【4】ギルド入団は前途多難

 自己紹介代わりの取り留めのないやり取りに一段落をつけたのは、トトリの淹れた暖かな紅茶だった。

 麗らかな午後の陽射しが窓から差し込む団長室。

 紅茶などという上品な代物に縁がない幼馴染二人であったが、それでも流石はメイドの腕である。

 オウガとステラがトトリの紅茶に舌鼓を打つ一方で、苦労人ユオは胃薬を紅茶で流し込んでいた。

 そんな一幕をさて置いたのは、やはり団長ソルクトである。


「さて、ステラちゃん。改めて聞くんやけど、今日此処に来てくれたっちゅう事は⋯⋯うちのギルドの戦闘員クェーサーになってくれるってことでええんやな?」

「オッケーですぜ旦那! たーだーしっ! こちらのオウちゃんも一緒に入団させてくれなきゃノーサンキューでっす!」


 改めまった確認に、チッチッチッと小生意気に指を振る。そのままひしっと抱き付いたステラの頭を、オウガは引っ叩いた。


「わはは、事前にユオちんから聞いた通りやね。にしてもオウガくん、ホンマに愛されとるなぁ。男冥利に尽きるんやないのぉ? ん? んん?」

「全っ然尽きねえけどなんだよなんか文句あっか」


 デリカシーを欠いたソルクトの茶々に、オウガの凶相に拍車がかかる。

 愛されてるとは言うが、そもそもステラの交換条件は彼女自身の勝手である。別にオウガがペルセウスに入団したい事情があった訳ではない。

 それどころか交換条件を出したこと自体、オウガ本人には寝耳に水であったのだ。



 ことの始まりは二週間前ほど前の話であるが、オウガには今でも鮮明に思い出せた。

 趣味の散歩に出かけていたステラが、急に家に訪れるなり『オウちゃん、ギルドに入ろう!』と持ちかけてきたのだ。

 どうにも散歩に熱が入って王都周辺の森にまで行ってしまい、そこで魔物モンスターに遭遇。問題なく撃退すれば、たまたまステラの大立ち回りを目撃したユオに、そのままスカウトされたという経緯だった。


「でも入団してくれるつもりなんやろ? うーんこのツンデレ」

「ギルドってもんに興味あるだけだ悪いかクソ糸目」


 オウガは嫌な事には嫌と言う男である。

 確かに当初は渋ったのだが、結局ステラの入団に付き合う事を決めたのは彼の意志だ。

 四六時中付きまとっては『ねー入ろうよ。ねえねえ、ねーってばー!』『じゃーギルドに入るのとステラと家庭に入るのとどっちがいい?』『ねーねーアナタ! もう違うでしょオウちゃんそこはなんだいオマエって返すとこでしょーん』という幼馴染の猛攻に根負けした訳では無い。無いったら無い。


 紆余曲折はあったものの、結局、彼が此処に居るのは彼自身の意思だ。

 であるのならばこのまま問題なく、晴れて二人はペルセウスに籍を置くかに思えたが。


「ま、うちの団もちょこーっとゴタついとったお蔭で、今は人員クェーサー不足。有能な人材なら、拒むどころかいつでもウェルカム。ボクとしては喜んで迎え入れたいところやねんな」

「やたっ、じゃあ⋯⋯!」

「たーだーしっ! それはあくまでボクとしては、っちゅう話やね」

「⋯⋯えっ?」


 そう簡単に話が進むほど、世の中は簡単には行かないが常である。

 意趣返し気味に梯子を外されたステラの肩を叩いたのは、ユオだった。


「すまないな、ステラ。これでも我がギルドは仮にも四十八の内の三番手だ。そこまでの地位は、これまでの信頼と実績に基づいている。だからいかに人手不足だとしても、誰彼構わずという訳にはいかない。ステラは私が既に実力を認めている。だが──」

