第7話 紅魔人の祝祭日


紅魔人ブレス地獣人モフと同じぐらい独特の伝統と文化を持っている事は知っている。地獣人モフと同じぐらい、我が国では少数派な事も同じだな」


 3/4地獣人モフ、1/4風精人ウィンディの血を引くアルマ姫は、慎重な様子でそう答えた。

 地獣人モフである自分に言いたい事があるのだが、婉曲的に、紅魔人ブレスの話題を使っているのかもしれないと、考えているようだ。


「そうです。どこの種族もそこだけの伝統と文化を持っていますが、紅魔人ブレスは特に猛々しく気位が高い事も相まって、自分たちだけの神話を守ろうとする傾向が強い。将来的に、地獣人モフと同じぐらい種族問題が表面化するかもしれません。それだけに、紅魔人ブレスの文化に興味を持ったのです」

 ジークヴァルトは真面目な表情でそういった。


紅魔人ブレスが、火の気性で、攻撃性が高くて誇り高い事は知っている。彼等には愛の女神のウェリナの祝祭日はどういうものなのだろう」

 アルマは至極素直に頷いて、自分が紅魔人ブレスにおけるウェリナの祝祭日をよく知れない事を認めてしまった。


 ジークヴァルトは優しく微笑んだ。女性皇太子の身で、突っ張って生きてきただろうアルマ姫が、人前で自分の知らない事を認める仕草がとても可愛らしく思えたらしい。

 きのえはそのジークヴァルトの笑顔に蹴りをぶちこみたくて仕方なかったが、ぐっとこらえた。


紅魔人ブレスは北方に多く分布する種族だという事はご存じですか?」

 ジークヴァルトの言葉にアルマは頷いた。


「知ってる。かといって、アストライアの南方に紅魔人ブレスの部族がいないわけでもない。本来、南方に暮らしている地獣人モフであっても、北方のガザル自治区に住んでいる事だってある」

「そう、その通り」

 ジークヴァルトは嬉しそうに頷いた。


紅魔人ブレスも南方にいる事はあるのですが、やはり本拠地は北極圏に近い北方なのですよ。そのためか、紅魔人ブレスは二月のウェリナの祝祭日には、暖かい着物を贈り合うんです。もしくは温かい食べ物か、その材料」

「なるほど。北方の寒さは半端なものではないと聞いている。二月ならば、それこそ凍り付くぐらいに寒いだろう。それで、あたたかいプレゼントをするのか」

「そのためか、意外に思われるかもしれませんが、好戦的に見える紅魔人ブレスの女性達は皆、編み物や縫い物が得意なのですよ。二月の祝祭日に向けて、手の込んだ紋様の編みこんだり、縫い物に謎かけを作ったりするんです」


「謎かけ?」

「はい。今はそれほど盛んではないようですが、午前中までに謎かけを含んだ模様やデザインの、暖かい服をプレゼントするんです。それをすぐに開封し、祝祭日の午後のうちに謎をといて、返事をする。謎かけは、紅魔人ブレスの文化にある様々な柄や紋様の意味がわかっていれば、造作なく解けるようです」

紅魔人ブレスだけの模様のデザインというのは、そんなに何パターンもあるのか? 面白そうだな」

「はい。雪や氷と同じぐらい炎のデザインが何十個も……下手をすると百近くあるそうです。そのほかにも北方ならでは動植物や、それぞれの部族の紋章や、本当に奥が深い世界のようで、研究者も最近注目しているようですよ」


「へえ……!」

 強い興味を感じたらしく、アルマ姫は毛糸玉を手に取っているジークヴァルトに向かって身を乗り出してきた。


地獣人モフにも、似たような文化はある。地獣人モフも、柄や紋様にはこだわるけれど、何より”結び”にこだわるんだ」

「結び?」

「糸や紐の結び方が、地獣人モフには何百パターンもあって、その結び方一つで、相手への気持ちやあらゆることへの信号弾を送る。特に女性達はそういう事を凄く気にする。俺も、母上に”結び”のことは随分教わった。何しろ、地獣人モフの女の伝統だからな」


「そうだったんですか……」

 勢い込んで地獣人モフの文化の事を語り始めたアルマにジークヴァルトは驚いているようだ。


紅魔人ブレスは編み物か。青龍人ドラコ空翼人エアリーにもそれぞれの、得意とする女性文化があるんだろうな。そういうことをよく知って、お互いに知り合って、互いを生かし合う未来が来るといいな」

 あくまで理想論とわかっていながらも、アルマは思わずそう言っていた。


「それは素敵ですね」

 17歳の姫君にあわせてそう言ってから、ジークヴァルトは覚えずといったように咳払いをした。

「そういうわけで、紅魔人ブレスは毛織物の衣装や小物には大変気を遣うようで、ウェリナの祝祭日にはその文化独特の柄や紋様で謎かけを行い、午後には返事を貰う、その場合も、暖かい小物やお菓子などを使って、あくまでおしゃれなやりとりをするそうなのです」

「謎かけって、そんなたくさんあるのか?」

「まあ……ウェリナの祝祭日ですから、それは、女性から男性に暖かい服を送りながら、模様の中にこっそりと、”私の事を好きですか?"と尋ねるようなパターンが、一番多いでしょうね」


「それならわりと単純な図案で出来そうだな。あまり凝らない方が、よさそうだ」

 シンプルな性格のアルマはそう言ったのだった。


「興味を持たれましたか?」

「うん!」

 そこは勢い込んで頷くアルマであった。元々、好奇心旺盛で向上心の高い性格であったし、地獣人モフに”結び”の文化がある以上、紅魔人ブレスの”編み込み”にも共通点や面白い事がたくさんありそうな気がしたのである。


「よろしければ、これを」

 まんまと祝祭日を前にアルマ姫の興味と関心を買い込んだジークヴァルトは、アルマ姫の前に、綺麗で派手な赤やピンクの毛糸玉を、いくつか手渡した。


「何だ、これ」

「もしも、紅魔人ブレスの編み物について興味をもたれたのなら、毛糸で実際に作ってみてはいかがでしょう?」


(そうくるかーッ!!)

 苛々しながら話を聞いていたきのえは、あまりにあからさまなジークヴァルトの作戦に噴きそうになった。

 要するに、アルマ姫に紅魔人ブレスの文化を教えて、何をしたいかというと、彼女の方から毛織りの小物か衣装をせしめたいということらしい。毛糸玉ぐらいは出すから。


(そんな、十日やそこらで、あっさり、紅魔人ブレスなみの編み物が出来る訳あるかよッ!! そのために侍女がいるんだろう、と言いそうだけどな!!)

 あまりの図々しさに頭がクラクラしてくるほどであった。


「そ、そうだな」

 アルマ姫は妙に引きつった笑顔でそう答えた。


「柄や紋様には色がつきもの、色にも色々な意味がありますので、調べてみるといいですよ」

「ああ。それは面白そうだ」

 隠形の術を使って息を潜めて隠れているきのえの目の前で、赤やピンクの毛糸玉を受け取りながら、アルマ姫は楽しそうに笑っている。


(姫ッ……毛糸玉の色に気づいて……赤やピンクっていったら、普通は……まして、ウェリナにまつわるんなら……それは、恋愛色ッ!!)


 鈍感系のアルマ姫の対応に対してぶち切れそうになりながら、きのえは……。

 ジークヴァルトが立ち去った後、アルマには見えないところで、彼の踏んだ床に塩をまいたのであった。

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