第9話 風変わりな依頼

 一連の騒動のやり取りが終わって、大公殿下からの細々したご質問にいくつかお答えした後。


 殿下が少し言い淀まれてから、おもむろに口を開かれた。

「ところで、もし私の記憶違いであれば聞き流してほしいのだが、確か……メンデル家の爵位は伯爵家だったと記憶しているのだが、貴女は分家のご出身なのか?」


 その質問を聞いた瞬間、ジュディスの表情がさっと曇ったのを大公は見逃さなかった。


「……いえ、メンデル家には分家はございません」

「では、やはり私の記憶違いか?……ああ、答えたくなければそう言ってくれ」

 ジュディスは両手をぎゅっと握りしめた。

「殿下のご記憶通り、メンデル家は伯爵家です……いえ、でした。六年前にあるとがにより降爵されまして、今は子爵でございます」


 大公殿下が、はっとした表情をされた。


「六年前……そうか、思い出した。やはりメンデル……あの事件は私もよく覚えている。なんというか、お父上は……巡り合わせが悪かった」

「はい、メンデル家でございます」


 六年前。それは現国王陛下の治世五年目におこった大規模な武器流出事件である。

 国内の複数の武器商人が貴族と結託して他国に武器を横流しし、利ざやを受け取っていたという、国家の基盤をも揺るがしかねない非常に悪質な事件だった。

 ジュディスの父、メンデル伯爵はたまたま武器庫の出納を管理する役職に就いていたために、責任を問われたのである。

 しかも運の悪いことに武器商人が金を渡していたという貴族のリストの中にメンデル伯爵の名前があったことが明るみに出て、いつの間にかこの事件の首謀者はメンデル伯爵であるという世論が出来上がってしまった。


「そうか、貴女はメンデル伯爵の娘御であったか」

「父は嵌められたのです。皆、自分が助かりたいがために口裏を合わせて父に罪をなすりつけたのだと……もちろん父は無実を訴えましたが、多勢に無勢でその声はもみ消されてしまったと申しておりました」


 結局、数人の武器商人は免許剥奪のうえ罰金と国外追放、貴族は責の重さに応じて罰金、謹慎、領地没収など何らかの罰が与えられた。メンデル家への処罰はその中でも最も重く、伯爵から子爵への降爵と、領地没収だった。


「あれは、誰かを生贄の子羊スケープゴートにして事件の収拾を図る必要があったとは言え、あまりにも不条理な処罰であったと私は思っている」

「ですが、どうすることもできませんでした」

「昔、お父上と何度か融資の話をさせてもらったが、非常に実直で清廉潔白な人物という印象であった……私の昔の稼業は知っているだろう?」

「え、はい、あの」

 ジュディスは口にするのを躊躇ったが、大公はニヤリと笑ってごくごく自然に答えられた。


「遠慮しなくていい。高利貸しだよ。それもかなり悪名高い」


 その笑いは一瞬であったが、ジュディスのような若い令嬢ならば気を失ってしまうほどの恐怖に満ちたものだった。ジュディスはやはりこの方は只者ではないと改めて思った。


「だいたい私のところに金を借りにくる御前ごぜんの目的は、賭博か色恋……止めよう、若い令嬢に聞かせて良い話ではないな。まあそんな中で、お父上は一切そういうことのための融資の話を持ち出されなかった。領地の新しい事業だとか、不作で税が納められない領民の救済だとか、真っ当な目的ばかりであった。だからお父上があのような事件に関与していたとは信じ難いのだ」

「わたくしも父の無実を信じております」

「お父上はどうしておられる。息災か?」


 一瞬、唇を噛んでからジュディスは顔を上げた。


「父は……二年前から、心労が祟って伏せっております。幸い王都の屋敷だけは没収を免れましたので、そこで」

「なんと……それで貴女が宮廷勤めをされているのか? 家族を養うために?」

「左様でございます」

「兄弟はいるのか?」

「年の離れた弟が二人おりますが、まだ学生ですので……」

「なるほど」


 大公殿下はジュディスの若干くたびれたドレスや裾から覗く色褪せた室内履きをご覧になって何か察したようであったが、つと立ち上がると書き物机に移動され、便箋を取り出された。


「まだ帰らないでくれ、メンデル嬢。そのまま少し待っていてくれ」

 そうジュディスに声をかけるとさらさらと便箋にペンを走らせ、手紙の形に折りたたみ、ランプの火で封蝋を溶かして大公家の紋章で手早く封をされる。

 その一連の所作があまりにもスマートで美しく、思わずジュディスは見惚れてしまうほどだった。

 そして立ち上がり、私室の扉を開けると廊下の侍従に何事か声をかけられ、それからジュディスの前に再び座られた。

「これで良し、と。メンデル嬢、呼び出されついでに、一つ頼まれてくれないだろうか」

「わたくしが殿下のご用を、ですか? もちろん異存ございませんが、どのようなご用を?」

 唐突な話にジュディスは首をひねった。


「難しい話ではないよ。王都の西通りの外れに私の私邸がある。そこに入り浸っているコンスタンティンという男にこの手紙を渡して、返事をもらって来てくれ。ただし、必ず貴女が直接出向くこと。いいね?」

「は、はい、わたくしで良ければ」

「馬車を用意するから、今から行ってきなさい。護衛を一人つけよう。バーデット」

「御意」


 いつの間に部屋に入って来ていたのか、一人の青年が控えていた。


「バーデット様!?」


 その名を聞いてジュディスは仰天した。まさか、あの時のバーデット様?

「ああ、そういえば二人は知り合いであったな」

「知り合いと申しますか、先日大変お世話になりましてございます」


 ジュディスはいささか困ってしまった。まだあの時のお礼もできていないのに、この方と一緒に市中に出るなど。それに妃殿下が戻りを待っておられるのでは……

 だがそんなジュディスの逡巡を見透かしたように、大公殿下は急かすように仰られた。


「メンデル嬢、用件は理解したね? リリア……大公妃には私から話を通しておく。あと靴はそれで構わない。行きなさい」

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