33話 僕は話したい
遂にやってきたぞ月曜日。
いつもより少し早く家を出ると足早に、学校へと向かう。
理由は簡単で水町さんよりも必ず先に学校に着いて「おはよう」なんて挨拶をする為だ。
⋯⋯だが無意識にではなく意識して挨拶するって考えると恥ずかしい気もしなくもない。
それでも1度覚悟を決めた以上、信念を曲げる様なマネはもうしたくないということで少し早くに学校に到着した。
教室の前まで来ると閉まった扉から人影が見えるがその人数は少ない。
(ガラガラ)
そうして僕が扉を開けると―――
「おはようございます立花くん、今日は早いですね」
毎度僕よりも早く学校に着いている加納さんから挨拶された。
「おはよう加納さん」
そうして僕も挨拶を返すのだが⋯⋯狭い教室の中で目立つ物があり、そこに視線が行く。
車椅子だ。
車椅子があるということは、水町さんも居るということで⋯⋯
席を見ると案の定水町さんがおり、ポツンと座っていた。
予定とは違う形になったがまずは挨拶をと、自分の席に荷物を放置すると水町さんの方に向かう。
「おはよう水町さん⋯⋯その、久しぶり」
そんなごく普通の挨拶をする。
だが「久しぶり」と付けたのはおかしかっただろうか?金曜日に会ったばかりなのだから。
『おはよう立花君、久しぶり』
僕の言葉に対し、一瞬表情が固まったかと思えば水町さんはスマホを取り出し自動音声でそう返事を返してくれた。
その言葉は水町さんから発されたわけではないのだが、それでも会話出来たことが嬉しくて胸が温かくなるのを感じる。
正直、挨拶を交わしたというだけでも僕は少し満足してしまっているのだが、どうせなら何か会話をしたいと思い何か話題を探す。
「そういえば水町さん今日学校来るの早いね」
頭を捻ってそんな疑問を口にした。
『うん、お父さんがメグちゃんと一緒に車で送ってくれたの。当分はそうなると思う』
「そっか加納さんと⋯⋯」
マスターが学校に送ってくれたというのは予想出来ていたがどうやら加納さんも一緒だったらしい。
まぁ学校に着いてからも教室までの間は車椅子のみの移動になるのだから車椅子移動の慣れていない水町さんを手伝っているのだろう。
⋯⋯そして話題が既に思いつかなくなってしまった。
他にまだ話題は無いものかと考える僕の姿を水町さんはただ見つめている⋯⋯照れる。
それにしても話題か⋯⋯いや、そういえばアレがあったじゃないか!
「そういえばミスコンが行われるんだけど水町さんは誰が出るか聞いた?」
『ううん』
「実はね優太が出るんだよ」
『え!?安藤くん男の子だよね?』
優太が出ることを告げると驚いたような表情を見せてくれ、予想通り水町さんはいい反応を返してくれた。
「そうなんだけど女装すれば問題ないって事になったんだよね⋯⋯あ、これ」
そうして僕は以前に撮った女装姿の優太の写真を水町さんに差し出した。
『これ安藤くんなの!?すごい可愛い』
「だよね、それでこのメイクとかしてくれたのが水町さんも知ってる吉田明美さんなんだ。」
『明美ちゃんが!でも当日はメイクどうするの?』
「あぁ、明美さんからメイク教わってるから優太が自分でやる予定だけど⋯⋯」
『それ、もし良かったら私がやってもいいかな?』
水町さんがメイクを⋯⋯そういえば明美さんからもそんな提案をされたな。
まぁ優太次第ではあるからどこかで本人に聞いてみよう。
「うん、優太に聞いてみるね」
『ありがとう それで他にも文化祭について色々聞きたいな』
「うん、まずね―――」
そうして、ホームルームが始まる時間になるまで水町さんと話すことができた。
話しかけるまでは少し怖かったが勇気を出してよかった。
⋯⋯これは神成には感謝をしないといけないかな。
時間は過ぎていつも通りの昼食の時間。
母さんが作ってくれたお弁当を食べながら2人と会話を交わす。
「涼!なんか今日は元気そうだな!」
「ちゃんと話せたんだね⋯⋯」
「うん、2人とも心配かけてごめん。ありがとう」
「おうよ!」
「どういたしまして」
「あ、それで水町さんと話してて―――」
そうして2人にお礼を言うと僕は水町さんからの提案を告げた。
「僕のメイクを水町さんが?⋯⋯うん、いいよ!」
優太は少し考えた素振りを見せた後、そう反応してくれた。
「ありがと優太」
「ううん、僕もメイク得意じゃないから助かるよ」
「⋯⋯もご!もご!」
