少しだけ変わった日常の続き

 お昼休み、いつも通り隣のクラスから幼馴染で親友の雫が来た。弁当をつまみながらお話するのが高校生になってからの習慣だ。


「今日噂になってたよ、一年生と遥香先輩が一緒に登校してきたって」


「噂なんて、知らないし興味ないよ」


「一花らしいね」


「そんなことより、今日スーパーの卵が安いんだけど一人一パックなんだよね。放課後の予定は?」


「残念、部活」


「そっか」


 卵料理は手軽でレパートリーも豊富なので我が家の食卓では重宝する。できる限り買いためておいても問題のない便利な食材が卵だ。卵最高。


「と、噂をすればじゃないですか」


 雫が向いている方を見ると、遥香先輩が手を振っていた。


「やっぱ美人だねあの先輩。男子からモテるのもわかるわ」


「大変そう」


「その感想も一花らしい。ちなみに先輩女子からもモテるから刺されないようにね」


 変な捨て台詞とともに雫は去ってしまった。


「刺されることなんてするつもりないんですけど」


 親友で幼馴染の言葉だ。変なフラグが立たないよう、心の隅っこにでも留めておこう。


 そうこうしているうちに先輩の周りに野次馬が出来かけていた。重い腰を上げ、私は先輩のもとへ向かうのだった。


――――――


「屋上はやっぱり鍵かかってるね。まあ一花ちゃんは食べ終わってるみたいだしここでいっか」


 先輩とやってきた、というより手を引っ張られて連れて来られたのは屋上前の階段だった。


「要件はなんでしょうか?」


「一緒にお昼しようかと思って」


「つまり、お昼を一緒に食べたいがために、わざわざ昨日会ったばかりの後輩の教室へ訪ねてきたと?」


「うん」


「連絡先交換したじゃないですか」


「直接会いたかったの、それに一花ちゃん断ると思って」


 確かに、事前に連絡が来ていたら雫とのお昼を約束として勝手に昇華させて断っていただろう。


「先輩、知ってます?先輩ってモテるらしいですよ。男女から」


「知ってるよ、それなりに告白もされてるし」


「私、勘違いで変な恨みを買って刺されたくないんですよ」


 先輩はこの言葉を聞いて大笑いした。笑う顔も綺麗な人だ。


「親友からの忠告を受けたんです。今朝のも噂になってたらしいですよ」


「それは知ってる、というかなるってわかってた」


「じゃあなんで」


「聞きたい?」


 先輩の髪が揺れる。気づいた時には先輩の額と私の額がくっついていた。揺れる髪からは柑橘の匂いがする。合った目から離せない。とても透き通っていて吸い込まれるような感覚に陥る。


 ふいに、カサっという音がなる。それは先輩が持ってきたレジ袋だった。意識をそらすように中を覗くと、


「……先輩、それお昼ご飯ですか?」


「うん?そうだよ」


「馬鹿なんですか?」


「正気だよ」


 それは、ご飯でも、パンでもない、栄養剤だった。


「身体、壊しますよ?」


「面倒くささが買っちゃうんだよね、お金に困ってないし」


「昨日困ってたじゃないですか」


 先輩から離れて、頬に触れる。先輩は気持ちよさそうに両手で私の手を包む。


「猫みたい」


「声に出てるよ」


「出したんですよ」


「お礼に何してほしいか決まった?」


「はい、今日の放課後スーパーに付き合ってください」


「いいね、デートだ」


 まだ、私の少しだけ変わった日常は続くようだ。


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