23話 僕はお見舞いに行った
───そうして僕は喫茶店の前まで来たのだが……喫茶店が閉まっていた。
そして扉の前には1枚の紙が貼られており、そこには
『とある事情により当分の間、営業を停止させてもらいます』
と書かれていた。
タイミングを考えるに水町さんに起きた事態と関係しているのだろう。
……とはいえ、学校の配布物を届けるという大義名分もある僕はとりあえず扉をノックした。
……そうして時間にして3分経ったかどうか、というタイミングで扉が開くと───
「すみませんが、今は……君は涼君じゃないか」
「マスター。あの、水町さんに学校からの配布物を持ってきたのですか……」
「あぁ、ありがとう後で詩音に渡しておくね」
手に持っていた物を渡すとマスターが扉に手をかけようとする。
「待ってください!水町さんのお見舞いをさせてもらえませんか?」
その言葉にマスターは少し考えるような素振りを見せ口を開いた。
「詩音と会わせるのは難しいけど……話をしたいから一旦中に入って貰えるかな?」
「はい」
そうして僕はマスターの後に続き、久しぶりに喫茶店の中へと足を踏み入れた。
◇
「どうぞ、サービスのコーヒーです」
そうして目の前に出されたのはお馴染みのコーヒーだ。
「ありがとうございます。……あの、水町さんが海で救急車に運ばれた後に何があったか聞いてもいいですか?」
「……そうだね、君になら詩音も話すのを許してくれるだろう」
そうしてマスターはその後の出来事を話し始めた。
「接客中に詩音が運ばれた病院から電話が来てね、急いで向かったのだが……医者が言うには足にある痕を見るにクラゲか何かにさされたんじゃないかと言われたんだ」
……やはり加納さんが言うように水町さんはクラゲに刺されてしまったのだろうか。
「……しかし実際にはクラゲではなかった。診察を受け終わると今まで確認されたことの無い、とある症状も見つかってしまったんだ」
「それは一体?」
「医者が言うには検出された毒には2つの作用がかり、1つは足の神経が異常なまでに発達する。これにより詩音は足を動かせなくなってしまった。そして2つ目は喉の炎症……これによって詩音は声を出すことが出来なくった」
───マスターの口から告げられたそれは余りにも絶望的な事実で、かつての自分かそれ以上の障害を足に背負ったのみならず、声を失うという僕には想像出来ないほどの絶望を水町さんは今背負っているだなんて……
「……それは治るんですよね」
治ると言って欲しい。
だって、おかしいじゃないか。
あんなに歌を愛していた水町さんから声を奪うなんて、彼女が何をしたって言うんだ?
「少なくとも今の医療技術では難しいと言われたよ……」
「なんで!……どうして水町さんがそんな目に合わないといけないんですか!」
ちがう、マスターに怒りをぶつけてもどうにもならないのに。
僕が今、目の前にしているマスターだって辛いのに、悲しんでるのに。
むしろ付き合いの短い僕なんかよりも家族であるマスターの方がずっとその事実に胸を痛めているのは分かっていても……それでもこの行き場のない胸の痛みをぶつけてしまったのだ。
「涼君」
「……はい」
「もう少し時間は必要だろうけど詩音はきっと立ち直る」
「……」
「そうして学校にまた通えるようになったら、詩音の事を支えて貰えるかな?」
「でも僕なんかに」
……そうだ、僕なんかよりもずっと頼りになる加納さんがいる。
何より……
「いいや、君だからこそ詩音の出来ることがあると私は思っているよ。だからそんなに自分を責めるようにする必要はない」
……僕に、僕だからこそ出来ること?
それが何かは分からない。だけど───
「はい、絶対にマスターの、水町さんの期待に添えるようにします。」
「あぁ、きっと君になら出来るよ」
「それじゃあ、今日はこれで失礼します。」
……水町さんがいつ戻ってくるかは分からない。
それでも僕は、僕に出来ることを成し遂げよう───
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