36話 僕は見てしまう(文化祭2日目)
(パァーン、パァーン)
早朝、それは文化祭2日目を告げる花火のような音が鳴り響く。
今日は土曜日ということで今日と明日の一般公開される文化祭では近隣の小中高生はもちろん、保護者なんかが訪れることになるだろう。
それはもちろん、僕の両親も同じことで朝学校を出る直前、父さんは「涼のかっこいい姿たくさん撮ってやるからな!」と意気込んでいた。
そんな文化祭を体育祭かなにかと勘違いしている父さんと化粧をしている母さんの姿を確認し、家を後にした。
◇
「皆、文化祭2日目は近隣の人もたくさんくる。気を引き締めて頑張るんだぞ!」
コスプレ喫茶の準備を始めていると影野先生が掠れた声でそんなことを言って生徒たちに気を引き締めようとする。
そういえば昨日の喫茶では、影野先生の姿が見えなかったがどうしてだろうか⋯⋯
一応、各クラスの担任は演し物の責任者として午前と午後関係無く教室にいるはずなのだが。
―――と、そんな事を考えていたら文化祭に訪れた一般の人達が既に校舎の前に集まり始めたのか騒がしい気配が漂い始めた。
あと少しすれば文化祭が始まり一般の人がなだれ込んで来るということで、午後の部担当の僕含む後半担当勢はそれぞれ行きたい場所へと移動することとなった。
「最初はどこ行こうか」
「人も多いですし、人気のありそうな所は早めに行った方が良さそうですね⋯⋯」
『じゃあ2年2組のバンド行かない?』
「いいね、僕も行きたい!」
バンドか⋯⋯水町さん達は昨日1度行っていた事と人気の有り様を考えるとかなりレベルが高いのだろう。
「それじゃあ混む前に早めに行こうか」
ということで最初はバンドをやっているクラスに行くことになった。
『えー⋯⋯まず、今日は並杉高校文化祭にご来場下さった皆様、ありがとうございます。そして今ここにいる人は、一番最初にこのクラスに訪れたということなので、それを後悔させないよう、歌わせて貰います。
それでは聞いてください―――群青』
何とかチケットが無くなる前に間に合い、教室の中に入ると長髪の綺麗な女の人による挨拶から始まり最初に歌う曲名が告げられた。
『〜〜♪』
女の人に合わせ、周りの人が各種楽器を鳴らす。
会場が教室という狭い空間ということもあり、演奏が肌に直接ジリジリと響いてくる。
「凄い⋯⋯」
歌からくる迫力によって、そんな声がついポロリと零れてしまった。
もちろん僕のそんな声は演奏によってかき消され誰の耳にも届かなかっただろうが。
こうして演奏を聞いていると
その表情は真剣に演奏に耳を傾けている、というだけではなく一種の憧れのような感情が混ざっている様に感じさせる。
「?」
⋯⋯そんなことを考えてジッと見つめていたら目視線が合ってしまった。
その事で少し恥ずかしくなり、再び演奏に意識を集中させることにした―――
「いやぁ⋯⋯凄かったなぁ」
2年2組の教室から出るとそんな語彙力の無い感想を口にする。
演奏は長く、1時間程もあったがそれを感じさせない様なものだった。
文化祭で歌われる曲、ということもありそのほとんどは僕でも分かるような有名所の曲が多く、それも純粋に聴き入ることの出来た理由だろう。
だが、それ以上に歌い手の歌唱力が高かった。
一応、この高校には軽音部もあるからそこに所属しているのだろうか。
もし、そうだとすれば3日目でも軽音部の発表であの人による歌がより広い場所で聞けたりもするのかもしれない。
『凄ったよね
海市⋯⋯かの歌っていた人の名前だろう。
「あ、詩音は軽音部に入ってたので先程ボーカルを担当した人とも知り合いなんですよ」
水町さんの言葉に説明を付け加えるように加納さんがそう言った。
そうか、水町さんは軽音部に所属していたのか
でも、今の水町さんは⋯⋯
「や、やめてください⋯⋯」
