第27話 キセナ vs カグ

 カグ・ヒナゲシは驚いていた。


(コウジくんに言われて来てみれば、本当に怪しい動きをするスケルトンが居るとはね。しかも向こうにいるのは何だい? 全身から竜骨結晶が生えたスケルトン……幽骸機ともまた違う。竜骨機とでも呼べばいいか?)


 特に驚いたのは、竜骨結晶の生えていないスケルトン、定期採集依頼を受けているハズの怪しいスケルトンに対してだ。


(機体番号27番……オルガノンは、ネオン・キサラガワ! どうりでいい動きをする。だけど、ここにいる理由は何だ? 彼女が、有住グループの敵? どうして、何かの間違いじゃないのか!?)


 先ほどカグが声を掛けたからか、下にいる三機はいずれも動きを止め、カグと互いを警戒している。


(まいったな、ボクも詳しいことなんか知らないんだぞ)


「沈黙は、肯定と受け取っていいのかな?」


『待って、あたしは被害者なの! 襲われて、巻き込まれただけ!』


 ネオン・キサラガワから返答があった。共犯者ではない、という言葉に、カグは知らず息を吐く。


「なら、なぜここに?」


 そう、問題なのはなぜ未確認機体と戦っているかではない。なぜ、こんなところに居るのかなのだ。疑いを晴らすために必要なのは被害者であるだけでは不十分で、きちんと共犯者でもないことを訊く必要があった。


 だのに、ネオンから返事がない。


(どうしてここで黙るっ!?)


 カグは迷った。ここで機体を破壊してしまえば、共犯者の目的が何であれ、ひとまずは阻止できるだろう。オルガノンはネオンだとわかっている。まだエレベーター近辺に居るコウジにでも伝えれば、一度スケルトンの操作を止めて操作室まで尋ねに行ける。場合によっては、その場で拘束することになるかもしれない。


(本当にそれでいいのか?)


 更衣室で見た、鍛え抜かれた肢体。

 美しかった。

 並みのトレーニングでは辿り着けない高みだった。

 美しかった。


 そんな人物が、本当になのか。


 信じたくなかった。


 わからなかった。

 自分の置かれた状況も、何をすべきかもわからない。

 こんなことは初めてだった。


 ――違う。


 前にも一度だけ、感じたことがある。

 どうしようもない窮屈さ。世界と足並みが半歩ズレてしまったような、いたたまれない感覚。手を伸ばす先が見つからなくて、息苦しい。

 あるべき己と、今ある己の微かな乖離。それは治りかけのカサブタのような、些細で、でも痒くて、そしてめくってしまえば醜い血肉が露わになって痛む、そんな厄介でどうしようもないモノ。


 理不尽。


(嫌だな。この感じ)


 立ち止まっていることにも、踏み出すことにも等しく抵抗を感じてしまう。詐欺師に理不尽な二択を迫られているような気分だ。


(ボクは――――)


 それでも、無為に流れる時を許すことはできない。

 世界は決して待ってはくれないから。


(決めたハズだ。あの日、あの時っ! ボクはッ!!)


 カグは、ハーネスに身を委ねる。

 前に倒れて、操るシルトを樹から飛び降りさせる。


 空中で身を捻り、着地。


 刃を向けたのは、ネオン・キサラガワのリューモンへだった。


『答えが無いなら、キミはボクたちの敵だ』



   ☆



「どうしますか? 完全に別件で疑われているようですが」

『ちょうどいい機会だ。デュナミス次席の撃破、いけるか?』

『えっ、戦り合うの!?』


 名前が使われているからか、ネオンは少し反抗した。


『武器ナシ、荷物アリ、そのうえ機体スペックが三世代も離れてるとなると、どうしようもないと思うけど……』

『どうだ、キセナ?』

「そうですね……ここは竜骨杉が多く生えていて、足元は斜面の上に針のような葉が積もっています。シルトの特徴である機動性を活かすには少し条件が悪い。向こうの二機と一時的にでも共闘できれば、撃破は可能かと」


 ただ、その後はまた得体の知れないスケルトンと戦闘することになるだろう。状況が元に戻るだけで、良いのだろうか。

 疑問を押し殺して、キセナは構えをとる。



   ☆



(構えたか……)


 刃を向けてもなお、カグは戦闘したくなかった。だから、臨戦態勢になったリューモンを見て、どうしても落胆の感情が湧いてしまう。

 それでも、これは仕事だ。

 有住グループのためだ。


 身体を前に倒しながら、地面を蹴る。

 シルトが駆け出す。


 次の瞬間、視界が無数の光の瞬きに覆われた。

 硬質な音が幾つも響く。


(これは、落ち葉か!?)


