第2話 転生令嬢エリーゼ

 閑話休題。


 幽霊のような容姿をしているということで、一部で「幽霊少女」「幽霊令嬢」と揶揄されることもある、エリーゼ。


 現在の本名は、エリザベート・ルイーゼ・フォン・アンハルト。

 神聖バハムート帝国の北方に広がる大雪原の北西のあたりに領地を持つ、アンハルト侯爵家の令嬢である。


 現在、と書いたが、ほんの一年前までは、彼女の本名は、エリザベート・ルイーゼ・フォン・ハルデンブルグといった。

 父の名がクラウス・フォン・ハルンデブルグ。

 母の名をディアナという。

 アンハルト侯爵領の領地デレリンからさらに西、隣国との境界とされる山脈に近い、田舎町ビエルナスで生まれた。

 当時、エリーゼは一人娘で、躾は厳しかったが、両親から溺愛に近い愛情を受けてすくすくと育った。

 五歳の時に、麻疹で高熱を出すまでは。


 高熱で生死の境をさまよったエリーゼは、そこで、自分が「転生者」であることに気がついた。

 転生者。

 前世は現代日本の中学生で、色々あって、ネット炎上で一家心中した家の末娘であったことを。


 どういうことかというと、エリーゼの家は製薬会社の社長で、両親の他に兄が一人、姉が一人いた。年の離れた末娘のエリーゼは、専ら、姉に弁当を作ってもらうような生活で、学校の勉強や部活よりも、友達と遊び歩く方が好きというような、本当にどこにでもいるような中学生だったのである。

 その生活が一挙に変わったのは、両親が大きくした会社、友原製薬が、「痩せないダイエットサプリを売っている!」「詐欺だ!!」ということで、突如、ネットで大炎上を起こしたのである。

 炎上が炎上を呼び、玉突き事故でリアルに影響が出てきて、最終的に、両親は子ども達を連れて、潔白の遺書をしたため、ネットで調べたやり方で家族全員でガス自殺を行ったのであった。


 元はあっけらかんとして愛嬌のある子どもだったエリーゼは、その記憶を取り戻した後、何がなんだかわからずに、かなりの奇行をやらかしたが、そのほとんどが、高熱の影響で幻覚でも見たんだろうと言われた。実際、他に、説明のつけようがなかっただろう。


 エリーゼはエリーゼで、自分が転生したこの剣と魔法の世界が、一体どこで、誰が何の目的でここに送り込んだのか、子どもなりに調べようとした。


 そして、両親の言動などから推定し、彼女は、どうやらここは現代日本のメディアミックスで彼女の大好きだった大人気漫画「ないとなう!-Nation Salvagion-」の中ではないかと気がついたのであった。


 ないとなう! は、恋あり冒険ありの何でもありありルールのバトルファンタジー漫画であるが、エリーゼが死ぬ時点で、完結していない。そして、エリーゼは、自分がないとなう! のどうやらモブ伯爵の子どもであるらしい事は理解している。


 最初は、何者かが何かの目的を持って、自分をないとなう! の世界……惑星アストライアの神聖バハムート帝国に送り込んだのだろうと思い、その目的とクリア条件について随分悩んだのだが、結局、自分は、「コマとコマの間で活躍して死んだモブ伯爵の娘」「死んだ時点で完結していない漫画のあらすじを気にしたって、意味がない」ということに気づき、ひっそりと、目立たずに、何のトラブルもない平穏無事の生き方をしようと決断した。


……のだった。


 そうこうしているうちに、五年前に、ないとなう! のあらすじ通りの魔大戦が勃発する。

 魔族と人類の血で血を洗う戦である。

 その戦において、両親は、英雄アスランとその仲間のためにコマとコマの間で血路を開き、夫婦ともに討ち死にした。

 討ち死にの報告を聞いた時には、エリーゼも正気でいられなかった。

 さらに寝耳に水であることに、両親が遺したエリーゼへの領地や遺産の問題で、親戚がゴネトクを始めた。財産をかっぱらおうとしたのである。

 15歳のエリーゼは、必死に抵抗したものの、両親死亡直後の衝撃もあってフラフラ。今にも倒れそうになっていた。


 そこで活躍したのが、父の親友にして戦友、隣の領地のアンハルト侯爵ハインツとその妻ゲルトルートである。

 戦友クラウスの遺児の面倒を見るという名目でハルデンブルグの領地ビエルナスにやってきて、親戚筋のゴネトクを黙らせてくれた。そしてすったもんだの末に、一ヶ月後には、エリーゼはアンハルト侯爵の養女として、デレリンに引き取られたのである。


