第8話 毛糸と玉突き事故の行方
アルマース・リーン・アル・ガーミディ。
神聖バハムート帝国皇帝アハメド二世とその正妃エンヘジャルガル皇后の間に生まれた第一皇女。
紛れもない皇位第一継承者である。
狼の
きょうだいはいないが、父方の従姉の双子の姫と、帝城の中の同じ皇女宮に住んでおり、非常に仲が良い。特に双子姫の姉に当たるイヴ姫からは溺愛に近い愛情を受けている。
性格は極めて男前、そこらの騎士よりも勇猛果敢で熱血、竹を割ったようなさっぱりした人物だともっぱらの評判だ。
そのせいもあってか一人称代名詞は「俺」。
普通に考えれば、皇位継承権のある女性が公でも自分の事を「俺」などと言ったら大問題なのだが、アルマの場合は奇妙なことに、彼女の持ち前の雰囲気や能力故に、許されている部分が大きい。
何と言っても、アルマは魔大戦において、魔王城にアスランや双子の姉とともに突撃し、アスランが魔王の首を切り落とすために必要なトスの連携攻撃を撃つほどの刀剣の達者であった。
いずれ、アハメド二世の次期皇帝として軍事や政治のトップに立つように教育されてきて、自らも矜持を持ってそのための努力をしてきたアルマ姫。
その能力もオーラも軽んじられる部分はないのだが、どうしても、彼女は--
裁縫や編み物や、手先をちまちまと使う、「ちまちまを楽しむ女の子の遊び」が大の苦手であった。
それこそ、帝国学院の小学校時代、「リリアン編み」がクラスで大流行した際に、クラスで一番短くプッツン切れたリリアンを編んだのがアルマ姫である。
誰も、笑いはしなかったけど。なんといっても、皇女様だし。
リリアンもろくすっぽ編めない17歳が根気よく、毛糸玉転がして数ある紋様をパターン化したマフラーやセーターを編む……訳がない。
そもそも、アルマ姫には現在、意中の男性もいないのだ。
そういうわけで、アルマ姫は、ジークヴァルトから貰った毛糸玉を、自分の客間のそのへんに転がして、そのまま忘れてしまったのであった。
そんな暇があったら、父親がつけた家庭教師と一緒に研鑽に励んだり、父親の後をついて回って、(皇帝の仕事の)社会科見学したりに明け暮れていた。
要するに、通常運転。
花も実もある十七歳なのだが、彼女の目標や興味は目下、いつか自分が継ぐべき帝国の方にばっかり向いていた。
しかし、
アルマ姫は、毛糸玉を客間のソファに転がしたまんま、すっかり忘れて、我が道を行ったのであるが。
アルマ姫が転がしておいた毛糸玉が、ビンデバルド宗家のジークヴァルトの贈り物であることが問題であった。
もしも、アルマ姫が、もっと身分の低いどうでもいい人間から貰ってうっちゃっておいたものであったら、侍女がさっさと掃除をしたり、あるいはアルマ姫本人に尋ねてからしかるべき処分をしただろう。
だが、侍女の方から見て、アルマ姫は毛糸玉にもジークヴァルトにも、全然興味があるように見えなかった。だが、ジークヴァルトから貰ったモノを、そこらにうっちゃっておいたら何を言われるかわからないのは侍女である。
かといって、アルマ姫に、「ジークヴァルトから貰った毛糸玉をどうしましょう」と尋ねて、不興を買うのも嫌だった。アルマ姫は、侍女にイチイチ機嫌を悪くしたり八つ当たりするような性質では全然ないのだが、それでも、「ジークヴァルトから貰った編み物をしろといわんばかりの毛糸玉」の話題を、恐れ多くも帝国皇女にふっかけるのは勇気がいった。
それで、侍女達はどうしたのかというと。
客間の見える位置の棚に、綺麗な毛糸玉を、飾っておいた。なんかちょっとファンシーで女の子っぽい感じにして。
……。
ちなみにアルマの私兵である
編み物は出来ないけれど、結構いけてる彼から貰ったプレゼントは大事にしてますといわんばかりに?
(おい、ちょっと待て、姫……相手はビンデバルド宗家のジークヴァルトなんだぞ。そんなことしていいと思っているのか!?)
即座に毛糸玉を奪い取って火遁の術で燃やし尽くしたい気もしたのだが、そこは大人としてこらえる
彼は彼として、大人の忍びらしく--近衛府勤めのジークヴァルトのストーキングを始めることにしたのである。バレンタインに向けて、アルマ姫の貞操が危険だと彼のセンサーが反応したのであった。
自分の上官で帝国皇女に手を出そうとするならどんな仕打ちが待っているか、彼には学習して貰うべきである。
そしてそこから玉突き事故で、ジークヴァルトのストーカーをするために近衛府に潜り込んでいたら、なんかうっかり軍事機密のエア・ヴィークルに乗って暴走して、エリーゼの鞄引っかけてアスランに追い回されるハメになったのであった。
元を正せば、数個の毛糸玉……。何の玉突き事故なんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます