31話 僕は弱かった

優太が初女装してから早いことに2日が経ち……今日は金曜日となった。

そういえば、優太いわくあれから2日連続で明美さんの家に教えを乞うため通ったらしいが2日目では強面こわもて男の人……明美さんの彼氏と軽い修羅場になりかけたそうだ。

まぁ最終的には連絡先を交換するまでには打ち解けたらしいが。

そんなことで今日も今日とて朝のホームルームが始まるまでの間に、ガヤガヤとさわがしい室内で優太達と談笑を交わしていると「朝のホームルームを始めます」という聞きなれた挨拶が声で発された。

このガラガラの混じっている特徴的な声は担任の影野先生だ。

担任がホームルームをするということは、加納さんが休んでしまったのか?

───と一瞬考えたが普通に今朝も挨拶を交わしていたのを思い出した。

どうやら他に理由があるらしい。


「ゴッホン、その様子だとアタシがなぜホームルームをやっているのか疑問みたいだね……でもその理由はすぐに分かるよ。それでは加納、ついてきてもらってもいいかな?」


そう言うと影野先生は両方とも閉まっていた教室の片方を大きく開け、加納さんと共に教室を出てどこかへ行ってしまった。


───それから数分程は影野先生と加納さんの両方がいないということで、クラス中がザワザワと会話を交わしていたが影野先生が教室に戻ってくるとそれも収まった。


「それじゃあ、お待ちかねの人物に入って来てもらおうか」


お待ちかねの人物?

それってもしかして……


(ガラガラガラ)

先生がそう言葉にすると廊下から聞き覚えのある僕も知っている音が聞こえ、教室に車椅子に乗った水町さんとそれ車椅子を押す加納さんが姿を表した……

僕を含む何人かの生徒はこの時、水町さんが戻ってくることは予想出来ていたが、それでも休んでいた理由を知らなかった人達にとってこの姿を見て言葉を失っているようだった。

だが、事情を知っていた僕もまた同じように……


「長い間、休んでいた水町だが今日からまた復帰することになった。あー、それで今の水町の状況についてだがな……新型声帯炎症病という病気を患ってしまったらしい」


新型声帯炎症、まだ見つかって間もないこともあり呆然とした表情の生徒も多い。

でも多分それは普通の反応で、 新型声帯炎症病は名前だけ聞くとで、それが車椅子に乗っている理由とは結び付かないのだろう。

それにしても……病気それがどんな病気なのかは既に調べていたが改めて水町さんによりそれを再確認させられると胸が痛くなる。


「まぁ……詳しいことについては一限の10分を使って校長先生が直々に放送で説明することになっている。

それと、病気の関係で水町は声を出すことが出来ないので特別に授業中でもスマホの音声機能使用による会話が認められているのでその辺を理解しておいてほしい」


学校での水町さんの会話についてどうするのか疑問だったけどそこについてはちゃんと話がついているらしい。

―――というか放送で校長が説明するだって?

つまり、それは水町さんの状況が全生徒に晒されることを意味していて……

もちろん説明するメリットの方が大きいのは分かるが全校に自分の状況を晒されることで水町さんはどんな気持ちになるのだろうか。

それがプラスな気持ちでないのは確かだが、こんな重要な話をするのに水町さん本人の許可を学校側が取っていないことはないだろうから僕がどうこう言える問題でもない……


「そんなことで、もし水町が困っている姿を見かけたら皆助けてやって欲しい。

あー、それで次は―――」


影野先生はそんな一言を付け足すと、慣れてないホームルームを進めていくのだった。



(ザワザワザワザワ)

―――ホームルームを終えると先程までの静寂が吹き飛んだかのように教室に雑談の声が響き始めた。

そして、その中にはもちろん水町さんについての話題もあり……

人によっては既に新型声帯炎症病の別称、人魚姫症候群というワードを話題にもしていた。

でも、肝心の水町さんの周りはどうなっているかと言うと……特に人がたかっているということは無かった。

僕が昔に足を怪我した時には松葉杖に興味を持った男子や心配した友達が周りに群がっていたが水町さんの場合はそうではない。

だがそれは、決して友達が少ないからなんて理由でもない。


理由の1つに水町さんの今の容姿があるだろう……僕が最後に会った夏祭りから2ヶ月間で伸びた髪によってその印象からは少し暗いものを感じさせられる。

夏休み前の髪を切る前と比べれば短くはあるのだが、以前と違い前髪は目が隠れるほどの長さでも無いために暗い表情も読み取りやすくなっているのだ。

そして皆が話しかけない1番の理由はことが関係していると思う。

人間は通常、会話するのにその声を使うが今の水町さんにはそれができない。

たとえ自分が心配の言葉をかけたところで帰ってくるのはAIによるだ。

仮に自動音声同士の会話なら気にならなくとも、自分が喋っているのに相手はAIの冷たい声で返してくれば、事情は知っていてもその返答からは何処か冷たい印象を感じることになるだろう。

そして今、この中にいる何人かは誰かが先に水町さんに話しかけるのを待っているのだろう。

最初に話しかける役目ファーストペンギンを担うにはプレッシャーがかかるが、2人目以降は和らぐから。

きっとその役目は加納さんが担う事になりそうだが一限目の準備という名目で呼び出された加納さんは教室にはいない。

そうなると事情も知っていてこの中でも水町さんと仲のいい僕が代わりとしてその役目を果たすべきなんだろうと思うけど、改めて顔を合わせると気まずくて中々決心が決まらない。

もうだいぶ前の事だが、僕は以前に水町さんに振られた。

あの時の感情は既に振り切れていたものだと思っていたが、こうして本人を目の前にすると心が言葉にできない痛みに襲われる。

マスターに水町さんの事を支えるように頼まれた時、僕は自分に出来ることをしようと覚悟を決めたはずなのに⋯⋯

僕がそんな弱音に呑まれた時―――


『久しぶり詩音さん、元気だった?』


最初の一人として神成が話しかけた。

すると先程まで椅子に座り俯いていた水町さんの視線が神成と重なり、一瞬の空白の後に水町さんが首を縦に頷いた。

その一言から会話を始めると神成は水町さんへの配慮を込めながら楽しげな話題に展開していき、いつの間にか水町さんにも笑顔が戻っていた。

そんな神成による行動を皮切りに今まで見ていたクラスメイトも集まって心配の言葉を次々と口に告げて言った。

そして僕はそんな光景を自分の席から見ているだけで動くことが出来なくて......

あぁ、こんなにも僕は弱い人間だったのかと思い知らされた―――












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