番外編4 終わりはハッピーエンドで

『水町さんの声をもう一度聞きたい』

大学院時代、そんなことを行動原理に僕はガムシャラに研究に打ち込んだ。

いや、最初に『水町さんの声を戻す』って決意した時は神成に一泡吹かせることが目的だったんだけどそう決意した日の時点で仲直りしてたから目的が少し変わってしまったのだ。


それでも、水町さんの声がもう一度聞きたいとは前から思っていたし……何より水町さんの声というか、歌をまた聞きたい。

水町さんと仲良くなるキッカケだった訳だから。

───で、結果的には声を戻す方法に加えて足を治す方法まで見つけることが出来た。

……長年の努力が実を結んだ瞬間だ。

でも、数年声を出せなかった以上いきなり『ハキハキ喋れます!』なんて事は無くて、今は声のリハビリ期間になっている。


そうして明日、僕は水町さんと一緒に足のリハビリ&声のリハビリがてらに一緒に出かけることになった。

ちなみにマスターからの提案だ。



「あードキドキする……」


水町さんと二人きりで出かけるのはいつぶりだろうか?

えーと今が、大学院研究科の博士課程の2年……つまり、今は21歳、もう21なのか……拳で語る年齢だ。いや、来月の8月14日にはもう22歳なんだけど。歳とるの早いなぁ、怖いなぁ。

……うん、というかよく考えたら2人で出かけるのはこれが初めてだ。

基本的に加納さんも付き添いで来るし。


ということで予定の時間よりも少し早く喫茶店の前に着いてしまったわけだが。

早すぎたかな……とりあえず店は開いてるから入ろうかな。


「こんにちわー」


「あぁ、涼君!いらっしゃい」


入るといつも通りにマスターが出迎えてくれた。店の中には常連の人達が何人かいる。


「水町さんって……今、準備中ですかね?」

「あぁ、でも少ししたら出てくるんじゃないかな?詩音も今日を楽しみにしていたからなぁ……」


うん、嬉しさが爆発しそうだ。楽しみにしていたのは僕だけじゃ無かった。


(コツ……コツ)

