【7】瓦礫の中心でアイを叫ぶ獣

 ギフトとは──即ち才能である。

 才能とは残酷だ。明確な格差を産むのだから。

 そして、格差は嫉妬と憎しみを産む。


 序列二十二等のギルドクェーサーとして駆け出したばかりの頃、最初にアイリーンを褒めそやしたのはギルドの皆だった。

 期待の新星。優秀な戦士。ギルドきってのエースだと。褒めてくれたのは同じギルドの皆だった。


 やがて評判は広がり、訪れた商店の店主や客から賞賛を受け、遂には初めて会った人々にまで次代の英雄とさえ持てはやされた。

 けれど蚊帳の外からの声援が増えるにつれて、仲間達からの賞賛は減っていった。

 次第に賞賛は当然のものとなり、自分と仲間達との間には、見えない線が引かれていた。


『まーた大活躍か。俺たちの見せ場も取っといて欲しいね』

『⋯⋯私もがんばったんだけどなぁ。一等星の光の前じゃ、ニ等、三等なんかじゃ霞んじゃうかぁ、あはは』

『さすがはうちのエース。すみませんね⋯⋯お手を煩わせちまってさ』


 ギフトとは──即ち才能である。

 才能とは残酷だ。明確な格差を産むのだから。

 そして、格差は嫉妬と憎しみを産む。

 初めに褒めてくれたのは、信頼していた仲間だったのに。

 大切な仲間が傷付くのは嫌だと奮闘してきた願いは、彼女を傷付ける薔薇の棘を、育てただけに終わった。

 



