第一回 文体について

 記念すべき第一回目の題材は、ずばり文体です。

 文体について簡単に説明しますとまあ例えばひらがなと漢字の比率だったり、敬語やタメ語やはたまた文語体であったり、一文の長さや言葉選びや句読点のテンポなど、それら諸々を合わせた個人の文章のオリジナリティみたいなものが文体となります。

 文体ってのは大まかに五つに分けられます。



・美文体

・口語体

・論文体

・漢文体

・翻訳体(翻訳調)



 まず美文体から見ていきましょう。

 美文体というのは要するに古典的な匂いの強い文章のことを指します。

 日本語というのは英語に比べるとてんで実用的ではなく、美的感覚に秀でた言語なのでそれの最も色濃く出た文章こそが美文体と言えるでしょう。

 逆に日本語の枠組みとしてかなり外れた位置にある翻訳体はあまり美しくない文章とも言えます。(無論翻訳体でも美しい文章もあります)



 次に口語体ですが、こちらはカクヨムなどのWeb小説ではよく見かけるかと思います。

 話すように書くというのでやや俗っぽさはありますが、芥川龍之介や太宰治なども使っていた立派な文章ですからそこになにか負い目を感ずる必要はありません。

 これはどのような文章を書いてもキャラクターに合えば完全に自由ですから、初めて小説を書く方などには一人称と合わせてよく使われるものでもあります。(文語体と並んで使われる口語体とはまた別で考えてください)



 論文体は文字通り学者の書く論文的な文章のことを言います。

 翻訳体と似ているところはありますが、最も異なっているのはそのどこまでも冷たく透き通った観察眼で、あまり感情を発露させません。

 淡々と事実のみを書き綴る文体で、無骨な雰囲気がありハードボイルドな作品などによく使われます。



 漢文体は読んで字のごとく、漢文的な文体のことを言います。

 これを書く上でもっとも重要となるのが漢文と漢詩の教養で、見様見真似でやってみてもできるものではありませんし一朝一夕で身につくものでもありません。

 ですが極めると論文体と美文体のいいとこ取りみたいな感じの文章になりますから、作家としてはこれ以上ない武器になるかと思います。

 極めないでも、漢文漢詩について学ぶだけで文章はより洗練されましょう。



 最後の翻訳体もまた読んで字のごとく、他言語を日本語に翻訳したような調子の文章のことです。

 こちらは他の四つと比べると比較的若い文体で、昔はあまりこの文体の方はおりませんでしたが最近ではそれなりにいると思います。

 というのは、ノーベル文学賞最有力候補日本人の村上春樹や史上二人目のノーベル文学賞受賞日本人の大江健三郎が翻訳体であったことが大きいでしょう。(敬称略)




 さて、文体の種類についてそれぞれ大体の説明が終わったところで、一つクイズをしましょう。


『問・作家の文体は、これら五つの文体にきっちりと分けることができるか』


 答え、できません。

 何故かというとこれはまったく当然なのですが、個人の文体への影響はこれら五つのうち一つだけとは限らないからです。

 つまるところ美文体と翻訳体が混ざったような文体もあるし、全ての文体がごちゃごちゃに入り混ざった文体もあるということなので、あるいはそれらのなかから最も影響の強いものを選んで区別はできるかもしれないが、とても正確であるとは言えない。

 そのため五つのどれがどれぐらい文体の要素として含まれているかで個人の文体を数値化したほうがいいということです。

 とにかく見てもらった方が早いと思います。

 以下は、作家ごとに文章における文体の要素の割合を私が感覚で割り出したものです。



1.芥川龍之介 【論文体5、口語体2、翻訳体3】


 日本人なら誰でも知っているであろう著名な作家、芥川龍之介ですが、文体のベースは論文体です。

 鋭く無駄がない文体で、初期の作品は古典を準拠としているようですが、美文体というよりは漢文体に近い感じがします。

 しかし漢文体より読みやすくてどちらかというと翻訳体に寄り添った匂いがするのは、芥川自身が洋書を読み漁り、自身で翻訳も手掛けていたという点に起因するでしょう。

 口語体の要素は彼の代表作「蜘蛛の糸」や「地獄変」などに見られるございます調*に含まれております。


*ございます調とは、文末に「ございます」をつける敬体の亜種みたいなもの。



2.大江健三郎 【翻訳体7、美文体1、口語体2】


 ノーベル文学賞を史上二人目で受賞した日本人、大江健三郎は完全なる翻訳体です。

 では一体どこの国の言葉をもとにしているかというとフランス語です。

 大江健三郎はフランス文学に強い影響を受けた作家で、文章の構造などは日本語の体はとっていてもほとんどフランス語に近く、また美文体の要素を含んでいるために一文が長文になりがちで、しばしば読者から「難解である」とされます。(内容においてもフランス文学に影響を受けている)

 一人称視点においては口語体の文章を使うので、その要素も含まれているかと思います。



3.川端康成 【美文体5、口語体4、論文体1】


 史上初のノーベル文学賞を受賞した日本人、川端康成は日本語的な文体を使います。

 同世代の他の作家と比べてひらがなの比率が高く、流麗で柔らかな印象を読者に与える文体ですが、彼が新感覚派と呼ばれた由来は文体ではなくその表現にあるので、ハッキリ言ってしまえばこれはそこまで特徴ある文体ではありません。

 しかし彼の五感を駆使した美しく現実味のある文章や独特な感性はその文体でなければ完全には引き出されないでしょうし、普遍的でありながら普遍的でないというのもまた川端文学の特徴であるかと思います。

