【3】ギルド・ペルセウス
「ようこそおいで下さいました、ステラ・アズールさん。そしてオウガ・ユナイテッドさん。私はペルセウス所属のトトリ・メモリア。どうぞ宜しくお願い致します」
「わぁ、メイドだ!メイドさんだよオウちゃん!」
「見りゃ分かんだろ」
紆余曲折の末にギルドハウスに辿りついた二人を出迎えたのは、トトリと名乗ったメイドの少女であった。
お淑やかという形容が相応しい可憐な笑みに、栗色のミディアムヘアが良く映える。
彼女もギルドの
「序列第三等は流石だねー。メイドさんが居るなんてお金持ちなんだなぁ」
「そうとは限らねーよ。ギルド本部自体はそこらのと変わらねえ感じだぞ」
「お恥ずかしながら。過ぎた豪奢絢爛も良くない、というのが団長の昔ながらの方針ですので」
「所帯染みてんな」
「ギルドクェーサーとて、中身はただの人ですから」
しれっと失礼なオウガの意見を受け止めるトトリには、成熟した落ち着きがあった。とはいえオウガの方をチラチラとうかがう視線は、少し忙しない。
(⋯⋯ふん。だが、そこいらの有象無象とは違うか。メイドの癖に隙がねえし、あからさまに脅える訳でもねえ。流石に序列第三等のメンバーだけはあるらしいな)
流石に悪鬼羅刹と恐れられているオウガを目の前にすれば、多少は動揺するものだろう。むしろ悲鳴を上げられないだけ、オウガの目には上等に映るのだ。故にわざわざ指摘することもなかった。
そのままメイドの先導に従って、シンプルな円卓が鎮座しているホールをすり抜け、中央階段を上がる。窓際にある観葉植物の緑が瑞々しい。手入れが行き届いている証なのだろう。
ステラの無邪気な茶々を合間に挟みつつ、一行は二階廊下最奥の大扉の前に着いた。
扉の前に掲げられしは銀翼と青銅盾のタペストリー。
一目見ればそれが、この第三等ギルド『ペルセウス』のシンボルなのだと分かった。
「失礼致します。お二人を連れて参りました」
『お、ご苦労さん。入って来てええよー』
重々しい扉とは裏腹に、向こうから届いたのは軽い調子の
観音開きの大扉を潜ると、そこには政務机に目を閉じたまま微笑む狐顔の男性。その傍らに立つ、菫色の髪の後ろを逆さ折りに留めた美女の二人に迎え入れられた。
「やあやあ、よう来てくれたねお二人さん。ボクはソルクト・ミルファス。ペルセウスの団長をやらせてもろうてます」
「ユオ・アルゴルだ。副長をやっている。久しぶりだな、ステラ・アズール」
「あ、ユオさんだー! やっほーい!」
「相変わらず活力の塊みたいな娘だな。元気そうでなによりだ」
片や、青髪閉じ目の陽気な団長ソルクト。
片や、冷厳な雰囲気の副団長ユオ。
相反した空気ながら、揃うと収まりの良い両者であるが、ユオとステラは顔見知りであるらしい。
というのも、ステラを勧誘した人物こそユオ・アルゴルであった。
「ふんふん、副長から聞いた通りな感じの娘やね。ほんでそっちのごっつ厳つい顔のお兄ちゃんは、噂のオウガ君で
「オウガ・ユナイテッドだ。噂っつーのは?」
「なんや、産まれながらの悪人相で、取り出した産母を気絶させたとかー。たった一日でスラムの悪たれ共を締め上げて、今では悪のカリスマとして裏稼業を牛耳っとるーとかとか」
「全部デマだクソッタレ」
一方で頭の痛くなるようなデマを平然と連ねるソルクトは、飄々とオウガをからかった。
悪評には事欠かない自分に対し、さして気負いの無い態度。普通であれば、オウガと目を合わせる事すら出来ないというのに。
ソルクトのみならず、部屋の隅でお茶を淹れるトトリに、少し鋭い目付きながらも脅えた様子のないユオ。
