39話 僕は失いたくない(文化祭3日目)

『―――だよ』




―――っ!間に合った⋯⋯のか?

走った先には予想通り水町さんと神成がいた。

道中では人も多く2人の声を聞くことは出来なかったが、この距離でならきっと聞こえるだろう。


「あぁ、涼来たんだね⋯⋯まぁ予想通りかな」


そして近くまで寄ったところで僕の足音に気づいた神成がこちらを振り向いてそんなことを言うが⋯⋯予想通り?


「まぁ⋯⋯ちょっとばかし用事が出来たもんでね!」


というか―――ん?水町さんが俯いて⋯⋯涙を流してる!?


「おい、神成!なんで水町さんが泣いて⋯⋯」

「おいおい、涼⋯⋯分かりきったことを聞くなよ」


悔しいが神成の言う通りで涙の理由は考えるまでもない⋯⋯水町さんは振られたんだ。

⋯⋯でも本当にそれだけなのか?ただ振られただけなのか?


「涼、そんなところで突っ立てないで慰めてあげなよ?詩音さんが可哀想じゃないか」

「その原因のお前が言うのかよ」

「あぁ、でもこれは君の為であり⋯⋯俺のためなんだ」

「は?」


そんな意味不明なことを言ったかと思えば、今度は僕だけに聞こえるような小声で言葉を口にした。


「お前が弱った詩音につけ込む隙をつくってやったんだよ」


何言ってんだ⋯⋯?こいつ。


「こいつが邪魔だから涼、お前の恋に協力してやってるんだよ⋯⋯感謝しろよ?」

「⋯⋯はぁ!?何がだよ!お前の協力なんか要らない!」

「おいおい涼⋯⋯そんなに怒らなくてもいいじゃないか⋯⋯そうだよね詩音さん」


こいつ⋯⋯コロコロと性格変えやがって!

