21話 僕は銭湯に行く

「うぃ〜」


湯船に浸かるのと同時に疲れたおっさんがお風呂に入る時の定番のセリフを僕は発する。

こうしていると……わざわざ暑い中歩き、汗をかいてまで銭湯へ向かった訳だがそんな苦労が全て報われるかのような高揚感を味わえる。




『一緒に銭湯に行かない?』


そんな連絡が優太から来たのはまたしても当日の朝になってからだった。

今日は8月30日、夏休みが終わるまでに1週間を切り、そして水町さん達が海に行くと言っていた日である。


夏休みも終盤、課題も終わっていれば特段やりたいこともない僕は優太からの誘いを受けることにしたのだ。




───待ち合わせは行く予定の銭湯で、ということでこの暑い中待つのを躊躇った僕は予定にギリギリ間に合うか、という程度の時間に家を出た。

僕は休暇中に活動のない部に所属しているため、こうして外に出るのは先日の気分転換がてらの映画鑑賞をしに行った時ぶりである。

小学生の頃は外に出て遊ばない日の方が少なかったくらいだが……

いざ高校生になると休みの日に家から出て遊ぶ気力なんてないのだ。


そんなことで歩くこと───分、銭湯の前に到着するとそこには優太と大樹の姿があった。


「大樹も呼ばれたんだね」

「おう!それにしても涼、遊園地マッスルアイランドぶりだな!」


遊園地か……そこまで前のことでもないが既に懐かしいことに思えるな。

それはそうと優太は遊園地のことについては知らないから首を傾げている様子だ。


「優太は知らないと思うけど少し前に大樹とマッスルアイランドに行ったんだ」

「えぇ!いいなぁ……」

「次に予約が取れたら3人で今度はジムゾーンに行きたいな!」

「え?ジムゾーンに行ったんじゃないの?」

「それが───」


優太が当然とも言える反応を見せた所で僕はそこで何があったか、そして大樹に恋人が出来たことを伝える。


「えぇ!大樹彼女できたの?」

「あぁ!遊園地当日に京子先輩に告白して付き合ったんだ

「大樹から告白したんだね……僕には告白できる勇気がないから羨ましいよ」

「まぁ、ほんとに告白って勇気いるからなぁ……」


僕は自分が告白した時のことを思い出す。

……数日前までは思い出すだけで胸が痛くなったが今はそれも多少マシなものになった気がする。


「もしかして涼も告白したのか?」

「振られたけどね」

「……とりあえず銭湯に入ろうよ」


そう言って走り出した優太の後を僕達は追った。



受付を済ませ更衣室へと入った。


「……改めて見ると大樹のはデカイな」

「そうだろ?でも涼のも負けてないぞ!」

「うん、僕も涼のは始めてみるけどいい形してると思う」

「逆に優太はまだまだだな!」

「これから大きくなるもん」


僕達は服を脱ぐとそんな会話を始めた。

多分修学旅行で大浴場などに入る時に体験するであろう会話だと思う。

やっぱり筋肉を見合う機会なんてそう多くはないからね。

そんなことで会話を済ませると、畳んだ衣類とタオルをロッカーにしまい、2枚目のタオルを持ち浴室へと入る───


銭湯に入ったらまずは外でかいた汗を流す為に体を洗う。

あ〜暖かいシャワーが心地よいといったら……銭湯ではどうしてか老人になったような気持ちになるのはどうしてなのだろうか。

汗を流して綺麗になったら湯船に浸かる!


「うぃ〜」

「うぃ〜って、涼おじいちゃんみたいだね」

「疲れがとれる!やはり銭湯は最高だな」


……うん、銭湯最高。


「ところでさ、優太はなんで今日になっていきなり銭湯に行こうなんて言い出したの?」


僕は微かに気になっていたことを質問した。


「だって……加納さんが海に行ったから」

「……は?」

「意味がわからん!」


加納さんが海に行ったことと銭湯になんの関係があると言うのか……


「この前施設の手伝いに行ったら神成君から海に行くって聞いて……

悔しいから対抗するために銭湯に行こうって思ったんだ」

「いや、何も分からない……まず銭湯に行ったところで対抗にすらなってないと思うんだけど」


……それにしても神成も海に行くという話は初めて知ったがな。

というか神成は両手に花なのに対しこっちは男3人。対抗するどころか大敗もいい所ではないか。


「まぁこれはこれで楽しいからいいじゃないか!でもどうせ対抗するのなら存分に楽しまないとな!」

「楽しむ?」


銭湯で楽しむってなんだろう……?


「銭湯と言えばサウナ!サウナ対決だ!」



そんなことで始まってしまった誰が1番サウナに入って居られるか対決。

……下段程キツイから僕は中段で座ることにした。

対決というのだから皆同じ段に座らないと行けない気がするけどあくまでもこれは娯楽なのだから細かいことは気にしない。

ちなみに大樹は下段、優太は中段よりの上段だ。


……それにしても暑い。

そして暇である。

僕達以外にも人がいる以上雑談は周りの迷惑になるから出来ない……一応テレビでなんかしらの番組がやっているのでそれを見るしかない。

……というかテレビ見るの久しぶりだな。

最近見なくなった!という印象の芸人がテレビにいるのを見ると時代の流れを感じて寂しくなる。


「……」


何分程経っただろうか。

上を見上げると優太はいつの間にか消えており、テレビに夢中になっている間にリタイアしたらしい。

……大樹は未だ持ちこたえている。

───が居座るのが下段であった大樹の方が先に限界を迎えたことで僕が勝利することになった。

まぁ条件が同じだったら負けてたと思うけど。


───サウナから出て水風呂に入って出て休む。

……サウナ用語で整うという言葉があるが実際にこうすると体が「ふわっ」と軽くなるというか、まぁとにかく良いものだ。

水風呂で座禅ざぜんを組んでいたお爺さんが言うにはサウナ、水風呂、休むのステップを何回か繰り返すのが基本らしいけど次の機会があれば試してみよう。


それから数十分各種の湯でゆっくりして満足した僕達は浴室を後にした。


「……ぷはぁー」


着替え終わると僕達はそれぞれ牛乳を購入して飲む。

こういう温泉だったり銭湯から上がった後は瓶の牛乳を飲むというのは定番だが学校の給食で飲む瓶牛乳よりも格段に美味いんだなぁ。


「なんやかんや銭湯に来て良かったかも……優太誘ってくれてありがとう」

「どういたしまして」

「次に行く時はもっと筋肉ついてるといいな!」



───家に帰り僕はふと考える。

この夏休みが終わりを迎えればまた学校が始まり水町さんと顔を合わせることになる訳だが……正直気まずい。

水町さんがあの時のことをどう考えているかは分からないけど今まで通り接することが出来るだろうか。

もし、海に言った水町さんが神成に告白してそれが……そう考えると先程まで晴れていたはずの頭に再び霧がかかるような感覚に襲われそうになる。


───いや、このストーリーがどんな結末を迎えるとして水町さんが幸せでになるのあればそれでいい。

それでも叶うことなら諦めたくないと思ってしまう僕は身勝手な人間なんだと思う。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る