 地面を蹴り上げての目くらましだ。

 視界が奪われたのはほんの一瞬。それに予備動作も見えていた。

 シルトが間合いを詰めるのに合わせて、リューモンが大きく後方宙返りをして距離を取ったのだ。


(その程度で!)


 シルトを動かし、猛追する。派手に跳んだ分、相手は着地時に隙ができる。


 それを取り囲むように二体の竜骨機が動き出したのを、視界の端で捉える。


 まずは一撃。

 ブレードを翻して縦条たてすじに斬りかかる。


 槍のような腕が合わせに来た。リューモンを囮に、シルトの頭を貫こうという腹積もりか。


(見えてるんだよっ!)


 ブレードが揺らめく。

 軌道がねじれ、リューモンの肩を狙っていたブレードはいつの間にか、竜骨結晶の槍と化した右腕を逸らしていた。


 踏み込んだ足をひねり、身体を九十度横へ向ける。

 すり抜けざまにもう一方のブレードで、槍腕の竜骨機の首を刈る。


(ダメか!?)


 振り向いて確認する。落とせない。

 当たり前だ。竜骨機の頭部は竜骨結晶の塊で、首の上にただ乗っているのではなく、首から結晶が生えているのだから。


 ただそうなると、通常のARS戦と同じ戦い方では無力化できない。


 頭を動かしながら、足も動かす。

 竜骨杉の間を縫い、跳び、幹を蹴って接近する。


 狙いは足の遅い大型の竜骨機。その膝裏。


 斬り抜けて振り返れば、崩れ落ちる姿が見える。どうやら関節部への攻撃自体は有効らしい。


(それなら――っ!?)


 突如視界が揺れる。


(滑った!? 違う、!)


 視界が戻らない。斜面を転げ落ちているのだ。


(なんてこった、やったのはあのリューモンか!?)


 遠隔操作による高速近接戦闘は、殴ったり斬ったりしたときの手応えがない。だから有効打を入れられたかは、目視で反応を見るのが基本だった。特にブレードですれ違いざまに斬りつけるシルトの戦法は、極めて結果の把握が難しい。だから、攻撃直後の方向転換の際に確認していた。

 そこを突かれた。


 大きく揺れて、視界が安定する。

 どこかの杉にぶつかって止まったらしい。


 ヘッドセットのディスプレイに機体の損傷が表示される。軽微だ、アラートもない。

 姿勢同期システムが、自動的にシルトを立ち上がらせる。


(軽い機体で助かった、かな?)


 落下や衝突といったダメージは自重に影響される。装甲を薄くしても骨格フレームは竜骨結晶製なので、質量攻撃に対する防御力はさして変わらない。だから、斜面を転がって幹にぶつかる程度、シルトには大したダメージにはならなかったワケだ。


(光!?)


 ブレードをかざすと、キン、という音が伝わってきた。


(なるほど、針を投げてきたんだね)


 地面に掃いて捨てるほど落ちた竜骨杉の葉。針葉樹だけあって、その落ち葉は鋭利な針そのものだった。おまけに材質は竜骨結晶だ。投擲武器としては十分だろう。


(だけど、足りないね)


 弾はいくらでもある。しかし、投げるのが一機だけではシルトには届かない。

 デュナミス次席は伊達ではない。


 相手も諦めたのか、針の雨が止んだ。


(なんだ、この音?)


 違和感があった。

 斜面を落ちたことで、三機ともかなり離れている。なのに、何か駆動音が聞こえてくる。しかも、後ろの方からだ。

 遠いが、確かに聞こえている。


 カグが眉をひそめたその時。


 光の柱が落ちてきた。

 竜骨機の一体が、光の柱に刺し貫かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る