第5話 コロコロコロ~ッ……
どういうことなのかというと、エリーゼは、今朝、家を出て馬車に乗る時に、養母ゲルトルートに「図書館に行って勉強してくる」と嘘をついたのであった。
実際に、図書館から借りた本で期限が迫っているものを鞄に入れながら。
帝国学院高等部の教科書が、送付されてきた直後だった事もあり、ゲルトルートはてっきり図書館で、高等部の教科書を読んだり参考書を探したりするんだろうと思い込み、快く自分の従者を御者にして貸して、馬車を使わせてくれたのでる。
全く、中学生ぐらいの娘が使いそうな小賢しい手なのだが、その後エリーゼは従者を丸め込んで(ひたすら頼み込んで)、帝城よりずっと西の
後は黙って、返却期限の近い本を返し、そこらのおすすめの本を1~2冊すぐ借りて、馬車に戻って、飛ばしてもらえば、養母をごまかすことも出来るしアリバイも作る事が出来る。
以前のエリーゼだったら、養女であることを気にしすぎて、養母に嘘をついてごまかすなんて出来なかったのだが、一月の大事件で冒険をしたこともあり、その後、ミカエリス音楽教室で年頃の女の子達とわきゃわきゃ遊んでいるうちに毒されて、そういう悪戯の範疇に入る悪さをするようになったのだった。
帝城の図書館にはよく来て、実際に、しばらく勉強することもある。そのため、もう手順も本の位置も大体把握しており、エリーゼは図書館に飛び込むようにして入ってくると、手前の「今月のおすすめの本」からめぼしい本を2冊抜き取り、早足でカウンタに回り込んだ。持ってきた本を返却し、めぼしい本2冊をすぐに貸し出して貰うと、お礼を言って、さっさと図書館を後にする。
あまりにも時間がかかるとゲルトルートが不自然に思うだろう……そう思って、図書館の周りの生け垣に埋もれるような小道を歩き、脇目も振らずに帝城の手前に停めてある馬車に戻ろうと急いだ。
それは一瞬の出来事だった。
信じられないような風圧が横から飛んできて、その威力で一発でエリーゼは道路の上にすっころび、そのまま風に押されるようにして、コロコロとプリペットの生け垣の方まで転がっていった。
何がなんだかわからなかった。
何やら巨大な幻獣のようなものが横から飛びかかってきて、魔力の風圧でエリーゼを吹っ飛ばし、そのまま異常な速さで駆け去って行ったというような、そんな幻覚さえ覚えた。しかもそれはかなり、事実に近い。
正解は、
エリーゼは、きゅう、というような声を立てて生け垣の麓に転がっていたが、続いて、追っ手のアスランが生け垣に突っ込んできた時に、彼が寝転がってるエリーゼに気がついて、大慌てでエア・ヴィークルを空中で停め、そのまま静かに地上に降りてきてくれたのだった。
「エリーゼ!? どうした!?」
「あ、アスラン様……!?」
転がっていたエリーゼは大慌てで起き上がり、慌てて砂埃を洋服の膝から払い落としながら真っ赤になった。
よりにもよってこんな変なタイミングで彼に会うなんて。
「どうしてこんなところにいるんだ。大丈夫か!?」
アスランは、よろめきながら何とか立っているエリーゼの側に近寄っていく。恥ずかしさのあまり、エリーゼは反射的に逃げそうになったが、たちまちアスランに捕まってしまった。
「血が出ているじゃないか!」
アスランは、エリーゼの手首を素早く握って持ち上げた。
転んだ拍子にすりむいたらしく、手の甲に僅かに血が滲んでいる。
「へっ!? あ、その、え? あ……」
いきなりアスランに手を握りしめられて、エリーゼは、軽度のパニックに陥った。アスランのそばにいるだけで体温が上がってしまいそうなぐらい緊張するのに、いきなり手を取られるなんて。
「今、治癒してやる」
アスランはエリーゼの手首を優しく握りなおし、もう片方の手をかざすと短いミトラの聖句を一つ唱えた。
みるみるうちにエリーゼのすりむいた傷は治癒し、元通りの真っ白な滑らかな手となってアスランの大きな掌にくるまれていた。
「……あ、ありがとうございます……」
真っ赤になって羞恥のあまり涙目になりながらも、何とか常識の範囲内のお礼を言おうとするエリーゼ。
「他に怪我はないか? 大丈夫か?
「き、
「さっきのは
「いえ、何か……暴風の精霊か幻獣かと思いました……」
思ったままを素直に言うエリーゼであった。
「暴風の幻獣」
アスランはそれを聞いて、一瞬笑ったが、すぐに顔を引き締めた。
「いや、あれはそんなもんじゃない。地獄か魔界のイレギュラーな嵐だ。いらない騒ぎと騒乱のもとだ。暴風という一面については迷惑の度合いをついているが、心ある幻獣に迷惑をかけるのはよくない」
「は……い……?」
基本的に明るくて親切なアスランだったが、
「今回も、
「盗み!?Σ」
「ああ。近衛府の機密であるこれと同じものを……」
アスランは、新品のエア・ヴィークルの方に向かい、その背中を撫でながらこう言った。
「信じられるか? 恐れ多くも近衛府の軍事機密である最新のエア・ヴィークルをいきなり倉庫から盗み出して帝城の中をかっ飛ばして、そのままエリーゼにかすったのに何食わぬ顔で走って行ったんだぞ。違反も違反だ」
「え……ええええ!?」
漫画内でも、どこでも、
「な、何でですか? 何でそんなことを……」
「俺は
「…………」
「忍びは情報だけじゃなく何でも盗み出すからな。エリーゼ、何か盗まれたり、傷つけられたりしていないか?」
「あ、はい」
エリーゼは、言われてみて、自分の持ち物を反射的に点検しようとし、そのときになって気がついた。
鞄がない。
日頃から、図書館用にと準備していたA4サイズのトートバッグがない。その中には図書館の本だけではなく、エリーゼの財布や小物や、何よりも、ラッピングされたアスランへのプレゼントが入っているのだ。
「な……ない!」
思わずエリーゼは悲鳴をあげた。辺りを見回しても探しても、トートバッグは出てきそうもない。
「ないです! 鞄がない!!」
「鞄?」
アスランに尋ねられて、エリーゼはこくこくと何度も頷いた。先ほどまでは確かに、肩から提げて歩いていたのに。そのことを言うと、アスランは即座に言った。
「
「え、でも……」
アスランは自分がエア・ヴィークルに飛び乗ると、エリーゼに向かって促した。
「これから
「わ、私!?」
「早く乗れ。絶対にお前の鞄を取り返してやる!」
そう言われると、エリーゼは恐さも緊張もあったが、おずおずと、ロリータドレスのまま何とかアスランの背後のエア・ヴィークルの背中に乗り込んだ。もしも、
「飛ばすからな。落ちるなよ!」
「え、ええー……!?」
そして、アスランは宣言通りに、エア・ヴィークルを緊急発進して、ぶっ飛ばし始めた。その速度、その高さ、そのハチャメチャぶり……どれを取っても、オタクの引きこもりにとってはトラウマ体験以外の何でもないのであった。
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