【5】祝星:ギフト
「カスケード街道より北東の旧砦に、小規模の魔物の群れを行商隊が発見しました。跡地に向かい偵察、可能であれば討伐すること。これが今回のクエストの内容になります」
「⋯⋯」
「正確なところは分かりませんが、驚異とされる魔物は見られませんでした。よって最初から討伐を視野に、行動に当たろうと思います。良いですね?」
「⋯⋯フン」
極めて事務的な報告に相槌にもならない返事を、オウガは風に溶かした。
高くに昇った太陽は陽射しが強い。けども肌を刺す気温は、一行に流れる空気と同じく冷たかった。
オウガにも原因である自覚はあった。しかし重苦しい空気の主因は、間違いなく先導するポニーテールの銀髪少女にあるだろう。
「分からねえな」
「説明が足りませんか?」
「ちげえわ。顔合わせん時にかましといて、クソ丁寧に説明しやがるじゃねーかよ。今更心変わりでもしたってのか?」
「⋯⋯まさか。信頼も信用も私はしません。けどギルドからクエスト解決の主導を任された以上、説明する義務はあります」
「あァそうかい⋯⋯クソ真面目が」
顔合わせ以降、一貫して取り付く島もない態度。
オウガとしても馴れ合うつもりは無かったが、先行きの暗さに
「ううーん、お堅いなぁリンちゃん。もうちょいゆるーく行こうってばよー」
「誰がリンちゃんですか。さっきも名乗りましたが、私はアイリーン・レムストラです。姓でも名でも呼べば良いですけど、愛称は嫌です」
「こ、このツンツン具合⋯⋯まるで出逢ったばっかのオウちゃんを思い出す。なんだか懐かしくて良きだよねっ、オウちゃん!」
「ちっとも良くねえ。今も昔も俺様は不変だコラ」
そんな空気でもマイペースなのがステラである。アイリーン相手にも和気藹々とした態度を崩さない。
されど当のアイリーンは変わらず背筋を伸ばして前を向く。振り返る素振りは無い。顔合わせの時から未だに、視線は交わらないままだった。
「おい」
「⋯⋯なんですか」
そう。彼女はまともに目すら合わせないのだ。いっそ不思議なくらいに。
一周回って違和にすら感じて、オウガは指摘せずにはいられなかった。
「さっきからなんで目を合わせねえ」
「え。それは⋯⋯ちょ、ちょっと首を寝違えまして。この角度が楽ってだけです」
「そうか。声震えてんぞ」
「に、二月末と言えどもまだ冬ですから。寒いのは苦手なんですよ文句ありますか」
オウガの指摘に、キッと睨み返すアイリーン。
初めてまともに目が合ったものの、翡翠色の瞳には露骨なまでに右往左往と泳いでいた。
(この銀髪⋯⋯まさか俺を恐がってるだけってオチじゃあねえだろうな)
立てば悪鬼。座れば羅刹。歩く姿は大魔王。
顔を見れば青ざめられ、目が合えば息を呑まれ、すれ違えば腰を抜かれるなど日常茶飯事。
悪い意味での武勇伝が気付けば勝手に生まれてしまってるほどの、オウガの風貌は伊達ではない。
だからだろう。有り得ない、とは言い切れないのだ。
特別悪い事などしていないのに何故だか弱い者虐めをしているようにも思えて、今度はオウガの方から視線を逸らしたのだった。
◆ ◆ ◆
平和は多くの犠牲の上で成り立つものだ。
消えない痛みがある様に、かつて人同士が招いた大戦の傷痕は、百年の時を経ても未だ多く残っている。
カスケード街道から外れた位置に在る旧砦も、その一つであった。
「居ますね」
「居やがるな」
「ひーふーみーよー⋯⋯わー、うじゃうじゃだね。両手両足じゃ足んないや」
かつての門と思わしき壁から頭一つ出して、砦内部を窺う三人。
