第12話 甲とジークヴァルトとアスランと

 そもそも、何故にきのえは、近衛府から軍事機密のエア・ヴィークルを盗んで爆速しているのか……?

 エリーゼはそこが気になった。

 アスランはどうやらその事情を、エリーゼよりは把握しているようだが……そうでなければきのえをエア・ヴィークルで追い回したりしないだろうし……。


 何がどうしてそうなっているのか?

 エリーゼは聞きたかったが、目の前で激しくアスランときのえがいがみ合っているために聞くに聞けない。


 エリーゼの鞄を返せ返さない謝れ謝らない何それ何がしたいのお前に言いたくない言えない何があるんだ何もねえお前が悪い何が悪いっていうんだ誰が決めた何時何分何曜日!?


 正しくそんな調子である。

 元から、原作内で、二人の仲が悪い様子は何度か出てきたが、まさかここまでとは思ってなかったエリーゼは、唖然として、全く口を挟めない。

 25歳のいい男達が、「何時何分何曜日!?」とか激しく言い合っている所を見るハメになると思わなかった。


(あうう……せめて、私の鞄をネタにしないで欲しいなあ……返してくれればいいだけなのに……)


 ちなみに、きのえが近衛府に潜伏し始めたのは、三日ほど前からで、元を正せば、近衛府のジークヴァルトの動向を探るためである。

 ジークヴァルトが、今度こそ、アルマ姫を口説き落とそうとするんじゃないかと思って気を回し、相手の様子を窺う事と弱点を暴き出すために潜り込んだのだ。


 隠形の術など、忍術を駆使して、ジークヴァルトのストーキングをした結果わかったことはいくつかあるが……。

 そもそも、ジークヴァルトが、アスランのストーカーじゃないかということに、きのえは気がつかざるを得なかった。


 そのへんがややこしいのだが、ジークヴァルトも中将ではあるものの、彼は、魔大戦においてどこで何をやって何の業績を上げたのか、というのが、凄く問題であるらしい。

 かたやアスランは、魔大戦において、皇帝じきじきに、魔王の首級をあげよ! と言われ、皇家の女性まで率いて魔界の魔王城に突撃し、実際に首級をあげて帰ってくるという大活躍ぶりなのだが、ジークヴァルトはそのとき何をしていたか--。


 帝都防衛、死守していたといえば聞こえはいいのだが、正直、エンヘジャルガル皇后の張った結界をさらに守っていたというだけで、それらしい手柄はほとんど立てていないのである。

 ビンデバルド宗家の方が、アル・ガーミディ皇家の血を引く王子を戦争に出したくなかったらしく、名誉職という名の窓際に常に置物にしていたのであった。

 それとは別に、ジークヴァルトは、きのえの知っている限りでは、風魔法の使い手としても、頭脳でも健康面でも、問題は全くない。能力のある王子を、宝の持ち腐れにして魔大戦という格好の場でも出さなかったのはビンデバルド宗家である。


 それで、宗家の七光りで近衛府の中将になれたはいいが、よりにもよって同格に、アスランとその腹心の親友フォンゼル。


 気にしないバカはいないだろうし、気にしても気にしなくてもバカである。

 結果、ジークヴァルトはアスランのスプーンやフォークのあげさげまで気になるらしく、常に彼が視界に入るようにべったりくっつき、隙あれば文句、隙がなくても文句、たまに離れている位置にいたとしても、アスランの弱点とか欠点がよほど気になるらしく、何か文書にまとめたり、彼の股肱とアスランに関してブレーンストーミングしたり、本当にろくでもないのであった。


 つまり、近衛府に張り込んだきのえは、はからずも、ジークヴァルトのアルマ愛ではなく、アスラン憎悪の方に遭遇し、その憎しみのストーキングの構図は大体こうなってしまった。


アスラン<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<ジークヴァルト<<<きのえ


 もっとぶっちゃけて言ってしまえば、アスランのストーカーをしたい訳ではなかったはずだが、ジークヴァルトのストーカーをするとやたらアスランの側にいて、アスランにすっかり詳しくなってしまったのである。


 そして、そのアスランが、同期の仲間のフォンゼルと、何をしていたかというと、それがエア・ヴィークルの操縦訓練なのである。極秘のやつ。


 ジークヴァルトも一緒にやっていたが、どうしても、アスランの方が戦場の場数を踏んでいる分、度胸もいいし勘所もいい。次に操縦がうまいのがフォンゼルで、アスランほどド派手で豪快な事はなかったが、小回りがきく丁寧な運転が出来ていた。


 きのえも近衛府の軍事機密であるエア・ヴィークルには、いたく興味を持ち、三人の訓練の場を間近でしっかり見ていたのである。それで見よう見まねの運転が出来るようになったのだ。


 そうやって、ジークヴァルトを張り込む事三日。ジークヴァルトがアスランを監視すること、通常運転。

 ついに三日目、隠形の術を張っていたにも関わらず、きのえは見破りをかけられた。見破りをかけたのは誰あろう。近衛大将ベッカーマンである。


 常人オルディナの普通のおっさんがどうして自分の存在に気がついたのかわからないが、エア・ヴィークルの仕上がりについて、大将の司令室に呼ばれたアスランのあとをこっそりジークヴァルトがついていき、ジークヴァルトの背後を隠形の術でついていったきのえが、どういうわけか、司令室の中から怒鳴られたのだ。


「廊下に曲者しのびがいるぞ! 誰だ!!」

 

 慌てて逃げ出したきのえだったが、近衛府の中を人海戦術の憂き目にあい、隠形の術が剥がされた。そうなると、一気に有利になるのがアスラン達である。アスランが中心になってきのえを追い回してくれたので、逃げようと思って、たまたま逃げているうちに迷い込んだ倉庫の中からエア・ヴィークルに飛び乗って、一挙に飛び出ていったのだ。2~3人、兵士を吹っ飛ばしたかもしれない。


 そうなると、軍事機密を回収しなきゃいけないわけだから、アスランがエア・ヴィークルに乗って追い回した。


 きのえの方は初めてエア・ヴィークルを乗るという事もあり、かなり荒い運転をして……その途中で、エリーゼをかすって、鞄をエア・ヴィークルの尾の出っ張りに引っかけて突っ走ってしまったということらしい。



 無論、アスランは、ジークヴァルトが、アルマ姫に手を出そうとしている話など知らないので、きのえが、ふざけて遊びに来たぐらいにしか考えていない。それで、余計に怒っているか、怒っているように見せているらしかった。


 全体的にそんな話はわからないエリーゼは、自分の鞄が原因で、人がいがみ合っているのを見て狼狽え悲しむしかなかった。

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