少しするとそんな足音と共に水町さんが目の前に姿を現した。


「水町さん、こんにちわ」

「こん……ちわ」


その返事はまだ流暢なものでは無いが大分声が回復した様子が伺える。

あと水町さんが可愛い。


「その……水町さんのその服、凄い似合ってるね」

「ありがと」


今までに見たことの無い服だけど……多分おNEWの服だと思う。白いフリルの着いた半袖の服にシンプルなジーンズが水町さんによく似合っている。


「……それじゃあ、行こっか」

「うん」


そうして車で向かうのは最近はデートスポットとして有名な水族館であった。

チケットは事前にマスターから渡されていたのでそれを使って中へと入る。


そうして中へ入ると早速水槽に入った魚が僕たちを出迎えてくれる。

「水族館来るの久しぶりだなぁ……」

「私も、だよ」


水族館の水槽の水って光に照らされていて綺麗なんだよな……多分この光がいい感じの雰囲気を出してくれてるのがデートスポットになりやすい理由の1つなきがする。

そんな事で色んな魚のいるアクアリウムを通って行くと……


「エイでっかいなぁ……」

「エイ、かわいいね」

「あ、見て!ジンベエザメ」

「おっきい、ね」


やっぱり巨大な魚は未だに少年心がくすぐられるなぁ……。


「あ、あれ」


そう言って魚の群れを水町さんが指さす。


「うわぁ……すごいなぁ、魚の群れが」

「スイミー……みたい、だね」

「スイミーかぁ、確かに」


あぁ、スイミー懐かしい……あの文化祭を思い出すなぁ。多分押し入れに入ってると思うけど、でもアレはもうスイミーとは言えないんだよな……魚なのかも怪しい。




次にアクアリウムを抜けた先にあったのはクラゲが大量の水槽だ。


「クラゲぇ……」

「きれい……」


綺麗、まぁ綺麗なんだけどクラゲかぁ……

一応水町さんを刺したのはクラゲの1種だから憎いんだよな。少なくとも水族館にあの『魔女クラゲ』はいないけど。


「きれい、だね」

「うん」


……正直クラゲよりも水町さんの方が綺麗だ。



それから色々な水槽を巡ったり、魚とのふれあいコーナーに行ったりしたが、水族館のメインと言えばアレだろう。

そう、『イルカショー』だ。

……でも、席結構埋まってるな。どこに座ろうか。前の方だと水が跳ねて来やすい。

まぁ、水が跳ねてくるところも含めてイルカショーの醍醐味な気がするけど。


「ここ……すわろ」

「あぁ、うん」


結局水町さんに促された場所に座るが……そこは『水跳ね注意』とある場所だ。

あ、イルカショー始まった。イルカ可愛いー。キュイキュイ鳴いてらぁ。


「すごい……」

「凄いね……うん、めちゃくちゃ跳ねる」

「ね」


イルカが跳ねる度に水が飛んでくる。

いや、イルカって凄いなぁ……ショーの人も凄い。イルカを自在に操ってる。



だが、そんなイルカショーも終わりを迎え……館内のカフェで食事を済ませたのだが、次はどこに行くべきか。


「ねぇ水町さん、行きたい場所ある?」

「お土産コーナー……」

「うん、じゃあお土産見に行こうか」


もう時間的にはいい感じだし、お土産を買ったら帰る頃合いか。


「わ、かわい」


oh......ピンク色したクラゲの人形。水町さんクラゲ気に入ったのかな?


「クラゲの人形買う?」

「買おうかな」

「じゃあ僕は―――」

「これ……」


水町さんが青いクラゲの人形を僕に差し出してきた。


「……うん、じゃあ僕もクラゲの人形買おうかな」

「うん」


そうして僕と水町さんはお揃いの人形を買うことにした。他にもマスター用のメンダコクッキーや僕の両親用のフグみたいなやつのお饅頭、大樹には……魚模様のあるプロテインシェイカーを選んだ。一応京子さんにも。

でもなんで水族館にプロテインシェイカーがあるんだ?

加納さんにはサカバンバスピスの人形と、施設の子供達用のお菓子セットをいくつか。

優太は……いつしかEGGsでペンギンの女装コスプレ写真を上げてたからペンギンの人形を選ぶことにした。


「……結構な値段になったね」

「ね」



そうしてお土産を車に積んで僕らは帰路についた。

今日は楽しかったなぁ。

なんてこと考えいる内にもう喫茶店の前に到着してしまったので僕は1度車から降りてマスターにお土産のお菓子を渡す。

そうして少し雑談を交わしてから今日はもう帰る為に車に戻ろうとした時―――水町さんが服を掴んで呼び止めてきた。


「今日は……ありがと」

「ううん、こちらこそ」

「ねぇ、立花……君」

「うん」

「あの……これから涼君って、呼んでもいい……かな?」


!?……!?


「もちろん!」

「あと……詩音って呼んで、欲しいな」

「……え、」

「だめ?」


ダメなわけないじゃん!そんな見つめて頼まれたら断れない……でもいきなりだな。

水族館にいたカップルの空気に長時間当てられたせいだろうか?


「し、詩音……さん」

「うん、涼くん」


ヤバいくらいに照れるこれ。


「その、じゃあ詩音さんじゃあね」

「またね」

「うん、またね」


……こりゃ、ヤバい。当分にやけ止まらないかも。また父さんにからかわれるんだろうなぁ。



―――そんな出来事から更に時間が経って僕は大学院を卒業した。

残した結果が結果なためお世話になった准教授じゅんきょうじゅの人から一緒に研究を続ける誘いとかも受けたけど……申し訳ないけど断った。

……まぁ、選択肢としてはアリよりのアリだったけど。でも他にやりたいことあったからなぁ。

詩音さんとも、ここ2年で更に仲良くなった。いや、もう僕は24か……24かぁ。

大学院も卒業したからそろそろ水町さんに告白したいな……

そういえば来週って夏祭りがあったっけ。

誘ったら詩音さんと一緒に行けるだろうか?

もし、行けたら……




そうして今、あの日のように花火が上がった。隣にはまた詩音さんがいる。

でも、今回は少し違って二人きり。

だから僕は再び、いや今度は少し違う言葉を詩音さんに口にした。


「僕は詩音さんの事が好きです。

結婚して下さい」

「―――はいっ!」













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人魚姫症候群(にんぎょひめシンドローム)〜夢を諦めた僕と失った君 ゆずリンゴ @katuhimemisawa

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