「頭にチーズケーキでも詰まってんのかオマエ」

「傍から見ればステラちゃん側がべったりだけどぉ、意外と寂しかったりするんじゃないのぉ? ん? んんー?」

「うっぜえ⋯⋯」


 シェモンが次なる標的と定めたのはオウガであった。

 無論、オウガがこの手の話に嬉々として乗るタイプではないのは、誰でも分かること。

 けども構わずグイグイ行くのがシェモンクオリティである。傍から見ても仲睦まじいオウガとステラ。恋話に目がないシェモンからすれば、勘繰らずにはいられないド本命であったのだが。


「ほんとかしらねぇ? さっきからちょくちょく物憂げな顔して窓の外見てるけど、ほんとは恋しかったりするんじゃなーい?」  

「チッ。オマエはあの阿呆を知らねえから、んなナメた事ぬかせんだよ」

「え? オウガさん、何か気掛かりでも?」

「気掛かりっつーかなァ」


 残念ながら、シェモンの期待する甘酸っぱい雰囲気はオウガから微塵も沸いていなかった。

 

「どういう意図でクエストの面子決めてるが知らねえが⋯⋯俺はどうなっても責任取らねぇぞ」

「「?」」


 恋しいだとか寂しいだとか、そんなヤワな事をぬかせられる内が華だと。

 どこか諦観染みたものを凶相に滲ませて、オウガは遠い目をして西の空を仰ぎ見るのだった。





◆ ◆ ◆




 一方その頃のステラはというと。


「オウちゃん⋯⋯オウちゃーん⋯⋯オウチャー⋯⋯おうちゃー⋯⋯」


 ご覧の有様であった。


「あの。大丈夫ですかステラさん? そろそろ出発しないとクエストが」

「うぅ、トトリさぁん。オウちゃんどこぉ? ここ? いずこぉ⋯⋯」

「あ、あの、オウガさんなら別チームでクエストに行かれましたばかりです。だ、だから私のスカートの中には居るはずありませんよ」

「馬車の手続きをしてる間にとんでもない事になってるじゃないか。おいステラ、しっかりしないか」


 オウガの杞憂、的中というべきだろうか。

 全身を脱力させての無気力状態である。ついでに思考もバグっていた。ただでさえ低いIQがマイナスに差し掛かっている事態。

 これにはトトリはおろか、合流したユオですら困惑の極みである。

 

「だってぇ。オウちゃん居ないから、オウちゃん分が圧倒的に足りないんですもん。うう、日課のクンカクンカハスハスしなきゃ力が出ないぃ⋯⋯」

「は? な、なにが日課だって?」

「クンカクンカハスハスモキュモキュスーハーですけど」

「いや増やすな。というか、ステラはいつも彼にそんな事をしているのか。す、進んでいるな」

「最新の美容成分だからね。お肌ツヤツヤになるよ」

「あら。まあ、オウガさんにそんな効果が。あやかりたいですね」

「いやそんな訳が無いだろうが。頼むトトリ、しっかりしてくれ。お前までそっち側に行かれると、私の心と胃が死んでしまう」


 遂にはトトリにまでIQを下げた発言をされて、ユオの切実な本音が落っこちた。

 こんな状態のステラとトトリを連れてクエストなど、困難どころの話ではない。

 とはいえ、幸いトトリの場合はただの天然である。ユオからすれば何の慰めにもならないが。


「ううう、オウちゃん。オウちゃんカムバァァァックッッ!」

「もういっそ私が帰りたいよ、はぁ。今回クエスト、達成出来るかな⋯⋯」


 もはや禁断症状に近いレベルで青空に叫ぶステラに、本日も苦労人の肩に重荷がドシンとのしかかる。

 ユオ・アルゴル、二十五歳。彼女の胃に安息の日々が訪れるのは、まだまだ先の事なのだろう。



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