幽霊少女と恋人たちの日
秋濃美月
第1話 花櫚通りへ行く
神聖バハムート帝国、神竜暦905年、二月。
英雄アスラン達が、魔王を倒した魔大戦が終わった翌年の事である。
女神ウェリナの祝祭日も近いその日。
帝都は晴天で、粉雪さえも降らず、
「……あ」
その日、エリーゼは、
そこは、この国、神聖バハムート帝国の帝都シュルナウの中でも、最も栄えている地域、いわゆる繁華街である。
何気なく馬車の窓から外を眺めていたのだが、そのとき、通りの中を知り合いの女子がいたような気がしたので、思わず声を立てたのである。
「どうしましたか、お嬢様?」
御者が素早くエリーゼの方を振り返って声をかける。
「ううん、何でもないの。……気にしないで、商店に急いで」
エリーゼは前よりはぎこちなくはない声でそういって、御者の方に緑色の目を向けた。御者は言われるがまままっすぐに馬車を操縦していく。
エリーゼが再び、窓の外から同じ方向を見ても、知り合いの女の子らしき影は見えなかった。
(……すっごく似ていたな。ヨゼフィーネさんに。……ヨゼフィーネさんのことを、私、気にしすぎているのかな)
ヨゼフィーネとは、エリーゼが一月から通っている同じ音楽教室で、同じクラスになった少女の名前である。
ヨゼフィーネ・フォン・カペルマン。
シュルナウの伯爵家の娘で、活発でおしゃれでミーハーな女の子である。エリーゼと一緒に習っているピアノの腕はまずまず。特技はおしゃべり。
現在、帝都に暮らしている流行に敏感な若い娘なら誰でも共通で、魔王を倒した英雄アスラン
そのヨゼフィーネと一緒に行動している、同じ音楽教室の女子達は、他にもいる。
ヨゼフィーネを加えて四人。それにエリーゼが入って、五人で、週に二回夕方に二時間、音楽教室でピアノを中心に音楽の勉強をしているのだ。
同じ帝国の中といえど、大雪原の田舎、デレリンから出てきたばかりのエリーゼには、他に同年代との人間関係は皆無。彼女達と一緒に、音楽教室で勉強する以外は、家に引きこもってひたすら読書と昼寝で終わってしまうのだ。最初はかなり緊張したが、今では音楽教室は生活の張り合いとして楽しんでいた。
……今回も、音楽教室のヨゼフィーネがきっかけで、エリーゼは、こっそり家を抜け出し
(私からのプレゼントなんて、いくらバレンタインとはいえ、アスラン様が受け取ってくれるわけがないし、相手にされるわけもないけど、友達との約束だもんね。みんながやるっていってるときに、やらない訳にいかないもの。これは、恋愛の問題じゃなくて友情の問題なのよ。そうよ、だから、遠慮することなくアスラン様の好きそうなものを……ものを……)
そこで、15歳の引きこもり娘、エリザベート・ルイーゼは考え込んだ。
(アスラン様の好きそうなものって、なんだろう……………………)
相手は25歳の救国の英雄である……。
しかも、自分がアスランのためにプレゼントを選ぶだけでも緊張するが、それを渡すところを想像しただけで、顔が真っ赤になって火を噴きそうになってしまう。慌てて想像を取り消しながら、エリーゼは心の中で言い訳をたくさん考えている。
とにかく、自分なんかが、アスランにバレンタインのプレゼントなんて図図しいし、釣り合わないし、はなから相手にされないだろうけど、音楽教室の仲間みんながやるといってることを、一人だけやらないわけにはいかないのだ。もしそんな逸脱行動を取ったら、一発でグループを追放されてしまうだろう。
皆、アスランに夢中なんだから。
だから、皆の空気を読んでいる、アスラン様に心のこもっていることの伝わる、素敵なプレゼントを今から準備しなくては。
これは恋愛感情とか、ましてや出し抜くとか、そういうこととは何の関係もないんである。友情の問題なんだから。
私何にも悪くない!
