第28話 横槍

 光の柱に貫かれた竜骨機は、膝をつき、がくりと倒れて、数度斜面を転がった。

 竜骨結晶のあった頭部は、光に当たった部分だけが消滅して、周囲が赤く輝いている。まるで熱線に溶かされたようだ。


(いや――そうなのか!?)


 カグは上を見た。

 空を覆い隠す竜骨杉の枝葉の屋根に、弾痕のような穴が開いていた。穴の周辺は赤熱し、向こうには青く煙る空が見える。

 視線を戻す。残された二機も驚いているらしい。

 竜骨機の方は硬直して、リューモンはすぐさま駆け出して幹の陰に隠れた。


 光条。


 また落ちた。

 もう一機の竜骨機が貫かれ、ばたりと倒れる。


 何が起きたのかはわからない。

 わからないが、奇妙な音はこれじゃない。


 だって、まだ聞こえる。次第に大きくなっている。


(これは、外――)


 次の瞬間、視界のリューモンが弾け飛んだ。幹の陰から出て、空中で身体を反転させている。その機体が、光線に貫かれる。


 同時に、カグの身体は轟音と振動を感じていた。


(何が起こった!? これは、か!?)



   ☆



 エレベータセンターは、天蓋大陸を支える気圏エレベーターを丸ごと覆っている。そのため敷地は広大で、一般開放されたセンターの他にも、大規模配送施設や各種スケルトンの操作訓練施設が併設されている。

 当然、そこには貨物運搬用や訓練用のEXSが存在して、その数は百を超える。運送業者の出入りは多いし、訓練用に至ってはジャンク品、動くパーツを組み合わせたような代物だ。多種多様なEXSが日々動き回り、一応ゲートで通行管理はしているが、効率優先で形だけのモノ。つまり、よからぬことを企む部外者が入り込む余地は十分にあった。


 廃棄物保管庫の片隅に、ひそかに持ち込まれたEXSが佇んでいる。

 そこへ、一体の2RSが歩み寄る。


 忙しなく日常を営む職員は、誰も気づかない。警備員の目を盗むくらいの工作はされている、というコトだ。


(これで俺は、ようやくこのクソみてぇな日々から解放されるっ! やってやる、やってやるよ!)


 操作室で叫ぶ男の声は、しかし誰にも届かない。マイクは切られ、2RSのスピーカーは沈黙している。


 2RSが左脚を上げ、背部からEXSに乗り込む。人間よりも重い機体が乗ったことで、微かに揺れて、EXSが軋む。腕部、腰部を接続し、姿勢をEXSに合わせて屈ませる。


 ブゥゥゥン。小さいながら重みを感じる振動音とともに、EXSのカメラアイに光が点った。



   ☆



 ジュッ‼︎ という、鈍い音が聞こえた。まるで鉄板に肉の脂が滴り落ちたような音だ。

 しかしキセナには、もっと気になることがあった。


(足裏から振動? ヴァリアブルフロアの不調ではない、なら今のは?)

『何、今の!?』


 ネオンの驚愕で、意識をスケルトンに戻す。サブモニターの一つ、人間にとっての死角である右後方をカバーするカメラの映像が白く塗りつぶされていた。

 自動的に補正され、世界の輪郭が戻ってくる。

 頭を失った、槍腕が立っていた。


(いや──光線で、頭から串刺しにされた!?)

 

 キセナは即座に行動に移る。攻撃はおそらく地下ではなく、上空から。角度は僅かに後方。射線から身を隠すべく、竜骨杉の幹へ張り付く。


(あの攻撃の余波がここまで伝わった? まさか)

『なに今のなに今のなに今のぉっ!?』

『竜骨結晶を貫通、蒸発させる光線だと!?』

(二人は気づいていない。伝えようにもこの状況ではっ)


 また光った。

 棒立ちになっていた怒り肩が撃ち抜かれた。


(間違いない。振動は大きくなっているし、これは駆動音! 廊下から?)


 首をひねって後ろを見た瞬間。

 大きな腕が扉をブチ抜いて伸びてきた。


(!?)


