第33話 再起動に成功しました

『再起動に成功しました』


 それはキセナに運ばせた箱の中に入っていたドローンが、エレベーター基部を再起動した際に出るよう設定しておいた通知だ。

 本来なら、作戦行動の最中に出るハズだった。だが機体が蒸発し、地表の観測すらままならなくなったため当然失敗したと思っていた。


(しかし……しかしだ。オレは箱が壊される瞬間を見たか? ビーム兵器の太さはそれほどじゃなかった。スケルトンの頭が一つ入るか入らないか、そんなサイズだ。なら、リューモンが撃たれた時、背負ってた箱まで貫かれていなくても不思議じゃない)


「ねえ、これって……」


 もし本当に再起動できているのなら、コントロールルームで制御できる。

 ユーゴは急ぎ足でガレージを出て、廊下を抜ける。もちろんネオンも引っ付いてくる。


 モニタが忙しなく光っていた。

 通信している。エレベーター基部と。

 3Dマップの上に、大量の情報が載っている。

 ユーゴとネオンは、それぞれ片っ端から読み解いていく。


「動力正常、周辺機能で生きているのは三割ってところか……シャフト中層部はかなり竜骨結晶に侵蝕されてるな。だがこれなら……よし、問題ない。研究開発施設としての機能はほとんどそのままだ」

「うわすっごい……これが有住グループの開発拠点か……スケルトン一機に何本のアーム使ってんの? ほとんど3Dプリンターじゃん、でもってこっちはクリーンルーム? 噓でしょエレベーター直結で操作室がついてる」


 ユーゴが大型端末コンソールへ手を伸ばす。最初はおそるおそる動作確認をしていたが、次第に指が踊るように動き始める。


「ねえ、これって……!」


 ユーゴの顔を覗き込むネオン。


「ああ、作戦は成功していたんだ……!」


 薄暗い室内で、モニタのバックライトに照らされたネオンの顔を、ユーゴは見つめ返した。

 二人は喜びを分かち合うように抱き締め合う。


「やったねアルゴん!」

「ああ……ああ!」


 そこでようやく、ユーゴは目の前にいるのが2RSではなく、生身のネオンであることに気づいた。


「うわあっ!?」


 勢いよく仰け反って、たたらを踏んで尻もちをつく。

 心臓が激しく鼓動している。再起動できた興奮のせいか、ネオンと近づき過ぎたせいかはわからない。けれどユーゴの手は、腕は、胸は、確かに人間ネオンの作る温もりと柔らかさを感じていた。


「大丈夫?」


 屈んで、手を差し伸べるネオン。


「だっ、大丈夫……」


 目を反らし、両手を床について腰を上げるユーゴ。

 俯きがちのまま、言葉を続ける。


「それよりネオン……さん。エレベーターが再起動できたので、次は……」

「うん! 今度は私が、キセのんに相応しいスケルトンを作る番、だね!」


 お任せあれ、とばかりに胸を叩くネオン。


「オレの方も、高AH濃度対策とか、次の作戦立案とか、しておくので……。よろしくお願いします」


 満面の笑みと、力強いサムズアップで、ネオンは答える。


 ユーゴはその姿に、強い生命力エネルギーを感じた。人間とは、こんなに強くなれるものなのか、と思った。そして、自分も強くなりたい、と。

 だから、少しだけ、真似してみた。


 笑顔を作って、拳の親指を立てる。


 ネオンは自然と、拳を合わせた。

 こつん、という衝撃は、ほんの小さなものだったのに、ユーゴの全身に強く響いた。


 雛が卵の殻をつつく衝撃に似ていた。

 ユーゴは確かに、己の中に生命力エネルギーが流れ込んでくるのを感じた。



   ☆



「それじゃあ聞かせてもらおうか。何があったんだい?」


 プラクシス局長室。机を挟んで、男が二人。

 革張りの高級そうな椅子で足を組んでいる紳士そうなスーツの男と、その向かいで両手を腰の後ろで組み、“休め”の姿勢をした若さ溢れるパイロットスーツの男。


 長官と、ミナト・クゼだ。


「竜骨結晶定期採集依頼で、監督員だったカグ・ヒナゲシが正体不明の機体と交戦。竜骨結晶に侵蝕されていたことから、アイツは竜骨機って呼んでたぜ。気になるのは、その竜骨機が居た場所と、そこにカグより先に居た貸出機だ」