僕が少し気分を落としているとそんな声が廊下から響いた。
声が聞こえた方向に視線を向けるとそこには、身長170ちょいの頭を丸めた男2人が1人の女の子を囲むように立っていた。
「ちょっとぐらいいいじゃねぇかよぉ⋯⋯」
「そうだよ、一緒に店まわろうってだけだって」
2人の男はそんなことを口にし、女の子の腕に掴みかった。
「私彼氏いるので貴方達なんかに興味あ(ません!」
「うるせぇ!行こう!」
そう言うと女の子の言葉を無視して無理やり腕を引いて何処かに行こうとする。
「おい、女の子が困ってるだろ!」
「あん?誰だぁオメェ俺らは男に興味ねぇんだよ」
「そうだよ、こちとら男子校通いだから女に飢えてんだ!」
その男達の行動につい反射的に体が動いた僕は、女の子を掴む手を振り払うとそう言葉を口にしてしう。
「こちとら腐っても
「おう、そうだよ」
「本当に分かってるならこんなことしないだろ!」
「お?ブチッときたぞ?」
僕の反論に怒りを覚えた男達が僕を囲む様にし、殴りかかろうとしてくる。
「あ、涼!」
(ブォンッ)
そんな言葉を優太が口にした時―――殴りかかってきた男の1人が加納さんによって背負い投げをされて吹き飛んだ。
「な、なんだこの女⋯⋯強い!
くっ、今日のところは引き下がってやらぁ⋯⋯覚えてろよォ!」
そんな捨て台詞を吐くと投げ飛ばされた方の男を担ぐようにしてその場から逃走していった。
「加納さん、助けてくれてありがとう」
「加納さんかっこいいよぉ」
『メグちゃんかっこよかった』
「ふふ、ありがとうございます。
⋯⋯ところで貴方は大丈夫でしたか?」
加納さんは先程まで男達にナンパされていた女の子にそんな言葉をかける。
やっぱ加納さんかっこいい!最強!
「は、はい⋯⋯ありがとうございます―――って涼先輩じゃないですか!」
ま、まさかこの子は!先程は男達に囲まれていて顔が良く見えなかったから気づかなかったが
「え、この子涼の知り合いなの?」
「あぁ、中学時代の後輩なんだ。波乃さんも文化祭に来てたんだね」
「はい、今EGGsで少し話題になってて気になったので来たんです!」
そう言うと波乃さんはとある画像を見せてきた。
「見てください、この巨大な魚」
あ、この写真に写ってるの僕だわ⋯⋯
「え、それって⋯⋯りょ―――」
「ねぇ良かっから波乃さん、一緒に文化祭まわらない?」
「え、いいんですか!?」
「可愛い子が1人では先程のような事もあるので私は賛成です」
『私も賛成』
「もごもご!」
そうしていらん事を言おうとした優太の口を塞ぎ、その場を誤魔化すように一緒に文化祭をまわる提案をした僕は5人で行動することとなった。
◇
「ふぐぅ⋯⋯いい映画でしたねぇ」
「うん⋯⋯僕も泣いちゃったよぉ」
「本当ですね、クラスの演し物とは思えないよなクオリティでした」
『( つω;`)』
僕たちは、あれから3年6組による映画の演し物に行った。
このクラスはなんと、体育館を丸ごと使い、映画の上映をしたのだ。
内容は6組全員出演の青春ドラマ物で出会いあり別れありの最後は全員涙すること間違い無しのものだった。
かく言う僕も最後の展開には涙腺にうるっときてしまった。
まさかのボブがトラックを止めるシーンは涙無しでは語れない。
それにしても、最初に行く所として映画をすぐ提案した辺り、波乃さんは意外にも映画好きなのかもしれない。
そういえば藍人と出会ったのも映画館だったもんな⋯⋯
「あ、そういえば涼先輩は例の魚について知りませんか?」
「あぁ⋯⋯あれは多分もう居ないよ」
そう、本当にいないのだ。
昨日廊下に置いていたせいで踏まれたり蹴られたりでボロボロになった物を影野先生が処理すると言い持っていたのだから。
「それは残念です⋯⋯じゃあ代わりに涼先輩の演し物の所連れてって下さい」
