【12】シェモン・グラッチェ(上)

 鉛のように、という比喩は不調のアピールとして使われがちな形容だ。

 だが実際に鉛なんて片手で持てる程に重いのだから、大した事ではないとオウガは断じた。銀の次に重い程度で何をヘビーぶっているのかと。

 あんなもの、今この馬車内に満ちる空気の重さとは比べるまでもないだろうと。そんないちゃもんをつけながらも、オウガは原因ともいえるべき隣をチラッと一瞥した。


「なんですか」

「あ? 別に用なんてねえよ」

「でも今睨んだじゃないですか」

「別に睨んでねえ」

「嘘はやめてください。子供が震え上がる眼力でしたよ本当に」

「るっせえ目付き悪いのは生まれつきだクソが!」


 身を縮こめながら、もっといちゃもん染みた事を訴えたのはアイリーンである。ガタンゴトンと揺れる馬車の中は狭い。にも関わらず身を縮こませる彼女は、気丈なのは言葉の上だけだった。

 恐がるアイリーンに恐がらせるつもりのないオウガ。

 まるで先日の焼き回しの様に噛み合わない二人である。だが生憎、ムードメーカーたるステラは居ない。

 このままでは、益々空気が重くなっていくだけに思えたが。


「んもう、喧嘩は止しなさいな二人とも。クエストも始まってないうちから言い合ってたら、いざって時に気が滅入っちゃうわよん?」

「ケッ」

「すいません、シェモンさん」


 すかさず差し込む明るい声色が、暗雲を晴らした。

 仲裁役を担う笑顔の男はシェモン・グラッチェ。再びチームを組んだオウガとアイリーンの緩衝材として団長ソルクトが派遣した、ペルセウスでも一角のクェーサーだ。


「アイリーンちゃんは素直で良い娘ねえ。ほらほらオウガちゃんもムスッとしてないで、楽しい旅路と行こうじゃない?」

「ちゃん付けすんじゃねえ。気色の悪い言葉遣いしやがって」


 両サイドを刈り上げにし、残りの橙色の髪を後ろに流し三つ編み。更に右の刈り上げ部分に掘られた竜のトライバルタトゥーの黒いスーツ姿という、オウガに劣らぬ程の偉容である。

 にも関わらずアイリーンを落ち着かせたのはひとえに、彼からにじみ出る包容力と人格の高さだろう。

 ソルクトが用いた劇薬オウガへの保険としている事からも、その信頼度の高さが窺えた。


「⋯⋯ん? 乙女が乙女心に駆られて乙女の言葉を使ってるだ・け・で! 一体どこが悪いのかしらん? んんー?」

「⋯⋯な、なんでもねえよ」

「そっ。オウガちゃんったら案外物分かりが良くってお姉さん助かるわぁ、オホホ」

(お、怒らせると恐いんですね。覚えておかないと)


 しかし触れてはならぬ逆鱗とは、誰しも持っているもの。シェモンの凄みはあのオウガですら押し負ける圧力があった。

 『ペルセウスの竜』の異名は伊達ではない。きっとこういうニュアンスで付いた異名ではないのだろうが。


「こほん。では、その、今のうちにクエスト内容を整理しておきたいのですが」

「あら真面目ねえ。ほんとはもう少しゆとりを持って行きたいんだけど、まあ良いわ」


 ガタンゴトンと揺れる馬車で、アイリーンの生真面目が顔を出す。

 混沌としかけた空気の中で、自分のペースを取り戻そうという健気さが、一回りは大人であるシェモンにはくすぐったいらしい。

 微笑ましそうに頬を緩めながら、シェモンは提案に乗ることにした。


「活動場所はプトレマイオスの南部、シャプレ村。主に牧農産業と近くのボルソス湖の管理で生計を立ててる小さな村ね」

「南部という事は、アラトスとの国境線付近まで降るのですか?」

「そこまでは遠出にはならないわよん。で、クエストの内容は魔物討伐になるのかしらね。なんでも複数の魔物達による継続的な襲撃に悩まされているらしくて、なんとか解決して欲しいって嘆願が来てるそうよぉ」

「魔物の討伐。ギルドクエストとしては、オーソドックスですね」

「"継続的"にねえ。その村の近隣に魔物の巣でもあるってのか?」


 淡々としたアイリーンの情報整理に待ったをかけたのは、興味無い素振りで景観を眺めていたオウガであった。

 継続的な襲撃、という点に引っ掛かったのだろう。聞き流しても可笑しくない箇所を嗅ぎ当てた彼の嗅覚に、シェモンは面白そうに口角を吊り上げた。


「ふぅん、良い勘してるじゃないオウガちゃん。生憎だけど、村人や屯所の派遣兵士達からは魔物の巣や拠点についての発見報告は無いのよねん」

「巣や拠点が、ない? 妙ですね、集団で活動する種類ならば、大抵はあって然るべきなのですが」

「そうなんだけどねえ。なんでも、どこからともなく現れてはボルコス湖の水門に襲撃して来るそうよ。襲撃する魔物の種族もバラバラで、襲撃する時間帯も規則制は無しですって」

「水門だと? 牧場や村は被害にあってねえのか?」

「襲撃があるにはあったみたい。けどぉ、水門に比べれば数も回数も少なかったんですって⋯⋯魔物といえば人類の天敵ってのが当たり前なのにねえ?」

「フン。小さな村が魔物の群れ相手に保ってんのは妙だと思えば、もっと奇妙な事情があるんじゃねえかよ」


 奇妙どころではない。魔物被害の大抵は、農産物や人間そのものを狙ったものが殆どである。

 だというのに、狙い澄ました様に要所とも言える水門ばかりの襲撃報告。きな臭いとしか言いようが無かった。


「⋯⋯で。他に隠してる情報はねえんだろうな?」

「あらん、隠してるとは人聞きが悪いわねぇ。これでもルーキーちゃん達を気遣ってタイミングを伺ってたのよ? まっ、余計なお世話だったみたいだけれど」

「⋯⋯フン」


 だがオウガが一番気に入らなかったのは、ここまで重要な情報を伏せられていた事である。聞き出すまでは話さなかったつもりなのか。或いは、試されたのか。

 爬虫類を想起させる切れ長の瞳は、奥深く見通せない。

 ソルクト団長やこのシェモンといい、つくづく一筋縄ではいかない団員ばかりであった。


「さて、アタシが知ってる情報は今ので全部。気になる事は多いけど、もっと細かくて正確な情報は現地に行ってみなきゃってハナシ。ともかくアイリーンちゃん、整理は出来たかしら?」

「⋯⋯把握はしましたけど。かえって混乱した気がしなくもないですが」

「アタシ、大切な情報は出し惜しむタイプなの。ミステリアスはオンナのエッセンスだからねん。けど、事前に状況を精査しようって言い出す心構えは素敵よ」

「はぁ⋯⋯」


 軽快なウインクを挟んで、シェモンはそう締め括った。

 強引ではあるが必要だった。というのも、情報整理を言い出したのは自分なのに、違和感に気付いたのがオウガであった事をアイリーンは気にしている素振りがあったのだ。確執めいたものではない。恐らく、オウガに対してちょっとしたライバル心を抱いているのだろう。

 口にも顔にも出してはいないが、シェモンとは踏んできた場数が違う。なにせ少女の些細な心の動きに気付き、きっちりとフォローで締めたのだから。



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