◆ ◆ ◆



 だとしても、どうして今こんなタイミングで。

 危機が迫ってるのに、辛い記憶に足を取られてる場合じゃない。

 なのに記憶はまるで怨嗟が謀ったかのように足を掴んで──そして。


『クシャァァオ!』


 躊躇ためらいが、仲間ステラの犠牲を産んだ。


「伸びろ、鎖ィ!」

「うぁっ!」

「ボサッとすんな! 腑抜けんなら後にしやがれ!」


 己が過失に立ち尽くしていたアイリーンを、尾蛇の火炎から救ったのはオウガの鎖だった。

 巻きつけた腕ごと彼女を引き寄せたオウガ。彼の叱咤に我に帰ったアイリーンは、暗い表情のまま戦況を見据える。

 まだ戦いは終わっていない。

 その証にキマイラは双頭の顎から、うねる焔をちらつかせていた。


『グオオオオオォ!』

『クシャオオ!!』

「チッ、またあのブレスか!」

「⋯⋯させません!」


 咆哮の末に獅子頭と尾蛇から同時に吐き出された灼熱が、二人に迫る。

 背後は壁際。逃げ道などない。

 とどめの一撃かに思われたが、ここで諸共終わる未来は銀藍凍土が許さなかった。


「『フリーズウォール』!」


 アイリーンは咄嗟に、凍土化させた足元に瞬時に両手を添え、厚い氷壁を作り炎を防いだ。

 あらゆるを溶かす火焔と、あらゆるを凍てつかせる氷壁。相対する属性はされど矛盾を産まず、急速に生成され続ける氷は火の侵略を許さない。

 だがアイリーンの表情に余裕はなかった。やはり氷に炎に相性が悪く、いつまでも塞ぎ切られる自信は無かった。


「オウガさん。ステラさんを連れて逃げてください」

「逃げろだァ?! 何言ってやがる!」

「私の責任です。こうも劣勢になったのは、私のミスです。ミスをしたなら、取り返す義務があります」

「⋯⋯義務だと?」


 自分の招いた過ちだと、アイリーンは信じて疑わない。

 二人のギフトについて余計な思考を回さず、いの一番に逃がして自分一人で立ち向かっていれば、いらぬ犠牲は出さずに済んだのだと。

 それば自惚れではなく、事実で。

 だからこその後悔だった。


「ご心配なく。ギフトをフルに使えば、ビショップ程度どうとでもなります。私は、銀藍凍土のアイリーンですから」

「オマエ⋯⋯」


 "自信"は充分にあった。私ならばという、信じる事を恐れるアイリーンの唯一の信仰可能対象。

この程度の炎は厄介だがやりようはいくらでもある。

 だから後は任せてと、オウガに撤退を促したが。


「プレアデスの鎖!」

「な⋯⋯」


 彼は退くどころか、氷壁越しに尾蛇に鎖を巻き付け、炎の侵略を和らげる一手を担った。


「何してるんですか! 早く逃げろと言ったはずです!」

「うるっせえわクソボケが! 逃げろだと? 誰に向かって言ってやがる!」

「貴方に決まってるじゃないですか!」


 アイリーンの必死の訴えに、オウガは聞く耳を持たない。紅くギラつく瞳は退路を見据えず、ただ前のみを睨み付ける。


「あんまり"俺達"をナメてくれんじゃねえぞ。オマエ如きにケツ拭かれねえでも、こんな魔物、どうとでもなんだよ」

「な、なにを。それに、ステラさんは、さっき⋯⋯」

「ハッ。オマエにゃ分かんねぇだろうがな。アイツがあの程度でくたばる訳ねえだろ」

「えっ⋯⋯?」


 自棄ヤケを起こしている訳ではない。唯我独尊が服を着て歩くような男だが、彼は愚かではないのだ。

 オウガには今のアイリーンでは持ち得ない、信じられるべき勝算があったのだ。

 そして──ステラ・アズールはそんな彼の期待に答えない女ではない。


「あたたたた⋯⋯うう、鳩尾モロにタックルとかさー。危うく朝ご飯が出かけたじゃん! 乙女として見せられないシーン一歩手前だったよホント!」

「す、ステラさん! 無事だったんですか⋯⋯!」

「もっちのロン! あ、でもそっちは無事じゃないっぽいねえ」


 一目見れば割と切羽詰まった状況と分かるだろうに、それでも呑気なステラである。だがマイペースは無事な証だ。

 アイリーンは一瞬、安堵に表情を和らげると、すぐさまに叫んだ。


「ステラさん、オウガさんを連れて急いで撤退してください!」

「──やだっ!」

「や、やだって⋯⋯」

「ならとっとと援護しろ!」

「そーれーも、おことわーる!!」

「あァ!? 駄々こねてんじゃねえぞコラァ!」


 まさかの全力拒否である。

 オウガは確かにステラを信頼し、ある程度想定している。復帰したステラ共に、キマイラを叩きのめせるプランは既に頭にあった。

 だが忘れていた。ステラ・アズールという幼馴染は、いつだって彼の想定の斜め上をぶっちぎる女だと。


「だってねえ? ステラとしては乙女のライン越えをくれかけたキマイラ君は⋯⋯援護なんてちゃちな"しつけ"じゃ物足りないかなーって、うん。だってよりにもよってオウちゃんの前でだよ。ほんと乙女の死活問題だったし、こいつは許しちゃおけねーってばよ、うふふふのふ」

「す、ステラさん、ひょっとしてどこか打ち所が⋯⋯?」

「⋯⋯チッ、ありゃ地味にキレてやがんな。あァなったら話聞かねえぞアイツ」

「えっ」


 本当にギリギリだったのだ。キマイラのタックルを鳩尾に食らった彼女が中々復帰出来なかったのは、猛烈な吐き気を我慢していたからである。

 ステラは華の十七歳、乙女真っ盛り。愛する男の前で汚い花火を打ち上げるなど、乙女のプライドが許さない。



ステラはステラで、オウガ達とは違う所で熾烈な闘いを繰り広げていたのだ。

 なんとか辛勝したものの、ステラは激怒した。

 必ずかの邪智暴虐の獣をぶっ飛ばさねばならぬと決意していた。


「って訳で、この子はステラがぶっ飛ばします! オウちゃん、ステラに『100%』でちょーだいッ!」

「あァ!? オマエ、マジで言ってんのか!」

「マジマジだよ! ちょーだい、はやくはやくぅっ!」

「⋯⋯ぐ⋯⋯く、くっ⋯⋯クソが。断ったら絶対ごねるつもりだ、あのクソボケ!」


 ステラとは長い付き合いのオウガである。

 オウガとしては彼女の願いを断固として聞き入れたくなかったが、もしこの要求を跳ね除ければ、絶対に面倒な事になるのは瞬時に理解していた。


「⋯⋯⋯⋯ハァ。覚えてやがれよクソステラが。おいオマエ、ちと炎を塞ぐついでに、耳も塞いでろ」

「は、はあ?」

「分かったな⋯⋯聞いたらぶっ殺す」


 願いを受けるか、否か。どちらの方が彼にとって後々の面倒になるかを考えれば、天秤はさして吊り合うことなく傾いたのだろう。

 物凄く嫌そうな顔をしつつも、彼は腹を決めたのだ。


(お、オウガさんは一体なにを⋯⋯)


 一方で、急に耳を塞げという訳の分からない要求に困惑するアイリーン。

 だが、彼女は後に語る。

 あんな"赤裸々なもの"を聞かされるくらいだったら、大人しく耳を塞いでおけば良かったと。








「──"ステラァァァァ! オマエは最高だァァァ"!!!」







(⋯⋯んええええええ!?!?!?)






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