崩れた天井からの陽射しが照らす広間には、ゴブリン、オーク、ウェアウルフと、
「ですが、見た所どれも
「カスばっかだな」
「チュートリアルのお時間ですって感じー」
だがアイリーンの報告通り、広間の魔物達はどれも最下級ばかりである。身も蓋もないステラの形容に、挟む異論も無い。これならば偵察の必要もないだろう。
アイリーンは背負っていた槍を指先で触れながら、もう一度釘を刺すべくコホンと咳払いを置いた。
「では、始めましょうか。ですが、先も言った通り私は貴方がたと共闘するつもりはありません。私からの支援や手助けなどは当てにしない様に────」
「御託なげえんだよ! オラァとっとと行くぞステラ! こんなクエスト、秒で終わらせてやる!」
「えっ」
「あいあーい! それじゃーレッツ、とっつげきぃぃぃ!!!」
「⋯⋯えっ」
悲しいかな、釘は虚しく宙を空振る。
唖然とするアイリーンをよそに、二人は既に魔物の群れへと特攻を仕掛けていたのであった。
「とーう!」
『ゴブッ!?』
闘いの火蓋を切ったのは、ステラの雄々しい飛び蹴りだった。
スカートのめくれなど意に介さない強烈な蹴りに、ゴブリンは悲鳴をあげて吹っ飛んだ。
その一撃に気付いた魔物達が、野蛮な襲撃者達を唸り声で威嚇する。だが当のステラは意に介さず、あろうことかオウガの方へと振り返った。
「よーし! それじゃあオウちゃんっ、いつものお願いね!」
「⋯⋯面倒くせえ」
「はやくはやく! 焦らすの厳禁!」
「うっせえ。ったく、見渡す限りは雑魚ばっかかよ⋯⋯だったら、"オマエなら楽勝だ。そうだろステラァ!"」
「わはーっ! キタキタキター!」
(⋯⋯ステラさんの輪郭が、赤く光りだした?)
オウガの声援を受け、喜色の雄叫びをあげたステラの、蒼き両目に星が宿る。
しかしアイリーンの
「てやーっ!ブレイブパーンチッ!」
『クボッ!?』
「ブレイブキーック!」
『ギャウンッ』
(速い! ステラさんの動きが強化された?)
先程よりもあからさまに機敏に動いては鋭い打撃を繰り出すステラに、アイリーンの目が見開かれた。
だが銀髪の少女の驚きはこれだけには留まらない。
「ンでェ⋯⋯"最強無敵な俺様なら、もっともっと楽勝なんだよォ!!"」
「と、唐突な自画自賛?! もう、何なんですこれ一体⋯⋯」
ステラに続けと言わんばかりに自画自賛を叫んだオウガの身体にも、赤い光が纏われる。しかもその光はステラ以上に強く色濃い。
アイリーンの困惑を跨いでウェアウルフを殴り飛ばしたオウガもまた、あからさまに身体能力が強化されていた。
「あぁー! 自分だけ結構使ってるじゃん! ずるいずるいよ、ステラには20%くらいだけしかしてくれてないのにー!」
「るっせえ。所有者特権だわボケ!」
「むー。さてはリンちゃんが可愛いからって張り切ってるんでしょ! いいもんいいもん、ステラの方が多く倒しちゃうもんねー!」
「微塵も張り切ってねえよ。だが、売られた喧嘩は買うのが俺の流儀だ。乗ってやんよステラ。大差ついてもベソかくんじゃねえぞコラァ!」
(⋯⋯"特権"という事は、やはりアレはギフトなのでしょうか)
愚にもつかないやり取りを交わしながらも、二人は魔物達を蹂躙していく。
一方で困惑から我に帰った少女は、冷静に彼らの大立ち回りを分析していた。
あの赤いオーラはどう見ても自然発生したものではない。つまりは超常。超常を引き起こすのは異能であるのが世の常だ。
ならば、アレがギフトなのだろうというアイリーンの憶測は当然の帰結と云えるし、実際に正しかった。
