第4話 女神ウェリナの祝祭日


 エリーゼはその後、今時らしい流行歌がひっきりなしに流れる、若者向けの街で、自分と同年代の女の子が群がっている店先を順繰りに見て回った。


 時期が時期だけに、どこもバレンタイン目的の商品を並べていたし、若い女の子が群がるモノは、やはりそれだけセンスもよければパワーを感じさせる商品ばかりだった。


 自分と同い年ぐらいの女の子が、日頃何を考えているのか、よく知らないエリーゼは、彼女達のおしゃべりを聞くともなしに聞きながら、色々な店の名前を覚え、品々を覚え、どれがアスランに似つかわしいか一人で一生懸命考えた。


 そこにいる、華麗でキュートな衣装に身を包んだ女の子達は、前だったら、意味もなく恐怖を感じていたのだろうが(ネット炎上していた頃、元いたグループの女の子達とも話せなくなっていた)、今はヨゼフィーネ達、音楽教室の女の子達との交流のおかげで、むしろ楽しそうな子達だと感じるようになっていた。


 女の子達が華やいでいれば男の子達もいる。中学生から高校生ぐらいの男子が、可愛い女の子と手を繋いで歩き回りながら、バレンタインのプレゼントを一緒に選んでいるような場面にも出くわした。


(仲良さそうでいいな。私には無理だけど……ヨゼフィーネさんやルツィアさんには、高校行ったら、ああいう彼氏が出来そうだなあ)

 何故か自分の事ではなく、自分以外の友達の幸せを想像して微笑むエリーゼ。

 オタクの思考回路でありがちだが


※ 自分が当事者だと思わない


 周りの女の子には必然的に起こるロマンスやイベントも、自分にだけは何があっても絶対に起こりえないと、鉄壁ガードを張っている場合が多い。なぜなら、期待するよりも逃げに走る思考が強すぎるからだ。


 いずれにせよ、途中で一度、馬車の従者からジェムの連絡が来る程度に時間をかけながら、エリーゼはやっとの思いで、アスランに渡すブレスレットを購入する事に成功した。


 それはやはり、若いおしゃれな女の子達が長蛇の列を作っていた店なので、のぞいてみたところ、エリーゼも思わず一目惚れしてしまった、洒落たデザインのものであった。

 しかも能力がいい。


 何でも戦いの女神ラナキラの教会と連携を結んで開発した逸品だと言う事で、戦闘になった場合、持ち主の命中率と回避率が大幅に上がるという代物である。それで、元から帝都の騎士には人気商品だったのだが、さらにデザイン性をアップして、その上でどういうコスト削減をしたのか、若い女の子にも手に届く金額にしたところ、当然ながら、バレンタイン前に大ブレイクということらしい。


 騎士の彼氏か、憧れの騎士がいる女子は軒並みこれを購入し、彼にプレゼントしようとするわけだ。

 流行であるし、それに、命中率と回避率が下がるよりは上がった方が嬉しいだろう。

(でも、アスラン様、こんなのいくらでも持っているんじゃないかなあ)


 エリーゼは相変わらず暗い事を考えたが、それでも、周りの女の子達がきゃいきゃいとガールズトークを繰り広げながら次々購入しているのを見て、つられたように自分もそれを買い、店の人間にプレゼント用のラッピングを頼んだのだった。


(アスラン様、喜んでくれるかな……)

 どうしてもそのことが気になる。だが、それは、ミカエリス音楽教室のみんなでいくバレンタイン当日までわかるわけがない。ドキドキするけれど、不安もあって、エリーゼはラッピングのリボンが乱れない程度に、何度もそのプレゼントを指先で撫でていた。




 神聖バハムート帝国は、ミトラ十二神をあがめるミトラ教を国教としている。

 中でも最も勢いがあって崇拝されているのが、主神ミトラであるのだが、他にも男女何柱もの神々が、壮大な神話と神話の歴史を作り上げているのだ。

 

 専門の事は、エリーゼも、神学を大学でおさめた訳でもないのだからわからない。だが、神聖バハムート帝国においては、現代日本における「バレンタイン」は「ウェリナの祝祭日」とされている。