「ほう?」

「場所はいわゆるフラスコ山。言わずと知れた禁足地だ。戦闘になった時は三対一、貸出機と竜骨機は共闘してるように見えたが……どうだろうな。その前は貸出機と竜骨機で戦り合ってたと思うぜ」


 長官は机に両肘をつき、顔の前で手を組んで表情を見せない。


「そんでカグが負けそうになったから俺が全機狙撃した。まあ貸出機のオルガノンはセンターに居るからな。そっちで捕まえればいいと思った」


 長官の眉が、僅かに動いたのをミナトは見逃さなかった。さすがにデュナミス次席が負けかけたのは気になるらしい。


「ただ、俺が狙撃したまさにその時、センターで貸出機のオルガノンが拉致られた。急いで捜索しようとしたけど、交通網が乱されておまけにドローンも機能不全だった。見つけられたのは停止したEXSと、それに乗ってた2RSの残骸だけだったよ」


 ミナトは肩をすくめる。


「しかも、センターの映像記録はなぜか破損していてオルガノンの顔がわからない。ネオン・キサラガワって女らしいんだが、カグのやつ、話を聞こうとしてもなぜか言い淀むんだよ。おかげで仮に聞き出せても信用できねえ」

「困ったねえ。つまり回命教が関わっているという証拠は得られなかったのかい?」

「面目ねえ。大見得切っといてこの体たらくだ」


 長官は、笑った。


「はははっ、いや、いいよ。今回は向こうが一枚上手だった。いかなきみでも、一人で達成するには難しい計画だったのさ。これは写真を描いたぼくの落ち度だ」

(それにおそらく、ネオン・キサラガワは偽名……オルガノンの正体はキセナ・ロウインくんだろう。カグ・ヒナゲシを一蹴できる女性オルガノンが、そう何人も居てもらっては困るからね。こんなこと、とてもミナトくんには言えないが)

「それに、成果はあったよ。新型AH兵器の運用試験結果、ずいぶん良好そうじゃないか」

「そいつは俺の手柄じゃねえよ。相棒――シズク・ホシノの手柄だ」


 長官は微笑みを崩さず、椅子の背もたれに体重を預けた。


「心強いお友達だね」

「ああ……アイツは親友だ。だからこの仕事にはあんまり巻き込みたくねえ」

「きみも大変だねえ」

「何とでも言え」

「しかし、これからも一人で続けていくつもりじゃあないんだろう?」


(今回の件で、ミナトくんは、自分一人では難しいことを知った……。いよいよ、アポリアに勧誘する時かな?)


 長官の計画は、次のミナトの一言で空しくも打ち砕かれる。


「ああ、だから仲間にしたいヤツを連れて来てる。呼んでもいいか?」


(仲間にしたいヤツ、だとう?)

「構わないよ。ただし、どうするかはぼくが判断するからね」


 頷いて一度下がり、ミナトは局長室の扉から顔を出して呼んだ。


「入ってくれ!」


(やれやれ、あまりそう簡単に局長室まで人を連れて来ないでほしいものだけどね。ミナトくんの眼識のほどを拝見しようか)


「失礼します!」


 入ってきたのは、ミナトよりもさらに若い、ウェーブがかった髪の神経質そうな少年だった。


「私はコウジ・イシジマ。今年からプラクシスに配属になり、隊長を務めております!」


(きみか……。キセナくんの居た部隊の隊長、サザレイシを自爆させた張本人だね)

「クゼくん。彼とはどこで知り合ったんだい?」


 長官が問いかけると、ミナトは笑いながらコウジの背を叩いた。


「コイツは凄いぜ!? 俺の行動を調べて、自力で今回の依頼に辿り着きやがった! オッサンなら俺よりコイツをうまく使えるんじゃないか?」

(なんともまあ、急な話だね……。だけど、もとから彼には目をつけていた。思い切りがいいとは思っていたけど、まさかこんなに早く僕のもとに来るとはね)

「良いだろう。コウジ・イシジマくん。きみにも世界の平和のために働いてもらおう」

「はっ!」


「まずは次の計画――歌姫護衛計画について話そうか」

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幽骸機復讐計画~Skeleton Breakers~ 九郎 世歌 @youtakurou

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