第9話 小川美月
私とりょーすけの同棲生活の許可が佐藤家と小川家から得られた。
いや、勝ち取ったと言った方がいいかもしれない。
りょーすけが私を受け入れてくれたことが嬉しくて、本当に嬉しくて、なんだか体の奥の方からものすごい力が沸いてきちゃったのだ。あの時の私にはもう怖いものは無かったと言ってもいい。
話し合いの場でも私が圧倒。
勢い余ってキスまでしちゃって、りょーすけは傷心中だったのにそこはちょっと反省だけど……お部屋を提供するということの前借り的な意味で許して欲しい。
ただ、今住んでる部屋は一人暮らし前提で契約してたから、念の為管理会社に同棲できるか確認したけど、残念ながら不可だったのでお引越しすることになった。
その費用はりょーすけからの慰謝料で賄うことにした。まさにこの時のために取ってあったようなものだ。
りょーすけの生活費などについては全部私が払うつもりだったんだけど、おじさんとおばさんが少しだけ払ってくれることになった。一応それは将来りょーすけが払うつもりみたいだ。
そうして私たちの同棲生活が始まった。
りょーすけのメンタルが心配だったけど、環境をガラリと変えたことが功を奏したのか、本当に少しずつだけど前を向いてくれるようになったみたい。
具体的には家事を積極的にやってくれるようになった。
裕子さんとの結婚生活では家事はもっぱらりょーすけがやっていたらしく、そのおかげで家事スキルは私から見ても格段にアップしていた。
掃除と洗濯は男性であることを考慮すればほぼ完璧。細かいところまで意識が行き届いていて、こちらも見ていて気持ちがいい。お料理はまだちょっと苦手意識があるみたいだけど、簡単なものならすぐに作ってくれる。
無理しなくていいよ、とは伝えたけど、どうも体を動かしてる方が気が紛れるらしい。そういえば私も昔、全く同じこと考えてた気がする。
でも私から見てると、なんか脅迫的にもやってるようにも見えて、ずっと「申し訳ない」みたいな態度なのが気になった。
引越しの代金とかも「後で払うから」としきりに言ってて、私としてはお金なんて全く必要なかったから、「そんなものよりハグの方がいい!」とプリプリ怒りながら言ってみたら、いつでもりょーすけをハグできる権利を獲得できた。
これで合法的にりょーすけの匂いをたっぷりと堪能できるようになり、言ってみるもんだなとホクホクだ。まぁHなことまでは恋人でもないからしなかったし、一応寝床も分けるようにしていたけど。
こんな感じで、私たちの関係はどっちかっていうと私の方がイニシアチブを握ってる感じだ。まぁ小さい頃はずっとこんな感じだったし、ある意味私たちはやっと本調子に戻ったとも言える。
でもこの状況に甘えて私が尊大になり過ぎては全てが台無しになる。
だから私たちは、たくさんの話し合いを重ねた。
私たちがうまくいかなかった大きな原因の一つが、会話不足だったと思う。
そんな過去の失敗を活かして、お互いの気持ちを曝け出すよう努力した。
りょーすけのメンタル面も心配だったし、少しずつ、本当に少しずつ、時間をかけてゆっくりと。
※
お金のこと。
「正直、美月にソシャゲのことを注意されたときは息苦しさもあった」
「だけど裕子との結婚生活で、貯金しておくことの大切さを知ったよ」
「裕子にお金のことを注意するたびに美月に申し訳ない気持ちになった」
「今はお金を使う趣味もないし、貯金の大切さを知ってるから、しっかりお金には向き合える」
「私も注意するとき、貯金の大切さを交えながら説明するべきだったね」
「でも今のりょーすけはそれを知ってくれてるから、わざわざ私から言うことはもうないかな」
「私は本当にお金の使い道がないし、多少の融通は聞かせてあげられるよ」
「でも二人で暮らしてる以上、お金の問題は付いて回るから、今後もしっかり話し合っていこうね」
家事のこと。
「俺は一人暮らしに慣れてなかったから、美月の家事の細かさには驚かされたよ」
「裕子と暮らして家事をやってみても、美月はちょっと細かすぎるレベルだと思ってるのが正直なところだ」
「だから少しずつ、お互いの妥協点を見つけて、快適なレベルを擦り合わせていきたい」
「シャンプーを詰め替える度に容器を洗うのは面倒だし、詰め替えパックに直接つけるディスペンサーを見つけたからそれを試してみよう」
「私はお母さんに家事を教わってそれを実践してて、それが当たり前だと思ってた」