 縮地を使って飛び退るキセナ。起動しっぱなしのヴァリアブルフロアが悲鳴を上げる。本来は走っても床から飛び出さないよう、動きに合わせて動く床。その床が吸収しきれない加速度で跳んだのだ。

 だが、それでもヴァリアブルフロアは優秀だ。本来なら一瞬で十メートル近くは距離を詰める縮地でも、崩れた姿勢、振り向きざま、というのも相まって、三メートル程度しか跳べなかった。ギリギリ正面ディスプレイにもぶつからない距離だ。


 一メートルはある掌が迫る。

 その後ろから、縮こまった巨体が壁を壊して部屋へ突入して来ている。


(EXS!? 何をっ)


 広い工廠ならともかく、操作室では逃げ場がない。何よりヴァリアブルフロアに乗っていたのが不利すぎた。


 EXSの掌が、キセナの身体をがっちりと掴んだ。


 急加速。

 身体が前に引っ張られる。

 EXSが腕を引き戻し、踵部ホイールを使ってバックする。

 部屋を出て、また縮こまった姿勢で廊下を駆ける。キセナ自身が連れ去られていることに気づくには、少し時間が掛かった。


『キセのん!? 何があったの!?』

「襲撃です! 謎のEXSに連れ去られました!」

『は? あ、え!?』


 ヘッドセットの通信は届いている。


「ドローンによる援護をお願いします!」

『うわっ、マジだ! 見えた見えた!』


 キセナからもラウンジのネオンが慌てて立ち上がった姿が見えた。片手でラップトップを持ち、もう片手で打ち込んでいるからズレた帽子や色眼鏡を直す余裕もないらしい。


『あーもう意味わかんない! ユーゴ、解析!』

『もうやってる! けどクレタ村ここからじゃ位置特定までは無理だ!』

『ってことは……』

『『近い!!』』


 ヘッドセットから聞こえる声に、キセナが抱いた感想は。


(楽しそう……)


 両手を体側に沿わせて、EXSの掌の中にぴったり納まるキセナは為されるがままだ。ぼんやりとEXSの行く先を感じながら、二人の通信を聞き流す。


 風が吹いて、冷気が首筋を撫でる。

 屋外に出た。センターの門扉は蹴散らされる。

 高速で移動するEXSは姿勢を起こし、風を切って車道を疾走する。



   ☆



「ははははははっ!!! 最高だ、やってやったっ!!!」


 男は操作室の中で天を仰ぎ、高笑いする。そのせいで操作する2RSと、その2RSが乗っているEXSも同じ動きをするが気にも留めない。傍若無人、世界に自分以外の人間などいないと信じている者の振る舞いだった。


「コイツを持って帰りゃ、俺はまた剣闘機士グラディエーターに返り咲けるだろうよ!」


 自動運転による車道の秩序をわざと乱すように、ジグザグと走るEXS。それは単純に、全能感による暴力性の発露だったが、ネオ・アイチの交通網に打撃を与えて追跡の手を阻んでいた。

 警察車両のサイレンは遠い。

 街の外周部ということもあり、カメラによる追跡も、進行経路の予測も追いついていないらしかった。


「よっと!」


 突如車道を飛び降りる。

 轟音が響き、映像が激しく揺れるが男は楽しげだ。


「おっと、間違って握りつぶさねえようにしないとな」


 強い衝撃に振り回されたも、今のところ無事のようだった。


 男は思う。

 もし、もう少しだけ指の関節に力を入れたらどうなるだろうか。男の指の動きはモーショントラッキングシステムによって2RSに伝えられて、その握りをきつくする。そうすると、2RSが握っているEXSの操縦桿に力が伝わって、を握る指に信号が発せられる。指が曲がる方に動き、女の身体を圧迫する。EXSの指先には圧力センサーがついており、破壊防止機能があるというが人間相手でも働くのだろうか。柔らかい肉と臓器の弾力、脆い骨の反発程度で指が止まるなら、瓦礫の撤去もままなるまい。

 きっと容易く潰せるだろう。ぷちっ、なんて効果音がお似合いのあっけなさで。握った拳の上と下から体液をまき散らして、無様に潰れてしまうだろう。


 なんともったいないことか。

 そしてなんと儚い命か。


 最高の気分だった。


 少しだけ握る力を強め、苦しむ女の顔を見ようとして、気づいた。




「はあ?」




 手の中に、女が居なかった。

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