【11】あの日に見た光
「おおう、こいつはまた物の見事に溶けちゃってますね。すっかり半分以下まで縮んじゃって⋯⋯」
気の抜けた感想を吐きながらテルがしげしげと眺めるのは、焼き溶けた鎖であった。
オウガが操った伸縮自在な鎖である。対キマイラにおいて要所で効果を発揮した優れものだが、その長さは従来の半分以下まで溶かされてしまっていた。
「キマイラくんのブレスがすんごい熱々だった
からねー」
「どうだ。直せそうか?」
「アニキにそう言われちゃ、無理なんて口が裂けても言えねーっすよ。お任せあれっす!」
プレアデスの鎖は耐熱性も考慮し、テルとメルが制作した自信作。それがこうも無残な姿になれば残念な気持ちにもなる。
だがそれ以上に、強い魔物相手にも無事に帰って来てくれた気持ちの方が大きかったのだろう。
道具に替えは効くが、恩人達に替えなど効かないのだ。
そう主張するかの様に、テルは人好きのする笑顔を浮かべた。
「悪ィな」
「いえいえ!『
「スイッチひとつでドバーっと伸びて、ドシューッと縮む鎖⋯⋯うーん、便利だよねえ。やっぱりステラも使ってみたいなぁ」
「いざ使った時に、自分で自分を雁字搦めにする奇跡起こした阿呆が言えた台詞かよ」
「うぅ、ぐうの音も出せない正論はおやめになってぐうちゃん」
「出てんじゃねえか」
共作にして意欲作であり自信作の鎖。当然通常の制作方法とは異なり、プレアデスの鎖には兄妹のギフトが用いられていた。
テル・プレアデスのギフトは『ストレッチ』。
生物以外の物に触れる事で小さな『スイッチ』を付属させ、これをオンオフする事により伸縮する機能を与えるギフトだ。
これだけでも利便性に優れているギフトだが、特筆すべき点は精神燃費の良さであった。
一度付与したものへの伸縮機能は、少なくとも二週間は問題なく持続するのだ。それから徐々に機能が劣化していき、最終的には機能を失い、スイッチはかさぶたみたく剥がれ落ちる。
とはいえ定期的にテルがメンテナンスをすれば良いだけなので、プレアデスの鎖は見かけ以上の優れものといえた。
「まぁ、ステラじゃオウちゃんみたいに上手な使い方出来ないしなぁ。はぁ、いっそメルちゃんに頼んで頭柔らかくして貰いたいにゃー」
「皺一つねえプリン脳味噌が何言ってやがる。それにアイツのギフトじゃ物理的に柔らかくなるだけだろ」
「そうっすよ。それにアネゴは立派で柔っこそうなもの持ってんじゃ⋯⋯」
「おーっとテル坊や。白昼堂々セクハラとは感心しませんなー。そんなおイタは例えステラが許してもオウちゃんが許しませんぜ!」
「は、ははー! アニキ、平にご容赦をっす!」
「クソどうでもいいわ阿呆が」
そして、メル・プレアデスのギフトは『フレキシブル』だった。
兄の『ストレッチ』と違い『フレキシブル』は、手に触れたあらゆるものを柔らかく出来るギフトである。直接手で触れなければ効果を発揮しないが、触れさえすれば鉄であろうが鋼であろうがダイヤモンドであろうが、ぐにゃっと自在に柔らかく出来てしまうのだ。兄とは違って精神燃費が悪いのが難点ではあるが、活用性の幅でいえば兄の比ではない。
ストレッチとフレキシブル。"伸縮"と"柔軟"。
兄妹のギフトを用いれば、鍛冶師という職業はまさに天職といえただろう。
「お、お茶が入りました」
「おう」
「オウガ兄さんの口に合えば良いんだけど⋯⋯」
「茶の良し悪しが分かるほど贅沢な舌は持っちゃいねえよ」
「オウちゃんったら料理上手な癖に雑食だもんねー」
「なんでも食えて何が悪いってんだよ」
そんな兄妹の片割れは粗暴な口調をすっかり潜め、いそいそと給士役に務めていた。
テルの胸倉を掴んだ時とは雲泥の差で、仄かに頬を赤らめながらお盆で口を隠すあざとさ。脱帽もののメルの豹変だが、そこをテルが指摘することはない。
唯一の肉親の淡き恋なのだ。思った事をすぐ口にしがちなテルではあるが、野暮は嫌いである。命惜しさもあるけれど。
「で、兄貴。鎖はどうすんの? イチから作り直し?」
「だな。けど悠長はなし。半日で仕上げるぞ。やれるなメル?」
「当然っしょ。オウガ兄さんとステラ姉さんの頼みだもん、ぶっ倒れてでもやるよ」
「おおー! 燃えてるね、メルちゃん! でもそんなメルちゃんも可愛いー!」
「うわっぷ、ちょ、ステラ姉さ、苦し⋯⋯!」
倒れてでもは言葉の綾ではない。二人の為ならギフトを酷使してニ、三日立ち上がれなくなったとしても、メルは微塵も
そんなメルのいじらしさがステラの琴線に触れたのか、全力の抱擁でもってメルを可愛がっていた。
「イチからか。なら相場は修理の三倍だったな」
「うえっ! や、アニキいいっすよ、決めたのは俺なんだし。何回も言ってんじゃないっすか、金なんか払わなくたって、俺達はアニキ達の為ならいくらでも⋯⋯」
「るっせえわ払うつってんだろうが」
「⋯⋯だったらせめて修理額でいいっす。俺達がこうやって商売出来てんのも、アニキ達のおかげじゃないっすか。少しくらい恩返しさせてくださいよ」
一方で懐をまさぐり金貨を取り出すオウガを、テルは慌てて止めた。無論、無料で良いというのも妹と同じく言葉の綾ではない。
プレアデス兄妹にとって、オウガとステラは恩人だ。特にオウガに至っては返しきれないほどの大恩がある。
一回や二回のやり取りではない。もう幾度となく繰り返されたテルの申し出だった。
「知るか。オマエらが俺をアニキって呼び続ける以上、筋は曲げねえぞ」
「⋯⋯オウガ兄さん」
「『弟分から施される兄貴が居るか』って奴っすか。ほんと、頑固っすよねアニキは。俺達がまだスラムで盗っ人やってた頃から、ちっとも変わってくれないんだから」
しかしオウガはオウガで美学を持つ。
故に今までと同じく、彼は弟分の申し出を一蹴した。
決して曲がる事はないとばかりに光る赤い瞳は、変わらず色褪せない。
『悪くねえ目だ。腐っちゃいるが、まだ死んでねえ。だからこそ選べ。そのまま腐って死ぬか、生きて足掻くか』
すえた街角の塵溜まりで見上げた、不敵に笑う男の目。
手を差し出しながら鮮烈に光る赤色を今でも思い出させてくれる。
いつまで経っても恩を返せないのは、テルとて悔しい。意地になってしまうだけの理由もある。
けれどもアニキと。そう呼べなくなる方が、彼にとっては死活問題だった。
だから今日とて一銭たりともまける事が出来ずに、やはりテルはオウガに負けてしまったのであった。
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