小声で言ってた内容を水町さんも聞いてたら、きっとこんな奴のことなんか嫌いになるのに⋯⋯でもそしたらきっと水町さんが傷つくから言えない⋯⋯


『神成君は悪くないの私がいけないの』


涙を流した水町さんがそんな内容をスマホの音声で言う。

それは機械音声ということもあり、ザワザワとした人の声の中では目立って聞こえる。


⋯⋯おかしくないか?少なくとも僕が走り出したのと水町さんたちが居なくなった時間は加納さんのお陰でそこまで空いていない。

そして神成は水町さんの車椅子を押していたのだからその分ここに着くのも遅かったはずだ。

だが⋯⋯僕がここに着くまでの間に機械音声は少なくとも何も聞こえなかった。

いや、もしかしたら予想よりも2人が早く来ていただけかもしれない。

もしかしたら僕が聴き逃しただけかもしれない。

―――けど、もし⋯⋯これが事実だとしたら、神成は勇気を出した水町さんにやっては行けないことをやってしまったことになる。


「なぁ、神成⋯⋯お前もしかして―――」



「あわわわ⋯⋯どうしよう僕これから

あの加納さんに告白をするんだ!」


優太は着替えを済ませると、これから自分が告白するということを考え頭を抱えていた。

その心は期待半分、そして不安半分だ。


「でも逃げちゃダメだよね⋯⋯こんなチャンスを自分から逃がすなんて⋯⋯うん!僕は今まで頑張ってきたしきっとできる!」


そんな風に自分を鼓舞すると優太は2人が待っているであろう場所へと足を進めた。




「安藤君、おかえりなさい」


そうして戻った先には先程まで居たはず友人の姿はなく、想い人のみがその場に残っている。


「あれ⋯⋯加納さん、優太がどこに行ったか知ってる?」

「それなら用事があるからと少し前にこの場を離れましたよ」


そんな言葉に優太はひょっとして今が告白のチャンスなのでは?と脳裏に浮かばせると勢いのままに言葉を口にすることにした。


「あの加納さん!その⋯⋯話がしたいんだけどちょっといいかな?」

「⋯⋯はい、大丈夫ですよ」


優太の言葉に少し考えた素振りを見せると恵そんな返答をした。これは優太も思わず心の中でガッツポーズだ。


「それじゃあ⋯⋯えっと付いてきてください!」


そう口にすると恵の手の裾を掴み⋯⋯歩きよりの走りでその場から移動する。

―――が、特にこれといって告白する場所について考えていなかった優太は人が少なそうな場所を探すことにした。

そんな道中ではやはり男女が告白してる場面にも何度か出くわすことになり、少し顔を赤くしながら歩いていると―――


『―――君は悪くないの私がいけないの』


そんな機械音声特有の女性のように高く、それでいて感情のこもっていない淡々と読み上げられていく声が2人の耳に届いた。


「あれ、今聞こえたのって」

「詩音の使っている機械音声ですね⋯⋯」


優太の言葉に恵も頷いてそう答える。

それと同時に聞こえた内容に不穏な何かを感じた優太は音の聞こえた方向に足を進めた。無論、恵と共に。

そしてそこで涼らしい声からとある言葉が発される瞬間に立ち会う。


「なぁ、神成お前⋯⋯もしかして水町さんに告白されていないんじゃないか?」



「⋯⋯何を言ってるんだい?」

「ようは神成、お前は水町さんがんじゃないのかってことだ」


これはまだ仮定にすぎないが⋯⋯どうだ?


「どうかなぁ⋯⋯じゃあ詩音さんに聞いてみようか?」


こいつ⋯⋯どこまで人のことを馬鹿にするんだ!!水町さんをどれだけ傷つけようと―――


「うーん⋯⋯ダメそうだね。仕方ないから僕が話そうか」


水町さんが口を動かさない様子に呆れたような表情をすると神成は語り始めた。


「確かに涼⋯⋯お前が言ってることは半分あってる。実際にここに来て詩音さんが何かを言う前に言葉を口にした。

―――でも、振った訳ではない」


訳が分からない⋯⋯振ったわけじゃないってどういうことだ?


「ただ一言、『声も出せない君に興味は無い』って言っただけだ」


───言っただけ?


「このクズが!!」


「クズ?どうして?僕はただでさえ元から詩音さんに興味なんて無かった。それなのに声も⋯⋯それに足も失ってるような人に興味なんて持たないに決まってるだろ?」

「だからって⋯⋯言っていいことがあるだろ!?水町さんは誰よりも声を⋯⋯」


「はぁ⋯⋯だから興味無いって言ってるだろ?」

「お前っ!!!」


―――そうして僕が神成に向かって拳を振り上げ用とした時。


「最低⋯⋯神成がそんな人間だったなんて⋯⋯」

「⋯⋯姉さん―――」

(パチンッ!!)


―――突如、加納さんが姿を現したかと思えば神成の頬をひっぱたいた。

⋯⋯どうしてここに加納さんが?


「ごめんなさい⋯⋯立花君、詩音も。

ねぇ神成⋯⋯さっきの本当なの?」

「ね、姉さん⋯⋯これは」

「私ずっと神成のこと弟みたいに思ってたけど、こんな人だって知らなかった⋯⋯」


そう口にすると加納さんは涙を流しながらどこかへと走り去って行く。


「あっ!待ってよ加納さん―――」

「え、優太もなんでここに!?」


いつの間にか優太も居たのか⋯⋯


「ごめんちょっと前から見てた!後で説明するから今は加納さんを追いかける!」

「え!ちょっと待っ―――」

「涼は水町さんのことお願い!」


いきなり現れたかと思えば2人の姿はすぐさま見えなくなり⋯⋯いや、今は別の問題がある。


「水町さん、大丈夫?」


⋯⋯いや、大丈夫なはずないよな。


「姉さん⋯⋯姉さん⋯⋯どうして姉さんが涙を流すんだよ⋯⋯」


うーん⋯⋯こっち神成はこっちで意気消沈してるし。


『ごめんね心配かけちゃって』


すると水町さんが顔を上げ真っ赤に腫らした目元があらわとなった。


「⋯⋯いや、水町さんが謝ることなんかじゃないよ。実際⋯⋯神成が悪いわけだし」

『ううん、神成君は間違って無いよだって声を出せない私には何も無いんだから』


―――『そんな事ない。少なくとも僕は今でも水町さんが好きだ。何も無いなんて言わないで欲しい。』⋯⋯なんて事を今いえば水町さんの心は僕の方に動くのだろうか?