 まあ、そんなわけで。


 エリーゼは、前世では家族の一家心中。

 漫画の中の異世界に転生すれば、モブの両親がコマとコマの間で戦死。

 しかも戦死した両親を弔うでもなく、親戚筋が途端に爆発して財産かすめようとゴネトク三昧。

 その後、やっとのおもいで養女になって、平穏な生活は送れそうだが……上記の理由で、すっかり根暗で引っ込み思案の引きこもりになってしまったのである。


 理由が理由なので、最初のうちは、アンハルト侯爵夫妻も、腫れ物のように扱ってくれたが、半年も経つと、妻のゲルトルートが鶴の一声をあげた。


 ゲルトルートは、実家が帝都シュルナウの貴族エーデルシュタインの出で、元が明るく華麗な性格なのである。

 それで、自分が青春時代を過ごした、シュルナウ帝国学院の高校と大学に、エリーゼを通わせたいと言い出したのであった。

 エリーゼはダイヤの原石なので、こんな田舎のデレリンで埋もれさせておくのが惜しいとかなんとか。




 何がどう、ダイヤの原石なのかというと、エリーゼは、五歳の時点で中学三年生の記憶を持っていた。

 その後、田舎の貴族学院の小学校に入ったのだが、当然のごとくスキップ卒業。

 そのまま持ち上がりで中学校に入ったが、当たり前のように12歳でスキップ卒業してしまったのであった。

 つまり、北方の田舎レベルでは、天才の一種に見える娘なのである。


 さらに、ゲルトルートに言わせれば、顔色が悪くて根暗で幽霊のようと陰口をたたかれているようだが、言い方を代えると、七難隠すレベルの色白で清楚可憐で控えめではかなげな美少女ということになるらしい。


 その天才美少女を、田舎のデレリンで教育するよりも、自分の母校で国一番の優秀校、帝国学院で学ばせよう。卒業する頃には見違えるように美しく可憐な嗜み深い女性になっているだろうと言うわけだ。


 エリーゼは天才とか美少女とか言われても、全くピンとこなかったが、養女の分際で養ってくれる親に逆らっていいことはないように思えたので、大人しく従った。


 そうして、新年の無礼講、帝城のパーティに参加したのである。

 その頃には、英雄パーティが皇帝の命令で魔王の首級をあげて、魔界の魔族達はズタボロ、神聖バハムート帝国と人類の勝利は確定していたのであった。

 その勝利の宴も兼ねての新年会に、エリーゼは養父母に連れられてのこのこ参加し……


 全くの偶然で。

 魔大戦で魔王の首級をあげた英雄アスランの暗殺事件に遭遇。

 彼を暗殺の魔手から守ってしまうのである。


 そのまま玉突き事故で、アスランの暗殺未遂事件の陰謀やら、貴族の黒幕やら、様々なトラブルを経て、先月--。


 アスランと力を合わせて、無事に暗殺者を倒した後、思いあまって彼に告白してしまった。


「好きです」

と、言ってしまったのであった。


……。ちなみに、英雄アスランは25歳。エリーゼは二回目とはいえ15歳。


 25歳の魔王を倒した英雄が、モブ伯爵の娘で、十歳も年下の陰キャの小娘を相手にしてくれるかというと、それはあんまりな気がする……。自分でも。


 だが、ここまで書いてきたように、根暗の引っ込み思案で、前世ではネット炎上の影響でハブのイジメも経験している者としては、やっと出来た普通の友達のヨゼフィーネやルツィア達と仲良くしたいし、これ以上のトラブルはごめんなのである。女子グループの間で浮いたり騒ぎを起こしたりは、もう絶対に嫌だ!!


 何故、アスランの事を音楽教室の仲間に黙っていたのかというと、エリーゼの父親のアンハルト侯爵本人が、弾正台(警察機構)の人間で、エリーゼの安否を気遣って、アスラン事件の事は誰にも何も話すなと、強く口止めしていたのであった。それこそ警察の機密とか、そういうことが、漏れ出てしまったら大変な事になる。それは養女としてもわかったので、エリーゼは胃が痛くなるような思いで口止めの約束を守っていた。


 彼女の考えとしては、ヨゼフィーネ達と仲良く、バレンタインの贈り物をするぐらいはいいが、それ以上の重要ポジションになる気はなかった。勿論、アスランのことは好きだし、出来たら好かれたい。だが、それで、ヨゼフィーネ達ともめ事を作る気はない。同い年ぐらいの女の子達と仲良くしたい気持ちが強い。


 かといって、ここで、ヨゼフィーネ達のバレンタイン祭に参加しなかったら、怪しまれる事この上ないし、一人だけ浮いてしまうだろう。それで、エリーゼは、複雑な立場になってしまってぼっち行動を取っているのであった。

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