「りょーすけも何も言わずやってくれてたから、それで苦しんでるなんて思いもしなかった。気付けなくてごめんね」
「私もちょっとずつ手抜きをしていって、問題ないと思えるラインを探してみるよ」
「今度ボーナスが出るから、それで食器洗濯機買ってちょっとでも楽しようよ。今度家電屋さんに見に行こうね」
夜の行為のこと。
「初めてで失敗したとき、先生のことが頭にチラついてしまってから、ずっと空回りしてた」
「だからガムシャラでお前のことをたくさん傷つけたと思う、申し訳なかった」
「ちゃんと勉強してからの美月とのSEXは本当に気持ちよかった」
「美月はウェルカムだって言ってくれたけど、今の俺たちは恋人でもないし、何より自分の覚悟が足りない。自分の中で折り合いをつけられるまではそういうのは無しでもいいかな?本当にすまん」
「りょーすけが先生に嫉妬してるんだろうなってのはなんとなく気付いてた」
「でも私からそれを言っちゃうと、皮肉になりそうで、何も言えなくなっちゃってたの」
「力任せに触られるのは痛かったけど、動画を教えてもらってからのりょーすけとのSEXは私も本当に最高で、毎日が楽しみだったよ」
「私はいつでもりょーすけのことを受け入れるつもり。でも、りょーすけがそう言うなら私はずっとそれを尊重する」
裕子さんのこと。
「裕子のことは本当に好きになったことはないし、美月と先生の過去がなければ、裕子の誘惑も我慢できていた気がする」
「その後にも関係を続けたのは、不倫を楽しんでたのもゼロではないけど、復讐心とか美月を満足させたい気持ちの方が大きかったと思う」
「前にも言ったけど、裕子と一緒にいることで、美月がどれだけ素晴らしい女性だったかって気付くことができた」
「今の俺にとって、美月以上の女性はいないよ。信じてもらえないかもしれないが、これは心の底から自信を持って言える」
「……正直に言うなら、浮気に勘付いた時は、本当に辛かった。りょーすけが他の女性と抱き合ってる姿を想像するだけで頭がおかしくなりそうだった」
「でも何度も言ってるけど、それは私のせいなんだって今は折り合いはつけられてるつもり」
「それが私の罪だからずっと向き合っていく。こうして今もりょーすけと一緒にいるのが、その証拠だと思って欲しい」
「そう言ってくれて嬉しいし、信じるよ。……でも、おっぱいは裕子さんより小さくて悪うございましたね?」
先生のこと。
「先生の顔は正直好みだったけど、他は彼の教師という立場以外の魅力はなかった。ホントにその場の雰囲気と勢いだけで付き合ったの」
「信じてもらえるか分からないけど、心も体も全く通い合わなくて、先生とのSEXは全然気持ちよくなかったし、デートも全然楽しくなかった。やっぱり倫理的に問題がある関係だったから、色々とセーブされちゃってたんだ」
「りょーすけと初めてシた時に、本当に尋常じゃないくらい興奮しちゃって、SEXがこんなに気持ちいいことなんだってことを初めて知ったよ」
「でも無意識に頭の中で先生の時と比べることは止められなかった。本当にごめんなさい」
「俺たちは両想いだと思い込んでたし、だからこそ先生と付き合ったって聞いた時は本当に辛かった」
「俺のことを好きだったのに先生と付き合ったって居酒屋で聞いたことを機嫌が悪い時に思い出して、理不尽さを感じたこともあった」
「でも今時元カレの一人二人いるのは当たり前なんだし、相手が教師だったとはいえ過去の恋愛を理由に不倫なんてしてしまうのは本当に許されないことだと思う。改めてすまなかった」
「美月がそう言ってくれてるなら、俺も信じるよ。今は劣等感とかも感じてないから、割り切れてるつもりだ」
りょーすけは私の先生との話を聞いてて、手口が”グルーミング”という性犯罪に似ていると指摘した。最近テレビで知ったらしくて思い当たったらしい。
自分でも調べてみたけど、私はもう高校生という年齢だったし、間違いなく自分の考えで判断したことだと思ってたから、当事者目線ではあれが性犯罪だと言われてもピンと来なくて、「犯罪だから」って罪悪感が減るなんてこともなかった。
でもりょーすけは「それを知っていれば……」なんてまた後悔してて、それは慌てて止めたけど、彼の中では心のわだかまりを少しだけでも拭う材料になったみたいだ。
聞いてて心がジクジクとしてしまう内容もたくさんあった。でもそれはきっとお互い様だろう。