―――その後、コスプレ喫茶と吉田先輩ところに行く事になったのだが⋯⋯軽いトレーニングを勧められたのに
「私もハードなトレーニングしたいです」
と言った波乃さんは疲労でダウンすることとなり午後の部はせずに帰ることとなった。
多分あの様子では筋肉痛で明日1日動けないだろうな⋯⋯
そして肝心の午後の部だが、とあるアクシデントというか個人的事件が起こったもののの無事に2日目を終えることができた。
長いようで短かった文化祭も明日が最終日で少し寂しい気もするが大きな問題が怒らずに済んで良かった。
3日目だが、僕達部活動に入ってない組(涼、優太、詩音、恵、神成)でとりあえず行動することになっている。
大樹にも肉体改造部の発表が終わった後に合流しないか、と話したけど吉田先輩と2人でまわるって言ってたな⋯⋯多分最後の花火も一緒に見るのだろう。
そんな風に教室の片付けをし終えた僕は今日1日のことを振り返っていた。
「―――あれ⋯⋯これって」
帰る支度を終え、先に昇降口の方で待ってる優太と合流するべく廊下を歩いているときだった。
前方に何かが落ちているのを見つける。
「海虫のキーホルダー?それも死にかけの⋯⋯これ夏祭りの時に水町さんあげたやつじゃないか」
カバンに付けていた物を落としてしまったのだろうか⋯⋯うん、落としただけなはず。
一応別の人の物の可能性もあるが水町さんに会ったら無くしてないか聞いてみよう。
『―――ますか?』
キーホルを片手に再び歩を進めていると機械音声が僕の耳に入った。
もしかして⋯⋯そう考え声のした方向を見ると1つの開いた窓から水町さんの後ろ姿と神成の姿を見つけた。
「大丈夫だよ詩音さん。それじゃ、明日の後片付けが終わったくらい⋯⋯ちょうど今と同じくらいの時間でいいかな?」
『うん、それじゃあ明日の後夜祭が始まったらここで』
その内容は1つのワード
―――だって、もしそうじゃなかったらきっとその声は⋯⋯
そんな事を呆然としながら考えていると神成と僕の視線が合ってしまい思わずその場から離れてしまう。
『水町さんが告白する』そんな可能性を僕は気づけなかった⋯⋯いや、目を背けていた。
水町さんは神成のことを好きなのだがらいつしか告白することなんて当たり前のことなのだから。
何にせよ最悪としか言えない。
それは僕の気持ち的な意味としてもだし状況的意味でもある。
まず、水町さんが告白したとして神成は間違いなくそれを断るだろう。
そしてもし、その理由が『加納さんが好きだから』というものだったら2人の親友という関係は崩れる事になるかもしれない。
実際に神成がどうするのかなんてことは分からないし自分に何か出来る訳でもないことがただ、もどかしい。
「立花君大丈夫ですか?」
「加納さん⋯⋯」
廊下で顔色を悪くして立っていたであろう僕を、丁度帰りに支度を終えて廊下に出てきた加納さんが心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫だよ⋯⋯なんかいつも心配かけちゃってごめんね」
思い返すと加納さんはよく助けられてしまう。今日のナンパ男達の時もそうだが将来について聞いた時も、それに水町さんに話しかけられずにいた時も心配してくれていたらしい。
「謝らなくても大丈夫です。友達なんですから。⋯⋯むしろもっと頼って欲しいです」
「うん、ありがとう。相変わらず加納さんは優しいね。それとこれ⋯⋯良かったら代わりに水町さんに渡しておいてくれないかな」
「これは⋯⋯はい、分かりました」
「それじゃあまた明日、またね加納さん」
「はい、また明日」
僕はそう言って水町さんから逃げると優太の元へと向かった。
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