第5話 心の整理

葬儀から数日後、男は再び葬儀屋「やすらぎ」を訪れていた。今回は事後の手続きや支払いを済ませるためだったが、心の中にはもう一つの目的があった。


店のドアを開けると、懐かしい音が迎えた。風鈴のように響くドアベルの音が、彼を穏やかな気持ちにさせた。店内には相変わらずの静寂が漂い、特有の安らぎを感じさせる。


カウンターに立つ店員は、前回と同じく明るい笑顔を浮かべていた。男が近づくと、店員はすぐに気づき、軽くお辞儀をした。


「お帰りなさいませ。何かお手伝いできることがありますか?」


男は少し笑って、首を振った。「今日は支払いと、それから少し話をしたくて。」


店員は親しげに頷き、すぐに手続きを進めるための書類を取り出した。男が書類にサインをしている間、店員はずっと礼儀正しく、静かに待っていた。


すべての手続きが終わり、男がペンを置いたとき、ふと心に浮かんだ疑問を口にした。


「ところで、あの時の葬儀…あんなに派手な演出、どうして提案してくれたんだろう?」


店員は少し驚いた表情を見せたが、すぐに優しい微笑みを浮かべた。


「実は、私たちはお客様の言葉だけでなく、もっと深い部分にある気持ちを汲み取るよう心がけています。お客様が静かでシンプルな葬儀を望んでいるとおっしゃったとき、私はそれを尊重しつつも、もしかしたら、故人をもっと明るく見送りたいという気持ちもあるのではないかと感じたんです。」


男はその言葉に少し考え込んだ。自分でも気づかないうちに、心のどこかで明るい別れを望んでいたのだろうか?店員の言葉が胸に響き、彼は思わず頷いた。


「確かに、あの葬儀は驚いたけれど、最終的には良かったと思う。皆が笑顔で送り出せたし、きっと彼も喜んでくれているだろう。ありがとう。」


店員は深くお辞儀をし、感謝の意を表した。「こちらこそ、お手伝いできて光栄でした。葬儀は悲しみの中にも、心温まる瞬間が必要だと思っています。少しでもお役に立てたなら嬉しいです。」


男はしばらくの間、店員と静かに向かい合っていた。彼の中には、まだ完全に消化できていない感情が残っていたが、それも時間が解決してくれるだろうという安心感があった。


「それじゃあ、これで全て終わりだね。」


「はい、お世話になりました。また何かございましたら、いつでもお越しください。」


男は最後にもう一度店員に礼を言い、店を後にした。外に出ると、暖かな日差しが彼を包み込んだ。深く息を吸い込み、ゆっくりと歩き出す。


道端の木々が風に揺れ、穏やかな音を奏でている。男はしばらくの間、何も考えずにその音を楽しんでいた。やがて、心の中に静かでシンプルな思いが浮かんできた。


「これで、良かったんだ。」


そうつぶやくと、男は一歩一歩確かな足取りで、自分の生活へと戻っていった。心にはまだ小さな悲しみが残っていたが、それでも前に進むための力を感じていた。


空には、あの日の風船たちが見えないほど遠く、どこかへと旅立っていったことを思い出し、男は微笑んだ。あの時の驚きと笑い、そして心の整理を通して、彼は新たな一歩を踏み出したのだ。


これから先、彼は何度もこの日のことを思い出すだろう。そしてそのたびに、彼は心の中で故人に静かに語りかけるだろう。


「ありがとう、そしてさようなら。また会う日まで。」


そう言いながら、男はそのまま自分の新しい日常へと歩みを進めた。

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