元々⋯⋯想いをもう一度伝えるためにここまで来たけど⋯⋯今伝えるとそれこそ神成の思惑通りみたいになるのも嫌なんだよな。

でも言えることは言おう。


「そんなことない。水町さんに何も無いなんてことは無い。まぁ神成には分かんないみたいだけどさ⋯⋯少なくとも僕は水町さんのいい所はたくさん知ってる」


そう⋯⋯一緒にいた期間はそれこそ、一年にも満たないような物だけど沢山の想い出がそれを証明している。


「まず好きな人の為に変わろうと努力する事だって凄いし、もちろんその気持ちを伝えようとした事もそうだ。それに水町さん元から可愛かったけど今は可愛くなったし!

⋯⋯何よりも足を失って、声も失ったのにこうしてここにいる水町さんは本当に凄いと思うんだ。だから何も無いなんて言わないでほしい」

『うん』


そう短く返信をする水町さんからはまた涙が流れている。


『やっぱり立花君は優しいね』


続けていつも何度も言われたその言葉も。

⋯⋯今度は涙は流しているものの笑顔になっている。

その顔を見ていると自分が水町さんのことが好きだって事を再確認させられる。


「⋯⋯姉さん、姉さん」


こいつはまーだ⋯⋯


「神成、お前もいい加減姉離れしろよ⋯⋯」

「うるさい!お前に何がわかるんだ!俺には姉さんしか居ない⋯⋯お前と違って俺には姉だけが光なんだ!」

「それじゃあさっきの言葉返すけど⋯⋯お前がどう考えようと僕は興味無いね!」

「⋯⋯」


そう言うと膝から崩れ落ちた⋯⋯言いすぎたか?いや、そうでもないか。


「まぁ⋯⋯とりあえず加納さんのこと思うならもっと他の人みろ!姉さん姉さんって加納さんの事しか見てないからお前他のこと何も見えてないんだよ!⋯⋯あと、加納さんに謝れ。加納さんは真面目だから多分お前がこんな奴になったこと責任感じてるから」

「でも姉さんは俺の事なんてもう⋯⋯」

「⋯⋯まぁ、このままでいいならずっとそうしとけばいい」


なんか⋯⋯蓋を開けてみたらこいつめちゃくちゃ面倒くさいやつだな。


「それじゃ水町さん、行こ」


神成はもう放置する事にした。


『うん』


(“ヒューーー”)

(“バンッッッッ”)


あ⋯⋯花火が上がって―――そういえば忘れてたけど今は後夜祭の最中か。

⋯⋯多分最初にいた場所は他の生徒達で埋まってるんだろうな⋯⋯

それこそ出来たてのカップルがダンスでも踊っているのだろうか?

カップルと言えば⋯⋯優太はどうなったんだろう。加納さんも心配だし。

でもまぁ、きっと大丈夫だよな⋯⋯今きっと、加納さんの隣には優太がいるだろうし。


『花火綺麗だね』

「うん」


あーあ、好きだなぁ⋯⋯でも伝えられないのがもどかしい。

これも神成のせいか⋯⋯なんか一泡吹かせたいな⋯⋯うん、そうだ。じゃあこうしよう。


「水町さん」

『なーに』

「今日さ神成は声が無いのを興味が無い理由の一つにしてたよね」

『うん』

「だったら⋯⋯声がまた戻ったら一泡吹かせられるんじゃないかなって」


そんな事を言うけど水町さんは首を傾げている。


「だから⋯⋯その、僕が水町さんがまた声を出せるように頑張ってみる。どうしたらいいか分からないけど⋯⋯それこそ必要なら医学だって学ぶしできる事は全部やってでも」

『ダメだよ立花君は立花君の為に生きないと』

「ううん、これが僕のやりたい事なんだ。

神成に一泡吹かせるだけじゃなくて⋯⋯

また水町さんの歌を僕が聞きたいっていうのもあるし⋯⋯何よりもう諦めたくないから」

『立花君は優しいじゃなくて凄い優しいだね』


―――そうして、すっかり暗くなった空に咲く花火と共に僕らの長い文化祭はついに終わりを迎えることになった。

案の定最初にいた場所は人でいっぱいだしカップルっぽい人も増えてた。

⋯⋯花火を見て何か感想を言うのは柄じゃないけど、夏祭りの時とは違って今回は言える。

また、水町さんと一緒に花火を見たいって―――




















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