「──実力の分からねえ俺は別って訳か?」

「あぁ。お前につきまとう噂はともかく、能力も実力も不明な者をおいそれと招き入れるのは、組織としての矜持に反する。それが、副長としての私の判断だ」

「えーっ、そんなぁ⋯⋯ユオさん話が違うよー! オウちゃんと一緒じゃないとか絶対にノウ! なんだけどっ!」

「うるせえ逸るな」

「でもー!」

「でもじゃねえ。つまりは、俺を測りてえって話なんだろうよ」

「え、そなの?」


 ユオの判断はいかにも正しい。

 異議を唱えるステラと違って、オウガはユオの理屈に理解を示している。絶対に入団を認めないと言ってる訳ではないのだ。

 実力が分からないのが問題ならば、実力を測れば良い。ただそれだけの事である。


「オウガくんの言う通りや。ようは雇う側として、オウガくんの実力をはっきりさせたいっちゅう訳やね。そこで僕から提案。キミら二人に、ちょこーっとクエストをこなして貰おっかなって思うねん」

「クエスト?」

「せやせや。ギルドと言ったらクエストやろ? 丁度、うちの新人ルーキーが受け持っとる案件が一つあんねん。ボクとしてはステラちゃんの実力も知っておきたいし、手間が省けると思わへん?」

「⋯⋯ケッ。最初ハナッからそのつもりだったんだろうが。食えねー野郎だ」

「わはは」


 わざわざ契約成立を目前にして梯子を外したのも、この条件を呑ませやすくする交渉術なのだろう。

 昼行灯のように見せて、案外抜け目がない。一杯食わされた気分になりながらも、オウガは獰猛に笑ってみせる。

 ナメられるのは嫌いだが、試されるのは嫌いではない。

 意外に冷静に見えて、充分血の気が多いのが、オウガ・ユナイテッドという男であった。



「そんじゃあ、副長が目をつけた逸材、ステラ・アズール。ほんで、悪名高きオウガ・ユナイテッド。

 序列第三等、ギルド『ペルセウス』の名の元に──キミらの実力、是非とも見せて貰おうやないか」






◆ ◆ ◆




(⋯⋯なんて風に発破かけときながら、あんのクソ糸目狐が。全然話が違うだろうかよ)


 人生に難関はつきものだ。

 山あり谷ありの人生だっただけに、いまさら多少の難関にいちいち不条理を覚えるオウガではない。

 だが、故意に誰かから与えられる難関は別だ。普通にしゃくに触る。故にオウガは露骨に苛立っていた。


「先に言っておくことがあります」


 しかし、そんなオウガの苛立ちなど意にも介さないまま、目の前の少女は冷たく言い放つ。

 雪解けはもう随分前なのに。毛先だけが藍色に染まった長い白銀髪が、向こうしばらくの季節に置かれたはずの雪の冷たさを思い出させた。


「え?」

「私は、信用も信頼も、したくはありません。私は私で動きますので、貴方がたもそのつもりでお願いします」


 北天区画の城郭。王都の外へと繋がる石門にて引き合わされた、ペルセウスのルーキー。友好の握手を求めて差し出したステラの手を、彼女はただ翡翠色の目で見下ろすだけだった。


「特にそっちのオウガ・ユナイテッド。貴方のような悪人に預ける背中などありませんから」


 とどめとばかりに吐き捨てられた、オウガへの明確な拒絶。俯きがちな翡翠色の目は、彼の方に向けられる事すらない。


(⋯⋯なにが『新人はちょっと気難しい娘やけど、実力は折り紙付きやねん。まあ二人と同じくらいの歳やし、若者同士ちゃちゃっと打ち明けて、仲良うクエストクリアしたってな!』だクソが。あの細目狸、絶対確信犯じゃねえか!)


 登り降りした人生の山谷を思えば、厄介ではあるがまだ易しい方だろう。

 だがそれでも、故意に与えられた難関はやはり癪に触るのだ。


 槍を背負った少女の、銀藍髪ぎんらんがみを一つに束ねるブルーリボン。

 蝶翼を模した両羽根は、柔らかそうな素材ながらも風に全くそよがない。

 まるで彼女の頑なさを表したように静止するリボンを見つめながら、オウガは確信を深めた。


 自分達は、あの団長に"ふっかけられた"のだと。





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