四十八ある国内ギルドの中でも、上から三番目という評判は伊達ではないというなのだろう。
他者の評価には意外と実直なオウガとしては、まずは満足と頷きたい所であったのだが。
「⋯⋯こっちも聞いてえんだがよ」
「ええよん。副長のスリーサイズはね、上から86──」
「トトリ。本日を以ってお前を副団長に委任する。私は荷物をまとめて故郷に帰るとしよう」
「寂しくなりますね」
「ちょ、冗談! 小粋な団長ジョークやから!」
「オウちゃんオウちゃん、ユテラの勝ちだよ!」
「うるせえ知るかどうでも良いわ。つうか本当にそっちが団長なのかよ」
「列記とした団長やでー。まぁ、ユオちんのがよっぽど団長っぽいってぎょうさん言われとるけどなー、わはは!」
「だろうな。一目見りゃ俺でも分かる⋯⋯特に、なんだよその格好は。思いっきり寝間着じゃねえか!」
そうなのだ。団長と名乗りつつも、ソルクトの格好は上下ともスウェットであった。ついでに髪もボサボサ。
完全に寝起きそのままとしか言い様が無い。
「やって楽やもんこれ。生地が厚いから今の時季でも暖かやし、疲れた時はどこで寝そべっても良しな優れものやねんで!」
「うんうん。寝る時は楽な格好が良いよねー」
「ねー。分かっとるやんステラちゃん」
「馬鹿が共鳴してんなよ。寝る時なら別に好きにすりゃ良いが、今はギルドの活動時間だろうか。んな時に団長がンなナメた格好してて良いのかっつー話だ」
至極真っ当な意見に、本人ではなく副長ユオが沈痛な面持ちであった。
それだけで彼女の苦労人具合が推して量れる。
「オウちゃん。ボクはね、せっかく新しく仲間になってくれるかもしれへん子らには誠実で居たいと思うんや。本当やったらバチッと団服着てお迎えしたかったんやけど、それって一時の建前やん? ほんなら後で幻滅されるよりかは、普段の、ありのままを見て貰わないとアカンって、そう思うんやけど」
「ありのまま、だと?」
「せや。僕の座右の銘は"緩急剛柔"。締める時は締めて、緩める時は思いっきり緩めるのが何事においても肝要っちゅうことやな。つまりこの格好は、ボクのポリシーそのものでもあんねん」
「ポリシー、だとォ⋯⋯?」
声色を深めて大袈裟に言ってはいるが、ようは楽したいだけである。それなら今が締める時じゃないのかと言いたげに、ユオは眉間を揉みながら深い溜め息をつく。
しかし悲しいかな。そんな苦労人の姿は、オウガの目には入ってなかった。
「⋯⋯チッ。信条に口を挟めば男が廃る。仕方ねえな。それで納得しといてやるよ」
「おぉっ、なんやなんや、話せる男やんかオウちゃん!」
「まぁな。だが次その呼び方したら殺す」
「わはは、すんませんしたっ」
「⋯⋯意外に素直な方なんですね」
「丸め込まれてる。丸め込まれてるぞ、オウガ・ユナイテッド⋯⋯!」
「オウちゃんも服装とかには強いポリシーあるから、他の人のこだわりとかは大体尊重しちゃうんだよね。顔に見合わず結構チョロい、これ
「なるほど、オウガさんはチョロインなのですね。委細承知です」
「承知するなよトトリ。はぁ、胃が痛い⋯⋯」
オウガ・ユナイテッド、十八歳。
自由奔放な腐れ縁とのバランスを測ってるかのように普段はクールガイではあるが、凶相に隠れて意外に純情な所もあった。
一方で、冷静なツッコミ枠かという期待が裏切られたユオの表情のなんと切ないことか。
胃を擦りながらこっそり
人の夢と書いて、儚い。
残酷な世の真理の一片が、そこにはあった。
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