27話 僕は夜風に浸る

───ベランダに出ると、ヒューヒューと吹く冷たい風が心地よく感じる。

季節が既に10月ということもあり、日中はその日によって気温に差があるものの夜になると少し肌寒いくらいには冷え込むようになった。

ベランダはあまり広い訳では無く、夏休みに行った時にはちょっとした植物だったりをいくつかの小さな鉢で育てられていたが、花であれば押し花、ミニトマトやオクラなどの野菜は調理などに既に使われており、子供達が落ちないように貼られたネット以外には目に入るような物は無くなっていた。


「〜〜♪」


夜風に辺りに来たまでは良かったが、特にすることがある訳でも無いので夜空をボーっと見つめながら小さな声で歌を口ずさむ。

口ずさんだ曲はクラスメイトが歌っていただけで原曲は聞いた事のないような、そんな何となく記憶の片隅に残っていたものだ。

マイナーなものなのか、それとも若者の間では流行している曲なのかも分からないその曲を意味もなく垂れ流していた。


「〜〜♪……」


クラスメイトが歌っていた1部しか知らないので直ぐに歌い終わってしまい再び静寂が訪れる。

それ以降は特に歌うこともし無ければ部屋に戻るわけでもなく、ただ棒立ちで夜空を見つめて考え事をした。

それは明後日からの学校で始まる文化祭の準備のことであったり、想い人についてであったり。

僕は先程まで歌っていたこともあって脳内では水町さんのことを連想していた。

別にあの歌自体と水町さんが関係しているわけでなく歌というわけではなく、

歌=水町さんという関係が成り立つ位に何度か聞いた水町さんの歌が頭に残っていた。

そんな自分がそれほどまで彼女のことを想っているという事実に少しくすぐったくて……でもそんな大好きな水町さんの歌は、声は

そんな事実に僕はただ胸を痛めることしか出来なかった。






外に出てどれくらい時間が経っただろうか。

そろそろ眠気もでてきたし部屋に戻るか……


「───!?」


その刹那、僕の肩に誰かの手が触れたような感触が伝わり反射的に後ろを振り向いた。


「すみません……その、驚かせてしまいましたか?」


ほっ……どうやら肩を叩いたのは加納さんだったらしい。


「あ、大丈夫だよ。加納さんもしかして何か用?」

「いえ、用という訳ではなくて見回りをしていたら姿が見えたので何をしているのかと声をかけただけです。

……ちなみに立花君はこんなところで何を?」

「眠れなかったから……ちょっと夜風に当たってたんだ」


なんか夜風に当たるため〜って言うの恥ずかしいな。


「そうでだったんですね。それで……その、よければ時間があれば少し話をしませんか?」

「うん、大丈夫」


話……なんだろうか?


「立花君のことを、もっと教えて欲しいんです」

「僕のことを?」

「はい、そうすれば立花君の将来についてなにかアドバイスをできるかもしれません」


……そういえば今日そんな相談をしていたな。

加納さんもよく覚えていたものだ。


「でも何を話したらいいか……」

「では、よければ水泳を始めたキッカケを聞いてもいいですか」

「始めたキッカケ……確か父さんに憧れてたんだ。泳いでる父さんをテレビ越しに見て憧れて」


懐かしいな……あの時の僕は何歳だっただろうか。


「立花君のお父様は水泳の選手だったんですか?」

「うん、一応まだ現役の」

「そうなんですね……水泳の知識の浅い私には分かりませんがきっと凄い選手なんでしょうね」

「うん、本当に凄いんだ。僕の1番だった頃よりもずっと父さんの方が泳ぐのが速かった」

「ふふっ、立花君がそこまで言う位なら私も見てみたいです」

「……そういえば、加納さんも泳ぐの速いよね」


そう言って授業の時を思い出すけど、本当に速かったな。

そんな昔の記憶でも無いけど懐かしく思う。


「立花君が水泳をやっていた頃とどっちが速いですか?」

「自分で言うのもあれだけど、僕の方が速いよ。これでもプロを目指してたからさ」


そう自画自賛にはなるが僕の方が速いのは事実だし、何より誇りに嘘はつきたくない。


「きっと凄い速かったんですね。……私も立花君が泳ぐ姿を見てみたかったです」

「多分昔に親が撮ったビデオが家にあるからいつか見に来てよ」

「はい!」


加納さんは笑顔で返事をしてくれる。

なんだかこんなにいい笑顔を独り占めしていると優太に申し訳ない。

それにしても水泳をやめて以来、昔の自分の泳ぎなんて見ることは無かったけど……恥ずかしい部分とかないよね?


「そんなに速いなると同い年のこの中では立花君が1番だったんですか?」

「いや、僕は2番目だったんだ。1番は違う奴でさ」

「その人は友達なんですか?」

「うん、小さい頃からずっと競い合ってきて、それでいて親友だったんだ」

「そうなんですね……」


加納さんは頷いてるけど少し悲しそうな顔もしている。

多分それは僕が理由を考えてるからだろう。


「そいつは今は、海岸高校に行って……加納さんは知ってる?」

「はい、有名な所なので知っています。私の友達もそこに行ったのですが偏差値も高くて入試で苦労した話をされました」

「あそこ頭もいいからなぁ……当時は勉強も必死にやったな」

「海岸を目指していたのなら立花君が頭良い理由も分かります」


あの時は部活の無い休日は毎日のように藍人と勉強をしていた。

特に藍人に至っては地頭が良い方では無かったから何度も同じところを一緒に復習したりして……それにしても水泳と勉強の両立していたあの頃は本当に苦労したな。

生活リズムも崩れた今の僕ではあの頃のような努力はできる気がしない。


「そういえば夏休みに久しぶりにそいつ会えてさ」

「それは良かったですね」

「うん、喧嘩別れしちゃってたから仲直りもできて良かった」

「それは……あの、そのお友達との事についてもっと聞かせて貰っていいですか?」

「あぁ、うん───」


それから藍人との出会いやらあの《喧嘩した》時のことを話した。


「……そんな事があったんですね」

「うん」


話を聞いた加納さんは凄い悲しんでくれてて逆に申し訳なく思ってしまう。


「でもさ、今の学校で生活していて後悔はないんだ。

優太に大樹みたいな友達も出来て加納さんとも出会えた。あの出来事が無ければ水町さんとだって知り合えなかったかもしれない。

……あと、神成も。

「……私も立花君と会えて良かったです」

「うん、ありがとう」

「私は───き」

「……?」


加納さんは何かを口にしたが、それは風にかき消される程小さな声で聞き取ることが出来なかった。

だが、1度深呼吸をしてもう一度加納さんは口を開いた。


「……好きなんだと思います」

「え!?」

「水泳のことが」


……一瞬告白されたのかと思った。

ビビったぁ。


「きっと、まだ立花君は水泳の事を好きなんだと思うんです。

例えそれが選手としてじゃなくても、ほかの形で水泳に関われるような職業を目指してみたどうでしょうか」

「水泳に関わる職業……そうか、うん。

なんだが道が見えた気がする。

加納さんに相談して良かったよ」

「立花君の力になれたみたいで良かったです」


やっぱり、加納さんは頼りになるな。

今日、施設に泊まる誘いを受けて良かった。


「それでは、そろそろ眠たくなってきたので私はこれで戻りますね」

「うん、加納さんおやすみ」

「おやすみなさい」


……おやすみとは言ったけど僕も既に眠たいんだよな。

けどこの流れで一緒に戻るのも少し恥ずかしい気がするしもう少し夜風に当たってよう───









『……やっぱり手を出してるじゃないか涼』





















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