 ちなみに川端康成は主語をバンバン省略してくるので、個人的には読んでいて大江健三郎よりも難解だと感ずることがしばしばあります。


4.志賀直哉 【論文体7、漢文体3】


 白樺派の代表作家たる志賀直哉は、簡潔で平明な文体を使います。

 いついかなる時も感情が介入してこない、いや感情が現れはするのだがそれをまるで他人のように見、純粋な感情を純粋なままに文字に書き起こす。

 これはなにも心情描写に限った話ではなく、彼の文章全てにおいて言えることです。

 そのあまりの冷徹な点は論文体による要素が大きく、一文が短く引き締まっている点は漢文体による要素でありましょう。



5.太宰治 【口語体7、美文体2、論文体1】


 無頼派の代表作家、太宰治は口語体ベースの文体を使います。

 そのため句読点の頻度や文章のテンポなども、作品によって目まぐるしく変わり、それが太宰独特のテンポ感や作風へとつながります。

 当時としてはほとんど居ないであろう口語体ベースの文体は、彼がどのような人物であろうとその内面や心の動きを描写しきる人物描写の達人であったことが由来かと思われます。

 またWeb小説では口語体の小説がよく見られることからも分かるように、口語体というのは読みやすくまた書きやすくもあるので、現代に通ずる苦悩を描いたということもそうですが、太宰が今まで漱石や芥川と並んで読まれる作家でいるのはこれのためかもしれません。



6.谷崎潤一郎 【美文体9、口語体1】


 私的には遠き時を超えた紫式部の後継者だと思っている谷崎潤一郎ですが、川端康成よりも日本的で古典のような文体を用います。

 初期作品に関してはそうでもないのですが、後期に移って行くにつれセンテンスが長くなり、古典的な文体に寄っていきます。

 谷崎は森鴎外と並んで日本語の一つの到達点とされ、今日の作家にも多大なる影響を与えました。

 もしも私が文体を五つではなく二つに分けるとすれば、谷崎体と鴎外体というふうにしていたでしょう。



7.夏目漱石 【翻訳体3、漢文体3、口語体1、論文体3】


 日本の文豪代表、夏目漱石の文体は翻訳体と漢文体と論文体のミックスです。

 漢詩に深い教養のある漱石は自身の文章においても強い影響を受け、当時としては珍しいロンドン留学の経験や西洋文化からもまた大きな影響を受けていました。

 漱石の文体は百年以上も前に描かれた作品でありながら現代で読んでもさして読みづらさを感じないので、日本語においては最もオーソドックスな文章だと思います。

 漱石の造語が現代においては当たり前に使われていたりするので、そういった点においても漱石は文豪の代表と言えるでしょう。



8.三島由紀夫【翻訳体3、漢文体3、美文体2、論文体2】


 日本文学史上最も才能のあった作家、三島由紀夫は漢文体と翻訳体のミックスです。

 三島は西洋の作家に多大な影響を受け、日本人としての自分と西洋に対する強い憧れのある種のジレンマを抱えていた作家であり、また美しさに対するこだわりの強い人物でした。

 本人の申すように鴎外に文章の影響を受けてはおりますが、そこにはやや谷崎の匂いもあり、物語の構造は古典や海外の神話を準拠にしたものが多くあります。

 彼の文体を真似をするのはお勧めしません。

 というのは、漢文体と美文体の両立が非常に難しいということもそうですが、何より三島を三島由紀夫という作家たらしめているのは、その恐ろしいほどの語彙力にあるためです。

 広辞苑を全て暗記していたというのは有名な話ですが、作品を読んでいても見たこともないような単語のオンパレードに頭が痛くなることがあります。



9.村上春樹 【翻訳体6、口語体3、論文体1】


 ノーベル文学賞最有力候補日本人、村上春樹は翻訳体がベースの文体です。

 彼の文章はとにかく読みやすいのが特徴で、平易で分かりやすくあまり難しい言葉が使われておりません。

 なぜ翻訳体なのかというと、村上自身が翻訳の仕事も積極的にやっているというのと、過去に国語教師の父への反発から海外、特に米文学へ傾倒していた経験からだと思います。

 文体だけでなく言葉にしてもカタカナやアルファベットが頻繁に出てきたり、一人称をまったく省いたりしないので村上自身のなにか独特な雰囲気が紙面に浮かぶ文字からも漂ってきます。

 ちなみにびっくりするぐらい文体を真似しやすいので村上チルドレン*は創作界隈に大量にいて、新人賞に送られてくる作品の過半数は村上春樹に影響を受けたものだそうです。


*村上チルドレンとは、村上春樹に影響を受けたクリエイターのことで、村上春樹のファンであるハルキストとはまた別である。



10.森鴎外 【漢文体6、論文体2、口語体2】


 作家としてだけでなく軍医としても活躍していた多才な天才、森鴎外の文体は漢文体がベースです。

 高校の国語でお馴染みの「舞姫」は、全文におよび格調高い文体で描かれていて、これはどこから影響を受けたのかというと中国の「春秋左氏伝」からだといいます。

 鴎外はドイツに留学した経験から西洋文学と日本文学の橋渡し的な作家としてたまに評されていて、作中にはしばしばアルファベットの英単語が登場してきます。

 文章が上手くなりたいという人は鴎外か谷崎の文章を写経してみるといいでしょう。

 ただし文体を真似するのは至難の業なので容易には行わないように。




 長くなってしまいましたが以上です。

 次回は文章上達法について語りたいと思います。

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