もしかしたら今更、改めて傷を負う必要なんてないのかもしれない。
それでも今の私たちにはきっと必要なことだと、二人とも無意識の内に理解していたのだと思う。だからこそ私たちはちゃんと思いを口にして、傷ついてしまっても前に進もうとした。
そんな話し合いの効果はしっかりあったみたいで、私たちの同棲生活は順調に進んだ。
今は恋人でもないという立場も、退路があるという意味で良かったのかもしれない。
喧嘩するようなことも無いし、以前みたいな遠慮した空気感も無いし、今のところは何の憂いも不安もない。
今日も仕事から帰れば、りょーすけが笑顔で出迎えてくれるから。
「ただいまー」
「おかえり。もうすぐご飯できるぞー」
「うん、いつもありがと!今日のメニューは?」
「オムライスにしてみた。あとはサラダと美月が週末に作り置きしといてくれた付け合わせ。ま、簡単なメニューだけど……」
「全然嬉しい!私オムライス大好きだし。何か手伝えることある?」
「あ、じゃあサラダの盛り付けお願いできるか?」
「了解〜」
そう言いながら部屋着に着替えた後、キッチンに入ってお皿を準備する。
あの頃とは何もかもが、真逆。
……本当に真逆で、色々と感慨深くなっちゃうな。
※
りょーすけは仕事にもしっかり向き合ってくれて、そっちも順調だった。
でもいきなりフルタイムの正社員は難しいから、リハビリ的に簡単に始められる仕事を、ということでクラウドソーシングサイトで仕事を受注することにしたらしい。
りょーすけは営業時代にプレゼン資料作りを得意としていたみたいで、そういった案件も多かったから意外と仕事はすぐに見つかったみたいだ。
最初は低単価で正直バイトよりも稼げてなかったみたいだけど、だんだんと案件を受注するうちに単価もUPして案件数もどんどんとこなしていった。
他にもクラウドソーシングで受注できそうなパソコンスキルをいろいろ身につけてるみたいで、在宅でも安定して稼げるようになっていったようだ。
仕事できるようになったのが嬉しかったのか、家で仕事をガンガンするようになってこっちが心配しちゃうくらいだったけど、最愛の娘に会うためとなったら邪魔することもできず。
そんな生活をしばらく続けてると、長期案件を取れるようになっていって、いつの間にか正社員時代の給料と遜色ないくらいに稼げるようになったとのこと。
養育費なども支払いできるようになって、これでいよいよ紬ちゃんの面会を再開することになった。
正直裕子さんの話を聞いた時は「面会なんてさせてもらえないんじゃ……」と思って心配になったけど、どうもすんなりと約束することができたらしく、杞憂だったみたいだ。
そしていよいよりょーすけの紬ちゃんとの面会当日。
「じゃあ、行ってくるよ。ちょっと遅くなるかもしれないけど、帰る時は連絡するから」
「えぇ、行ってらっしゃい。気を付けてね」
そう言ってりょーすけを見送った。
元不倫相手との子供に会いに行く元旦那のお見送り、なんて冷静に考えればすごいシチュエーションだけど、心からちゃんとお見送りできた自分にホッとした。
そして私は一人お家でお留守番。
特にやらなきゃいけないこととかは無いから掃除したり洗濯したり料理を作り置きしたり、その後はサブスクの映画を見たり本を読んだり仕事の資格の勉強をしたり。
私の休日の過ごし方はいつもだいたいこんな感じ。これが至福なんだよね。
そうやってダラダラと過ごしてると、思っていたよりも随分早い時間に、りょーすけから電話がかかってきた。
「もしもし、りょーすけ?もう終わったの?早かったね」
「ああ、いや、まだ面会中というか、紬と一緒にいるんだ」
「え、あれ?じゃあどうしたの?」
「実はちょっと事情があってな……本当に申し訳ないんだけど、美月に今から来て欲しいところがあるんだけど、大丈夫か?」
「え?私が?」
紬ちゃんと面会中のはずなのに、私に来て欲しいってどういうことなんだろう。なんか嫌な予感がするけど……どうもりょーすけの声に緊迫した色が見られたので、行かないという選択肢はなかった。
「うん、全然暇してたところだったからいいよ。どこに行けばいい?」
「ありがとう……それで来て欲しい場所なんだけど……」
「…………え?」
りょーすけが指定した場所は私が思いもよらぬもので、私は激しく動揺してしまった。
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