【9】溶け切らない雪

「なるほどなぁ⋯⋯『おうえん』に『ブレイブ』か。ステラちゃんの方は、自分の勇気を力に変えて身体強化に、勇気をエネルギーに変換してビーム攻撃も可能と。うーん、なんとも派手なギフトやね」

「えへへー」

「ほんでオウガくんの方が⋯⋯『おうえん』。ぷふっ。いやいや、おうえんて。オウガ君の顔でおうえんって! わはは! わはははは!」

「おし喜べ副団長。今日からオマエがペルセウスの団長だ。前任は俺がぶち殺す」

「ま、待ってくれオウガ。お前の気持ちは分かる。良く分かる、がここは抑えて!」

「うるっせえわ離せェ! 臓物余さずぶち撒けて真っ赤な狐にしてやるわァァ!!」


 歪な獅子を星座に還し、本部へ戻った後のこと。団長室では和やかなバイオレンス劇が繰り広げられていた。

 イレギュラーはありつつもクエストは無事達成。アイリーンの報告により、ステラとオウガの二人は晴れてギルドソルジャーとなった訳ではある。


「しっかし、声援をかけるだけで身体能力のみならずギフトもひっくるめたブースト効果って、どんな状況でも腐らへんやん。かわええ名前とは裏腹に、えっげつないギフトやねえ」

「フン。言葉でノせて顎で使う。魔王だなんだと悪評轟く俺様には相応しいギフトだろうがよ」


 自身の力を評価されたからか、オウガはニヒルな笑みを浮かべる。褒められるのは満更でもないらしい。


「しかし、オウガの鎖は気になるな。それもお前の強化の一部なのか?」

「ちげえ。ブースト出来んのはあくまで生き物限定だ。この鎖は⋯⋯まァ、別口ってやつだな」

「ふーむ、そうなのか。気にはなるが、初任務達成後に根掘り葉堀りなんて野暮はするまい。お前の働き、今後も期待してるぞ」

「⋯⋯なァ。やっぱオマエのがよっぽど団長向いてんじゃねえの?」

「わはは」

「当人が笑って流すなよ⋯⋯はぁ」


 自身の疑問点よりも労りを優先する辺り、ユオの筋金入りの苦労性が見て取れた。歯に衣着せないオウガがそこを突かない言い回しをしたのは、彼なりの気遣いであるのだろう。


「なにはともあれ、やね。ステラちゃんやアイリーンちゃんの実力は勿論、オウガくんの実力にも疑いの余地なしや。ペルセウスのクェーサーとして、ぎょうさん励んだってや!」

「おっすー!」

「⋯⋯おう」

「はい」


 くして結果は上々のひと区切り。

 ペルセウスの新星達に期待を寄せながら、にこやかに手を打ち鳴らす団長ソルクトであった。


「ほな、お疲れさんでした。これにて解散や⋯⋯とと、アイリーンちゃんには聞く事があるから、ちと残っといてー」

「え。はい、分かりました」

「よーし帰ろっか! ステラお腹空いたから、ご飯食べに行こうよ。オウちゃんの奢りで!」

「あァ? 別に構わねえが、その奢りはスコア勝負云々で、って訳じゃねえだろうな?」

「もっちろんそれだよ! ステラの祝勝会も兼ねるのだ!」

「なら却下に決まってんだろ。むしろオマエが奢りやがれや俺のギフトの手数料だコラ」

「えー!? オウちゃん酷いよー!」


 窓の外は既に茜に染まっている。大立ち回りを演じただけあって、腹をすかせた二人は彼らなりの和気藹々をしながら、団長室を去っていく。

 一方で居残りを言い渡されたアイリーンは、決まりの悪さがあったのだろう。少し不安げに片腕を抱きながら、ソルクトの言葉を待っていた。


「さてと⋯⋯別に改まって聞く場を作ることじゃないんやけどな。アイリーンちゃん、クエストはどうやった?」

「どう、と言われても。内容は報告した通りですが」

「せやね。でも報告してくれたんはあくまで事務的。本当はあの二人と一緒にクエストしてて、色々と思うところがあったんとちゃうん?」

「⋯⋯⋯⋯」


 何故自分が残るように言い渡されたのか。聡明なアイリーンには、なんとなく目の前の団長の意図が分かった気がした。

 信用も信頼もしない。彼女がそう告げたのは、なにもオウガとステラだけではない。古巣から逃げ出した彼女をスカウトしたソルクトにも、隣のユオにも、しっかりと告げていたのである。


