【2】幼馴染のステラ・アズール

「もー、そんなカリカリしなくたって良いじゃん」

「るせえ。公共の面前でひっついて来やがって」

「だってオウちゃん激オコだったし、ステラが止めなきゃヤバいかなーって。あ、それとも思いっきりギュッてしたから照れた? 照れちゃったかなー?」

「クソうぜえ⋯⋯!」


 プトレマイオスは大陸西部の大国家。永年続いた国家間戦争よりはや百年が過ぎ、この国のみならず世界は平和の一時を甘受していた。

 犬も食わない男女のやり取りもまた、そんなのどかさの延長とばかりに繰り広げられている。


「ふへへへ、純情だねボーイ。ほれほれ、これがええのんか、おっぱいがええのんかー?」

「年中脳内花畑が⋯⋯歩き辛ぇからいい加減離れろや」

「おことわーる! ふふん、そんなこと言って本当は照れてるんでしょー? 初心だねぇ。でもこのステラちゃんにはオウちゃんの本心なんてつるっとまるっと見え見えなんだから」

「前頭葉にチーズケーキでも埋め込んでんのか」


 発育の良い身体を惜しみなく押し付ける美少女、ステラ・アズールの猛攻を、オウガは心底鬱陶しげに引っぺがしていた。

 泣く子も黙る凶相は健在にも関わらず、ステラはまるで躊躇ちゅうちょしない。

 ピンクブロンドを左右でお団子にまとめ、それでも余る長髪をツインテールに垂らした彼女は、にぱっと笑ってみせた。

 青空のような瞳が、魔王と呼ばれし男の顔を映し続ける。

 誰もがすぐさま目を逸らすような顔面凶器を、彼女はまるで恐れない。

 それだけで、二人の付き合いの長さを感じさせるには充分だった。

 

「でもさぁ、待ち合わせ場所にいつまでも来ないオウちゃんサイドにも問題ありじゃん?」

「うるせえ。俺だってあぁなるとは思わなかったんだよ」

「しかもあの男の子に使ってたでしょ。オウちゃんのギフト。あーあ、オウちゃんのギフトはステラ専用なのになぁ。この浮気ものー!」

「オマエ専用になった覚えねえわクソが」


──【祝星ギフト


 セレスティアルに生まれし者の中で、約千人に一人が授かるとされる異能力。

 オウガもまたそのギフト所有者であり、あの奇跡みたいな光景は、この魔王の『ギフト気まぐれ』によって引き起こされたものだとステラは看破していた。


「あっ、でもでもオウちゃんそのジーンズ気に入ってくれてたんだねぇ?『クソうざってえ腐れ縁が俺に寄越したモンなんだ』だってー?」

「ぐっ、こいつ、要らん事まで聞いてやがったか」

「や~いツンデレ! 幼馴染の貴っ重なデレ! このステラちゃんが聞き逃すはずがあーりませんよ! ふへへへへっ」

「このクソアマ、調子に乗りやがって⋯⋯⋯⋯あ?」


 幼馴染の腐れ縁ともなれば、煽り加減にも容赦がない。だが甘い顔立ちのステラには、墓穴を掘る詰めの甘さも同居していたらしい。


「おい待て。待ち合わせ場所に居たはずオマエが、なんでそこまで知ってやがんだ」

「⋯⋯あ、やばっ」

「ステラ。さてはオマエ、最初っからあの場に居やがったな?」

「いやぁ、実は左のお団子が上手く結えなくって」

「こんのっ、誘った本人まで遅刻してんじゃねえか!」

「てへっ」


 結局どっちも問題しかなった訳である。

 すっ惚ける幼馴染にうんざりするも、もはや怒る気力も失せたのか。せめてもの嫌がらせとして、合わせていた歩幅を早めるだけに留めたオウガであった。


「で。例のギルドってのはどの辺りなんだ」

「【ペルセウス】の本部は、北天区画の渦巻運河の近くって言ってたから、多分もうそろそろ着くと思われ!」

「本当なんだろうな⋯⋯」

「ホントだよ。疑わなくたっていいじゃん」

「オマエのこれまでを思えば信用出来ねえんだよ、ったく。序列第三等のギルド様が、こんなドジをスカウトたぁな」

「お目が高いよねー」

「節穴の間違いだろ。付き合わされるこっちは良い迷惑だぜ」

「迷惑なのに付き合ってくれるオウちゃんやっさし! やはりツンデレ、ツンデレは全てを超越する」

「はっ倒すぞ」


 立て板に水もかくや。テンポの良い会話を織り交ぜながらの珍道中は、正確な場所を聞き忘れたステラのせいで、もうしばらく続いたのだった。


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