25話 僕は将来について考える

───9月も終わり10月になった。

二学期が始まり一月が経ったが未だ水町さんの席は空いていて……

そして先日には宿泊研修も行われた。

2泊3日の泊まり込みで行われ、そこでは社会人になる上で必要な「スキル」を養うことが出来たし関わりないクラスメイトとのコミュニケーションをとることもできた。

だけど、宿泊研修に参加する僕とそれ以外には決定的な違いがあった。

それは将来の自分の姿を見据えられているか、というもので……

既に将来の目処が立っている人もいれば、形になっていなくともどのような職種かは決まっているのがほとんどであった。

だけど僕には将来の自分を欠片として想像することができていなかった。

自分が昔目指していた目標は既に形を無くし、目指すべき道は潰えてしまっていた。



「───こうしてウリとウラは大きな目玉焼きを作りました」

(パチパチ)


とある休日、優太に誘われ児童養護施設ハイビスカスに2度目の訪問をしていた。

そうして今、5歳の男の子からの要望でウリとウラという絵本の読み聞かせていたのが終わったところだ。


『優太、勉強教えて!』


そんな事を言ったのは中学一年生の、ツイテンテールをした女の子だった。


「こら、さちちゃんお兄ちゃんを呼び捨てしちゃいけないよ」

「ありがとうございます加納さん。さ、幸ちゃんどこがわからないの?」


幸と呼ばれる女の子の態度を、加納さんが注意するが特に気にした素振りを見せず優太は勉強の付き添いを始めた。

今日、優一緒に来て思ったのだが優太は子供たちからも慕われている。

僕と加納さんとはまた違う感じで、子供たちとは友達のような関係性を築いているらしい。


「……こういうのもいいな」


優太を見ていて、ふとそんな一言が漏れ出た。

将来こんな風に子供の世話をするような、それこそ保育士になるのも楽しいのかもしれない。


『涼兄!今度はこれ読んでー』

そんなことを考えて居たら別の子が新しい絵本を渡されたのでそれを読むことにする。

「あぁ、どれどれ?えーと───」


(ガチャリ)


読み聞かせをしようとすると鍵が開き扉が開いた。

するとそこから神成が顔を覗かせた。


「ただいま皆」


そうして神成の帰宅の言葉を耳に入れた子供たちが一斉に神成の元へと向かっていく。


『神成兄ちゃんだ!今日は帰ってくるのはやいねー』

「あぁ、今日は早上がりだったんだ」

『今ね!優太と涼兄が来てるんだよ』

「……そうなんだね」


───そんな会話を聞き流しながし、読み聞かせを再開しようとすると子供たちに囲まれた神成が僕の前に現れた。


「やぁ涼君、君も来てたんだね?」

「まぁ誘われたから」

なにか嫌味ったらしい言い方で神成が話しかけてきたが反応を返すことにする。

、だよね?」

「うん」

なぜか優太に、という部分が強調されている気がするのだが気のせいだろうか。

「そっか、まあ君がここにいるのはいいけど女の子に手は出さないようにしてね?」

「はぁ?何で、出すわけないだろ」


この野郎、僕をなんだと思ってるんだ。


「……どうだろうね」


なんだその意味深気な発言は!本当に気に食わない男である。


「神成おかえり、お風呂入る?」

「あぁ、姉さんじゃあお言葉に甘えようかな」


そう口にしたのは先程まで職員の人と一緒に作業を行っていた加納さんであった。

神成に関して、学校では加納さんをと呼んでる記憶があるけど普段は呼びらしい。


「立花君、さっき神成と話してた時怒ってたけど大丈夫ですか?もしかして神成が失礼なことを……」


どうやら先程の会話を加納さんに聞かれていたらしい。恥ずかしい限りである。


「いや、特に何も無かったよ」

嘘だけど。


「なら、いいんですけど……あ、そういえば立花君最近元気がありませんよね。

悩み事があるのならよければ聞きましょうか?」


なんということか、加納さんから唐突にそんな言葉が放たれた。

それにしても悩み……悩みか。


「いや、大丈夫だよ」

「そうですよね、言いにくいですよね。

……やはり詩音の事ですか?」


うーむ。水町さんの事は悩むのとはまた別の問題だ。心配はしているが信じているから悩みというのも違うような気がする。

かといって加納さんのことだ。

このまま否定しても僕が気を使っているだけと勘違いしてしまうかもしれない。

では別の悩みをぶつけてみるか?


「いや、そうじゃなくて……実は将来について悩んでて」

嘘でない。事実、これは最近の悩みの種となっているのだから。


「将来の夢、ですか。それは確かに難しい問題ですね」


加納さんでも難しいと思うのか……はて、では加納さんに夢はあるのだろうか。


「加納さんは夢ある?」

「……言葉にするのであれば父の跡を継ぐことですかね」


……そういえば加納さんの父はなんか偉い人だったな。


「そっか、うん。きっと加納さんならできるよ」

「はい、ありがとうございます」


……あれ?なぜか当初と立場が変わってしまった。


『あー涼兄とメグちゃんがまたイチャイチャしてるー』


そう口にしたのは前回も冷やかしをしてきた子供である。

前回そういう関係でないと説明したばかりだと言うのに……


「だから違いますから……」


ほら、加納さんも否定している。

っていうか今は本当に加納さんの事が好きな優太が居るんだよな……

あ、なんか今優太の方を見たら視線があった気がする。


「そうだよ、少し話を聞いてもらってたんだ」

『話ってなーに?』


すると餌に釣られた鳩が如く、どんな話をしていたかが気にした子供たちが僕と加納さんを囲み、逃げ場を無くしてしまった。


「ちょっと将来の夢について話してたんだ」

『夢?僕はねー公務員!』

『僕はサッカー選手!』

『僕はYouTuber!』

『私はケーキ屋さん!』

『俺は消防車!』

『新世界の神!』


……なぜか将来の夢の発表会になってしまった。

何か車になりたがってる子とか神になりたがってる子もいるし。


『優太は夢あるー?』


いつの間にか優太にまで話題が飛び火してしまったようだ。


「……まだないかなぁ」

『え?優太の夢ってメグちゃ───』


どうやら優太も夢はないらしい。

……なんか幸ちゃんが口にしようとしたのを止めたけどなんだろうな。



「それじゃあ……今日はもう帰ろうかな」

「あ、もうこんな時間!僕も涼と帰るね」


なんやかんや遅くになってしまった……


『えぇー?前、夜ご飯一緒に食べるって言ったじゃん!』


……そういえばそんな約束したな。


「でもちょっと帰る時間もあるし」

『じゃあ泊まればいいじゃん!』

『そうだそうだー』


今日は土曜日、明日も休日であることを考えるとできなくも無いのだが。

そう考えつつ、1度優太の反応も伺うと……


「じゃあ、泊まっちゃおうかな」


なんてこった。


「私も今日は泊まる予定なのでその……よければ立花君も一緒にどうですか?」


あぁ、本当になんてこった ───














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