「思うところ、ですか。確かに、ありました」

「んん」

「オウガさんとステラさん。お互いにお互いを強くする。"切っても切れない関係"なんてものは、まやかしだって思ってただけに⋯⋯少し、羨ましいとすら」


 誰も信じない。そんな想いが揺らいだのは、事実だった。

 互いに互いを信頼しきったステラとオウガの関係性に、直視出来ないほどの眩しさを感じたのも事実だ。

 アイリーンは実直で誠実である。故に嘘は苦手なのだろう。そんな彼女の性格が、歯切れが悪さに出ていた。 


「でもそれは、私が弱いからです」

「弱い?」


 けれど。

 羨ましい関係性にあてられて溶けてしまうほど、アイリーンの心の凍てつきは軽々しいものではない。

 俯きがちに言い切る冷たい決意のあらわれに、ユオの眉がぴくりと跳ねた。


「羨ましいと感じる事もないくらい⋯⋯独りでも立てるくらいに、強く、なりますから」

「若いな。危なっかしいくらいに」

「なんとでも。私は、昔の居場所から逃げたんです。今更簡単に生きようとは思いません」

「⋯⋯さよか」


 かつての仲間達からの、掌を返したような冷遇。

 それだけで彼女がこうまで頑なになった訳ではなかった。もっと奥。もっと深く。もっと過去。

 アイリーンの核心で、青い炎が冷徹に揺れていた。


「ええよ。ただ、うちのギルドは基本チーム行動や。リンちゃんの考えは汲み取ったげるけど、そこは呑んで貰う」

「⋯⋯方針には従います。あなた方には、こんな私を拾って貰った恩がありますから。けれど」


 今は聞く耳を持てないだろう。

 若い頑固さにこれ以上の忠告は、年寄りの冷や水にしかならない。

 釘を刺しつつも理解を示すソルクトに、話は終わりとばかりにアイリーンはくるりと背を向け、退室する。


「愛称は、やめてください」


 刺された分の釘を、刺し返しながら。



◆ ◆ ◆



「フラれてもうたなあ。うう、寂しい。ボクって結構モテる方やねんけどなぁ」

「⋯⋯本当にあれで良いのか? あのままじゃアイリーンは、また手痛い想いをする事になるぞ」


 新星達は去り、残されたのは難問に頭を抱えるべき大人組である。

 押し負けた雰囲気を漂わせるソルクトの泣き言を、されどユオは相手にしない。

 相手にしないのは確信があったからだ。

 ソルクトは伊達に序列第三等の団長ではない。飄々とした笑顔の裏で、団の為ならばと様々な案を練り、策もろうする。ならばきっと閉じたまぶたの裏には、もう解決までの絵図を描いているのだろう。

 ステラとオウガに負けず劣らず、団長と副団長の間にも厚い信頼が結ばれているのである。


「分かっとるよん。ボクかてアイリーンちゃんをあのままにしとくつもりないねん。団長やし、団員のメンタルケアもせんとな。せやから丁度良い劇薬を使わせて貰おか」

「劇薬?」


 そしてユオの予想通り、ソルクトは既に策を練っていた。しかし、解決策が劇薬とは穏やかではない。

 なんだか嫌な予感がしつつも、ユオは続きを促した。


「他人を信じる事が恐いくらいに凍った心も、アツゥい声援が溶かしてくれるとちゃうかって思わへん?」

「⋯⋯悪い奴だよお前は」

「わはは」


 悪寒は的中である。つまりもう一度アイリーンにオウガをぶつけようと言うのだろう。

 若さには若さ。直情には直情、といった所か。

 傍から見てもあまり相性が良い組み合わせではない。 

 流石に不安が過ぎったが、けれど丸く収まる予感もそれ以上にあった。

 それは信頼するソルクトの案という面もあったけれども。オウガ・ユナイテッドという男のそのものの不思議な安定感が、今後の展望を明るく見せてくれていた。


「ま、とはいえあの二人だけやと余計こじれるかも知れへんし⋯⋯ここは、ペルセウスの頼れる"竜"にお任せしようかな」


 が、やはり不安定な未来に、保険はかけて然るべきである。策士が策に溺れるのは、自分が描いた絵図を信じ過ぎるが故なのだ。

 糸目の団長は抜け目なく、口角を釣り上げる。

 アイリーンが銀藍凍土なら、彼は煮ても焼いても食えない狐だった。





◆ ◆ ◆



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