(見たところ二人とも強化系のギフト。身のこなしも相まって、強い。恐らく両者とも武術を修めているのでしょう。ポーン級とはいえ、魔物が束でかかっても相手にもならない)
『⋯⋯ゴブ!』
そんな中で、更に分析を重ねるアイリーンを、目敏く見つけたのは一匹のゴブリンだった。
振り上げた棍棒を赤く染めんと、彼女の元へと殺到する。
「ですが⋯⋯」
『ゴ、ゴブッ!?』
だが
驚嘆に歪む醜悪な顔が、何故か動かぬ自らの足を睨むが、それは驚嘆を一層深めるだけで終わる。
何故なら小鬼の両脚は、自身も気付かぬ間に"青き氷に凍てつかされていた"のだから。
『ご、ゴブッ⋯⋯?』
有り得ない現象であった。無論、自然発生ではない。
即ち超常だ。超常を引き起こすのは異能であるのが、この世界の理である。
しかし哀れな小鬼はアイリーンと違い、その理を理解する知能すら無かった。
「少しがっかりしました。その程度のクェーサーならば、以前のギルドにも居ましたよ」
動けぬ小鬼へ
遅れ馳せながらも闘いの場に参戦すべく、アイリーンは"地を蹴った"。
「『フリーズ』」
地を蹴ったとは、駆け出すことへの比喩ではない。アイリーンは文字通り、地面を蹴り上げていた。
すると彼女が蹴った地面は瞬く間に凍てつき、更に伝搬する様に凍土が次々と伸びていく。
まるで意志を持つ大蛇の如く伸びた凍土は、その先に居た魔物達の脚を瞬く間に凍てつかせてしまった。
「ッ、なんだと!?」
「うわわ、なにあれ!? 魔物達の脚ごと地面がカキンコキンになってる!」
「私のギフトです」
「リンちゃん!?」
「愛称は嫌と言ったはずですよ」
そうなれば、次に驚くべきはその光景を目にした二人である。闘いに夢中になっていた彼らには、何が起きたのかを正確には掴めない。
彼らの困惑を溶かしたのは、バランスを一切崩すことなく凍土を歩むアイリーンであった。
「説明しますと、私の『フリーズ』は名の通り、あらゆるものを凍結させるギフトです」
「凍結だと⋯⋯」
「はい。そして、氷を操ることも出来ます──こういう風に」
そしてアイリーンがストンピングをするように踵を鳴らせば、凍土からいくつもの氷柱が次々に隆起する。
身動きの取れない魔物達は抵抗する術もないまま、鋭利な氷柱に容赦なく
もはや災害染みた超現象は、無意識にオウガとステラの背筋を凍えさせる。
「うわぁ、串刺しだぁ。リンちゃんこっわ!」
「愛称は嫌なんですが」
「チッ、随分強力なギフトじゃねえか。ご丁寧に実践までかましてくれてよォ!」
「⋯⋯義務ですので」
強力なギフト。皮肉混じりではあるものの、オウガの素直な評価であった。
だが自身のギフトを披露してみせた当人に、評価に喜ぶ姿はない。
(本当は、見せつけるようなやり方は性に合わないのですが。どうせ嫌われるなら、早い方が良い)
喜ぶどころか、目を伏せたアイリーンの表情は苦い。
他人からの称賛に慣れていない訳ではないのだろう。
半年前。この強力なギフトを用いて『
「では、くれぐれも勝手に巻き込まれないように。怪我を負った責任まで取りたくはありませんからね」
「あァそうかい、上等だオラァ!」
「じょーとーだおらー!」
その心内には、称賛を
けれど苦悩まで説明する義務も義理も無いはずだと。
後ろめたさを隠す為の、冷たい仮面を被ったまま。
銀藍凍土のアイリーンは、再び大地を蹴った。
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