第9話 追いかけっこ開始
毛糸玉については、エリーゼは、簡単なパターンだったら編み物も、刺繍も出来る。元はハルデンブルグ伯爵家の一人娘として、母ディアナに基本的な刺繍は教わっていた。また、前世の記憶の中で、姉の友原のばらに、マフラー程度の編み物だったら出来るように訓練されていた。
それはアンハルト侯爵家でも求められる能力らしく、養母のゲルトルートが、夫のハインツの目から隠れて、最近しきりに編み物をしていることにエリーゼは勘づいている。恐らく、ハインツに、手編みのマフラーかセーターか、そういうものをプレゼントする気なのだろう。ウェリナの祝祭日に。
何しろ
そんな、夫にぞっこんな調子のゲルトルートの馬車に何の連絡もせずに--夫への愛情がそうなのだから、養女のエリーゼも大変に愛して可愛がっているゲルトルートなのに--
エリーゼは、ふわふわの銀髪のお下げを振り回すようにしながら、空中をエア・ヴィークルで駆け抜けていた。
エリーゼは銀色の腰まである長髪を、左右で二本の三つ編みにしているのだが、アスランが、
さらに、エリーゼの装備……というか着ているもの。
アスランの方は冬用の厚手の動きやすい軍服上下にブーツ、それに革手袋という出で立ちだからまだいいのだが。
エリーゼが着ているのは、一言で言うとクラシカルロリータ。それも冬物。
お花がひらひら~。フリルがフリフリ~。重たげなロングスカートにペチコート。
どれもエリーゼの目の色に合わせた鮮やかなライトグリーンに、深緑のコントラストを入れている。
そんな格好で、エア・ヴィークルの後部に乗って前の男にすがりついているのだから、恐怖を感じないはずがない。
しかし、こう見えても、エリーゼは貴族の令嬢である。神聖バハムート帝国において、名のある貴族は魔法が嗜みであった。経済的な地盤がなければ到底習得出来ないとされる魔法の勉強。
裏を返せば、魔法が強いということは、それだけその実家が羽振りが良くて権勢を誇っているというシンボルになる。
アンハルト侯爵家に引き取られる前から、エリーゼは魔法においては優秀な成績をおさめていた。
だが。
何しろ、エア・ヴィークルが揺れるために、舌を噛みそうで呪文を唱える事が出来ない。とにかく、揺れるたびに振り落とされまいと、エリーゼはアスランの背中から腹に腕を回してひっついてしまう。
「よし。エリーゼ、しっかり捕まっていろ。ここからもっと……飛ばすぞ!」
(ええええ!? お、お養母様にばれたらどうしよう。こんな帝都の上空を飛び回っていただなんて。従者から見えているかもしれないし。お養母様、私、悪気があってしていることじゃないですー!!)
※ ゲルトルートはエリーゼがいないのをいいことに屋敷の居間で必死こいてハインツへのセーター編んでいる。
アスランは口の中で何やら風の呪文を唱えた。
思わず聞き耳を立てるエリーゼ。
そこで、アスランは、暴風の呪文を唱えきると、前方を走る
「あああ、アスラン様ーッ!!
「大丈夫だ。これぐらいで死にはしないだろう」
「し、死なないって、ここ上空何メートルですか!? いきなり後ろから
ちなみに、エア・ヴィークルは、地面近くを浮いて滑走することも出来るが、上空100メートルぐらいまでなら難なく飛んで、上下左右、自由に旋回することが出来る。
エリーゼの目測では、帝都の帝城付近、立ち並ぶビルの間をびゅんびゅん飛ばしている訳だが、3~4階ぐらいの高さは超えていると思えた。
その、帝城付近--言い直すと都心の上空のビルの間をかいくぐって鬼ごっこをしながら、攻撃魔法をぶっぱなしていいものだろうか。
「いや、
「かわしたから大丈夫ってもんじゃないと思います! アスラン様!! シュルナウでは攻撃呪文を使うのは厳禁になっているはずです! 処罰されたら……」
「俺は近衛府の軍人だから関係ない」
そうだった。
一般庶民や、ただの貴族は、町中では攻撃呪文に分類される呪文は一切使ってはいけないという法律がある。だが、例外は軍人と警察官で、この両者は、時として自分の判断で攻撃呪文を使ってもいいことになっている。考え方によるが、近代においても--無礼打ちというのはあるのだろうか?
そんな感じに、使っていいのだ。
(
エリーゼはそのことが気にかかり始めた。
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