親には嘘ついて勝手に馬車動かしてるけど……。
どういうことなのかというと。
事の発端は、先月、一月に起こったアスラン暗殺未遂事件にさかのぼる。
その際の下手人が「バルバラ」であった。諸事情あって、細かい事は省くが、「バルバラ」という大人のセクシーな女性の外見を持つ犯罪者であったのだ。
バルバラはそのセクシーさを利用した手練手管で、アスランを籠絡して殺そうとして失敗。
正体も何もかもばれてしまい、処罰を受けたのだが……。
そういう、暗殺だの殺人だの拉致だのという情報は、貴族社会ということもあって、情報が隠蔽されてしまう。ましてや中学生程度の女の子達には、手の届かない情報なのだ。
ヨゼフィーネの中では、アスランに不埒な接近を行った「バルバラ」はまだ生きていた。15歳で中学三年生とはいえ、アスランに夢中で、自分たちこそが一番アスランを愛しているし応援している!! と思い込める程度に世間の狭いヨゼフィーネ達は、アスランがバルバラに迷わないように予防しなければと思い立ったが最後行動を起こさずにいられなくなったのである。
それがどうしてかウェリナの祝祭日作戦となった。
祝祭日当日までにみんなで素敵なプレゼントを用意して、アスランの住むのジグマリンゲン邸に押しかけようというものである。そして自分たちの気持ちを告白し、バルバラなんかに迷わないでといってくるというものである。
あんまりにも完璧にストレートだが、かえって、何をしたいのかよくわからない。
だが、他のアスランに夢中……というより、リュウや
みんながそうして盛り上がっている時に、一人だけ冷めた行動を取ったりしたら、中学生ぐらいの女子の連帯感でどうなるかというと、前世のネット炎上の時によく知っているエリーゼは、そういう空気の読めない行動を取る気はなかったし、心のどこかでアスランにバレンタインのプレゼントを贈れる事を喜んでもいた。
彼女の常識では、ヨゼフィーネ達は、プレゼントぐらいは受け取ってもらえるかもしれないが、大人達からは歯牙にもかけてもらえないだろうというぐらいわかっていたが、だからといって止める気も起きなかった。
そういうわけで、エリーゼは、今日、シュルナウで一番栄えているとされる、現代日本で言うショッピングモール、
本当なら、他の女の子達と一緒に来たかった。
だが、デレリンの中学校をスキップ卒業して、一月からシュルナウに暮らしているエリーゼと、現在シュルナウの他の中学校で勉強しているヨゼフィーネ達とでは、生活時間に差があり、そのぶん、妙に気を遣い合う距離感があった。
そのため、こういう形になったのである。
……というか。ここからが最大の難点で悩み所なのだが。
音楽教室のヨゼフィーネ達は、あくまで英雄アスランのファンであり、仲間うちでは盛り上がるものの、アスランの知り合いでもなんでもない。
それに対してエリーゼは、先月、アスラン暗殺未遂事件に複雑な形で関与し、既に顔見知りどころか、結構、色々なやりとりがあった上で、エリーゼの方からアスランに告白までしてしまっているのである。……それを、音楽教室の親しい女の子達は、知らない。もしも、ヨゼフィーネ達がそれを知ったら……エリーゼのことをどう思うだろう。今まで通り、仲の良い友達でいてくれるだろうか?
「ここでいいわ。とめて」
エリーゼは、
「一時間ぐらいで帰ってくるわ。あんまり遅くなるようだったら、ジェムで連絡を入れるから、待っていてください」
御者にそんなふうに頼んで、エリーゼは馬車を降りた。
根暗な引きこもりにはあんまりにもキラキラした、華麗で清潔で流行とおしゃれに満ちた空間に、これからエリーゼは一人で突撃するのである。
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