 愛と美の女神ウェリナ。


 彼女はミトラ十二神中、随一の美人で、気立てもよいことで評判である。当然、大勢の男神や英雄から求愛を受けた彼女には華やかな恋愛遍歴がついており、必然的に女性や恋愛にまつわる祝日は、ほぼウェリナのものであった。


 特に、ウェリナの祝祭日は、ミトラ十二神のうち二柱、太陽神アカラと海の神ナイアに争われたウェリナが、どちらを恋人にするか決めた日と言われる。ウェリナの方からプレゼントを恋人に持って行って、告白したとされている。


 問題は、このとき、ウェリナがどちらの神を選んだかということで、そこは、神学上最大の問題の一つでもあった。

 一応、主神ミトラの教会では、太陽神アカラを選んだとされているが、海の神ナイアの教会では、ウェリナは自らナイアを選び、貞淑な妻となったといって引き下がらないのである。

 無論、アカラ教会の方は、アカラの永遠の恋人がウェリナとする立場が強いのだが、カルトな一派などでは、アカラの双子の妹、処女神で月の女神マヒナを、アカラの純潔の恋人とみなす事もあり、何がなにやらわからないのである。


 ミトラ教会が、太陽神アカラと美と愛の女神ウェリナを推しているのだから、神聖バハムート帝国の国民は穏やかにそれを受け止めていることにされている。だが、神話の実際のところは、何しろ人の頭の中から出てきた架空の出来事がほとんどだろうということで、ナイアとウェリナでお祝いする人もいるし、そうでない人もいる、それは神話を解釈した本人の自由ということになっていた。


 ちなみにエリーゼの方は、魔大戦の最中は、田舎の地元のミトラ教会に熱心に通って、戦地の両親の無事を祈り、教会の活動に参加していた。そのため、彼女の頭の中では、アカラにウェリナがプレゼントを持って行って告白したことになっている。その後、神話によっては結婚したというものもあるし、アカラとウェリナは妻問婚で永遠の恋人状態だったとか何とか、異説がたくさんあることも知っている。ちなみに地元の教会では、永遠の恋人説を取っている。

 なぜなら太陽神アカラは、ミトラ十二神の中でも最大規模の恋愛中毒者で、神話全部をひっくり返して彼の恋人となった女性、または美少年を調べたら、一体何百人いるかわからない状態だからだ。

 それで、十二神中随一の美人であるウェリナであっても、本当に結婚出来たかどうかはわからないということになったらしいのである。

(その双子の妹の女神マヒナが大の潔癖症で処女神というのは、何の嫌みなんだろうか……)


 その一方で海の神ナイアは、主神ミトラの兄である事もあってか、なかなか重々しいキャラクターづけで、確かにそこらの姫や妖精などに手を出してはいるが、アカラほど派手ではなく、家庭を持ったら落ち着いて、ウェリナ一人を愛したという説もあり、どっちの方がウェリナにとって幸せなのかは、誰にもわからないとエリーゼは思っていた。


 太陽神アカラは、血筋正しく、天空の神オルと大地の女神アイナの間に生まれた長男で、主神ミトラと同じぐらいの人気と信仰を誇っているし、神々の英雄と言われたらその通りなのだが、女癖がやばい人と結婚するのは大変そうだと思う……。


 何はともあれ、主神ミトラの兄、海の神ナイアと、神々きっての英雄で太陽神アカラが争ったとされる愛の女神ウェリナ。彼女が、本当の恋人に、プレゼントを持って告白した日であるため、神聖バハムート帝国では、二月十四日は「恋人たちの日」と決められ、主に女性から男性に告白する日とされているのであった。


 今日は二月四日。現代日本で言うなら、立春である。エリーゼは神話の事を思い返したりしながら、元来た道をたどり、従者が待っていてくれた馬車に乗り込んだ。


「予定通り、帝城の図書館にお願い」

 親に嘘をついた口実通りに、図書館に寄ってアリバイを作ってから帰るつもりである……。


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