第10話 鞄没収?

 そうこうしているうちに、エア・ヴィークルを一気に旋回させたきのえがこちらに接近、それも急接近。


(ギャー!)

 エリーゼは心の中ではしたない悲鳴をあげた。

 そうというのも、いつもの忍び装束のきのえは、エア・ヴィークルのチェーンから完全に両手を離し、まるで自転車の立ちこぎのような格好で、こちらに向かって忍術の印を切っていたのである。

 恐い! 見ているだけで恐い!


「くっ」

 アスランは真顔で、急接近してくるきのえのエア・ヴィークルをかわすために、自分のエア・ヴィークルのチェーンに魔力をこめて、上空に昇って逃げ切ろうとした。


 それより先に、きのえの火遁忍術が発動。複数の火の玉が忽然と現れ、アスランの方に襲いかかってくる。


 アスランがチェーンを握りしめる。

 そのとき、エリーゼが超光速の早口で、「冷風」の呪文を唱えきった。非常に寒冷な風が火遁忍術の火を片っ端から消していく。


「……エリーゼ? なんだ、今のは」

「あ、……あ、あの……」

 咄嗟にアスランを庇うためだったエリーゼ。

 しかし、今のは自分の極秘のチート能力に関わる事であったため、口ごもるしかない。


 それが、アスランには、エア・ヴィークルの揺れで舌を噛みそうなだけではなく、感情面でよく話せないように聞こえた。


「エリーゼ、恐いのか?」

「あ、……は、はい……」

 今更ながらにそんなことを聞いてくるアスラン。

 そうこうしているうちに、一端、エア・ヴィークルでアスランの側を横切っていったきのえは、また空中で旋回して向きを変え、急激にこちらに機体を寄せてきて、今度は手裏剣を召喚して空中からぶっ放し始めた。


 なるほど、幻影ではなく、亜空間から召喚した手裏剣だったら、魔法で簡単にかき消す訳にもいかないだろう。


 するとアスランは、エア・ヴィークルの機体をさらに上空に一気に上り詰めさせていった--。

 地上を離れる事、100メートルぎりぎりぐらいまで。

 今ほど、エリーゼは、自分が高所恐怖症ではないことに感謝したことはない。


 高度を変えられた事により、手裏剣は全てかわした。


 きのえは当然のように追いかけてくるが、アスランの方が早い。


 恐ろしい速さで、アスランは……きのえの追撃をかわし、シュルナウの北東にある苹果林アプフェルハインの方を目指して走り出した。


「あ、アスラン様?」

「エリーゼに恐い思いをさせるつもりはない。アンハルト侯爵のところに送り届けてやろう。そのあと、必ず、エリーゼの鞄を取り戻してやる」

 エリーゼはアスランの切り替えの速さに驚いた。だが、エア・ヴィークルでこのままきのえと乱闘を続けるのもどうかと思った。


……だが、軍事機密のエア・ヴィークルでいきなり養母の前にタンデムで乗り付けたらどう思われるか、貴族の令嬢としても考えた。


 一瞬にして、パニック。


「待て!! アスラン!!」

 そのとき、きのえが、アスランとエリーゼを猛烈に追撃してきた。忍術を駆使しながら、自分たちの背後を狙ってくる。


 そのときになって、エリーゼはきのえの機体をよくよく観察してみた。案の定、機動軍馬ヴィークルの尻の部分の、何の役目をしているかわからないが、出っ張りに、自分のトートバッグが引っかかっているのがわかった。中身の図書館の本やプレゼントは無事だろうか。


きのえさん! それを、返して下さい!!」

「……何」

きのえさん! 機動軍馬ヴィークルの後ろに、私の鞄が引っかかっているんです。それを、返して欲しいだけなんですよ!!」


 きのえはまたしても、立ちこぎの姿勢になって、機動軍馬ヴィークルの後ろを確かめた。魔法を使えるからといって、この上空で凄い度胸だ。そして、エリーゼの茶色と紺のトートバッグを手に取ると、一瞬、考え顔で首を傾げた。


「これ、エリーゼの鞄なのか?」

「はい……アスラン様が、取り返してくれるって仰ったから……」


「アスランが」

 自分が何で、エリーゼの鞄をケツに引っかけて走っていたのか、きのえは覚えがないらしい。だが、アスランが凄い形相でエリーゼを連れて追いかけてきた理由はわかった。


「没収」

 そこできのえはそう言った。


「返して欲しければ、力尽くで奪ってみな♪」

 実に楽しそうに余裕をこいて、そんなことを言い出すきのえであった。


「何だと!!」

 アスランが怒る……のも当然だったが、大体、予想の範囲内であったらしい。


「ど、どうして……」

 エリーゼは、愕然とする。鞄の中に入っている、図書館の本や財布やプレゼントも気になるが、なんで。


 25歳の大の大人が、15歳の女の子の鞄ひったくって、没収して、恥ずかしくないんだろう……そこが凄く気になるのだった。


 きのえの方は、アスランの事を実に嬉しそうに眺めながらこう言った。


「アスラン! どうしてもエリーゼの鞄を返して欲しければ、そこで三回回ってワンと言え!」

「誰がやるか! そもそも、エア・ヴィークルの上でどうやって三回回れっていうんだよ!!」

「そこを何とか工夫しろよ。頭使え!」

「お前の頭に犬耳を釘で固定してボコってやるからその頭こっちにヨコセ!!」


 何がなんだか訳のわからない喧嘩が始まった。何はともあれ、エリーゼは……クラロリ姿で真冬のシュルナウの上空100メートル……寒くて仕方なかった。

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