口いっぱいに焼きそばパンを詰めた大樹が何かを言っている⋯⋯
「大樹どうした?」
「んっ!今思い出したんだがな!ミスコンに京子さんも出るんだ!」
口にあるものを飲み込むと大樹はそう口にする。
「吉田先輩が⋯⋯」
吉田先輩も美人だしミスコンにでればいい結果でそうでな⋯⋯
「そっか⋯⋯大樹の彼女がライバルになるなんて!でも負けないよ」
優太はミスコンに出るライバルとして闘志を燃やしている⋯⋯それは男の姿で見るとなんとも面白い光景だが女装の時の優太ならば渡り合えるだろう。
◇
―――いつの間にか下校の時間となり僕は今日1日の出来事を振り返っていた。
朝、水町さんと会話を交わすことができて⋯⋯移動教室の時には車椅子のサポートの役目を果たしたりもしたな。
昼食の時間にはメイクの事も話せたし6限目の体育では水泳の時以来の見学組として会話もした。
⋯⋯満足の行く結果になって良かった。
でも神成にお礼できなかったな。
なぜか授業中以外はほとんど教室に居なくてタイミングが掴めなかったんだよな。
というか、神成だけじゃなくて加納さんにも感謝しないとか。加納さんも心配してくれてたらしいし。
と、そんな事を考えがら校舎から出るとちょうど神成の姿を見つけた。
⋯⋯足早に移動する神成の姿を追いかけると校舎裏まで来てしまった。
そして校舎裏には誰かを待つように1人誰かが佇んでおり、神成はその人物のいる方向に向かって行く。
その光景に僕は何か隠れなきゃいけない様な気がしたから紅葉の色付いた木の陰に身を潜めてその様子を伺う。
「おっおっ、神成殿では無いですか。我に何の用ですかな?」
「あぁ、君恵さんの事好きなんだろ?」
「おっおっ?そんなことないですぞ?」
「⋯⋯じゃあ、これは何かな」
そう言うと神成はハートマークの付いた封筒をポケットから取り出した。
「あぁ!それは我が書いたラブレターでは無いですか」
「そう、君が恵さんに書いたラブレター」
「な、なぜ神成殿が持っているのですか?」
「それは恵さんの彼氏だからだよ⋯⋯だから困るんだよね彼女に手を出されると」
「ま、まさか神成殿付き合っているですと?ですがそんな話聞いたこと⋯⋯」
「恵さんはああ見えて照れ屋だから秘密なんだよ、誰が聞いても教えてくれないだろうね。⋯⋯そういう事だから諦めてくれる?あと、ここでの事は誰にも話すなよ?」
「おっおっ⋯⋯おおぉぉぉぉおぉーーん」
そうして告白しようとしていた男が泣き出して逃げて行った。
⋯⋯これは一体どういうことだ?
「⋯⋯で、涼はいつまでそこで見てるんだ?」
「え!?」
どうやら存在はバレていたらしい。
仕方が無いので神成の前に僕は姿を現す。
「なぁ、神成お前⋯⋯さっきのどういう事だよ」
「どういうことって何が?」
「なんで嘘ついたんだ?加納さんと付き合ってるなんて」
「はぁ⋯⋯」
僕の言葉に神成は深いため息をつく。
「あいつがいけないんだよゴミの分際で姉さんに近づいたのが」
「は?お前⋯⋯何言ってんだよ」
「涼、お前にも警告しておくがここでのこと誰にも話すなよ?」
「僕はお前に水町さんの事は感謝してる⋯⋯けどお前がしてる事は少なくとも間違ってる!だから話す」
「お前はほんとに詩音さんのことが好きなんだな。なら尚更黙っておかないと後悔するぞ?」
こいつ何を言ってるんだ?⋯⋯でも冗談を言っている様な素振りはなく気味が悪い。
「それに俺はこれでもお前の恋を応援してるんだ」
「はぁ?」
「詩音さん⋯⋯いや、詩音は俺に好意を持ってる様だけどそんなの求めてない。だからお前にそれが向くように手伝ってやるって言ってるんだ」
「お前⋯⋯いい加減にしろよ!僕はお前の手なんか借りないそれに水町さんの好意を無下にしてみろ⋯⋯その時お前を絶対に許さないから」
「⋯⋯それはお前次第だ涼。とりあえず今日の事は見なかったことにしておけ。詩音が大事ならな」
そう言って神成はこの場を後にした。
今まで少し変わった奴だとは思っていたがこんな
それに水町さんが想っているのなら、その恋を応援しようと思っていたけど駄目だ。
神成との恋は応援出来ない。
かと言って神成の残していった言葉に僕はどうすることもできず、そのまま文化祭当日を迎えることとなった―――
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