第26話 エレベーター再起動作戦:戦闘
『幽、骸機…………?』
竜骨結晶に侵蝕されたARS。頭部の結晶内には何のパーツも見えないが、青白い光が瞬いて、まるで神経の発火のように見える。
『竜骨結晶が凝集することで疑似神経ネットワークを構築するとは知っていたが、まさか失った頭部の回路を代替してスケルトンを動かしているのか!?』
『いやいや量が足りないでしょ!? 結晶だけで自律行動するには少なくともこの竜骨杉くらいは結合しないと!?』
『ならこの現実をどう説明する!?』
『わっかんないって!! そもそもARSの頭部はほとんどエレクトロンテレポート通信装置だし! 動きの信号は操作室から出てるんだから!』
ネオンとユーゴは慌てふためいているが、キセナにとってやることは単純だ。
倒すか、逃げるか。
相手の出方と強さを見極めて、次の手を打つだけだ。
二体の結晶侵蝕ARSは、キセナの操るリューモンを中心に60°ほど離れた位置関係で並んでいる。距離はどちらも同程度、スケルトン5体分くらいか。
武装は無いが、右手側の機体は右肘から先が柱状結晶になっており、槍としての機能を果たしそう。左手側の機体は両肩部分と膝頭から結晶の突起が生え、体当たりの破壊力が高そうだ。
『ねえ待って、右側のヤツ胴体と左腕はアンザンなのに足と右腕はリトルノットじゃない!?』
『アンザンはHYLE製中量機体、リトルノットは火嬬の軽量機体だったか』
『左のは下半身がゲンブ、上半身がビッグゲイトだよ!』
『HYLEと火嬬の重量級か!?』
『他企業間でもユニバーサルスタンダードだから混成機体は組めるだろうけどっ、正直やってるの初めて見た! 特許も何もないからわざわざ流用せずにパクって内製できるもん!』
ヘッドセット内部は騒がしいが、キセナは聞き流そうと努める。
右手側の機体――仮に槍腕と呼ぶ――が動いた。腕を引き、距離を詰める。明らかに敵対的な動きだ。
速度は決して速くはない。一般的なARSの範疇、むしろ軽量脚部に中量胴体を載せている分だけ若干鈍く感じる。
キセナが突き出された槍を難なく躱すと、標的を失った槍は背後の竜骨杉に衝突し、罅を入れた。超硬度の竜骨結晶でできた樹皮が傷ついた。それはまともに喰らえば機体が破損することを意味する。特に今は装甲の無いリューモンだ。一発でも当たればそのまま破壊されてしまうだろう。
(ですが)
槍を突いて、それで攻撃の手を止めてしまうような相手に負ける気はしない。
キセナは右腕を構え直そうとする槍腕ARSに自ら接近し、槍と化した腕を取りつつ背後へ回る。もう一機――怒り肩とする――との間に槍腕を挟むことで攻め手を抑えつつ、槍腕の関節を極める。
(これでっ!)
『ダメだキセのん! リトルノットは――』
リトルノット――火嬬重工製の第一世代軽量小型ARS。HYLE製のリューモンに比べると、全体的に小柄な印象を受ける機体。その理由は、リューモンよりも手足が短い代わりにフレームが太くなり、強度を重視した構造だから。
そして第一世代ARSは2RSの設計思想が抜けきっておらず、関節部は軸可動である。
キセナが極めたのは、槍腕の肘関節。
ぐにゃり、と人間ならばあり得ない角度まで肘が折れ、肩の軸で回転する。
腕を掴むリューモンの手は、ドラムにロープが巻き取られるように前に引き出される。人体では起き得ない現象、かつ機体が遠隔操作のせいで、キセナは一瞬だが反応が遅れる。
槍腕の、槍になっていない方の腕が振るわれる。
狙いはリューモンの頭部。肩と肘の二段階で曲がる三節棍のような裏拳だ。
ガキィィィン!!
重い金属音が操作室に響く。
ただ、モニタの映像は途切れていない。
キセナは咄嗟に踏み込んで、槍の腕を抱え込むまで密着して頭を下げた。裏拳気味に振るわれた拳は、横から回り込む軌道を描いたことで、ギリギリ対処する時間が生まれたのだ。
本来なら、肩と肘の二か所が動く裏拳は、背中側といえどかなりの範囲に届く。
リューモンの頭部に当たらなかったのは、キセナのリューモンが大きな荷物を背負っていたからだ。
槍腕の攻撃は、リューモンのバックパックに防がれた。
(このままっ!)
前に進む勢いを利用して、槍腕を抱えたままさらに加速。突進する、と見せかけてリューモンの左側に引っ付いてくる槍腕の本体を、竜骨杉の幹に叩きつける。
衝撃に、槍じゃない方の腕がしなって幹を打つ。
(足りないっ)
インパクトで捩じ切るつもりだったが、槍腕は破壊できなかった。ぶつけた機体が跳ね返って、ちょうどリューモンとの間、二体を合わせた重心位置を中心として回転運動が発生する。下手を打てば今度はリューモンの方が竜骨杉に衝突するが、予想していたキセナは素早く足を踏み替えて回転運動の軸を
踏まれた大地が、摩擦で悲鳴を上げた。
そして投げる。遠心力を乗せて、
宙に浮いたARSに、できることは少ない。
槍腕はなす術もなく味方の方へ飛んでいき、衝突。再び距離が開いた。
仕切り直しだ。
じりじりとした緊張感に包まれる。
二対一でも戦えなくはない。しかし、リューモンには攻撃力が足りない。あの腕を捥ぎ取れれば武器にもなろうが、今の遣り取りで届かなければ無理だろう。
(無視して進む? 撤退してから戻る時間はある?)
そもそも二体の目的がわからない。仮に今、二対を撒いて背中の荷物をエレベーターまで届けられても、あの二体が山に居座っているなら、もっと言えばあの二体がエレベーターまで来てしまえば、廃棄されたエレベーターを拠点とする計画自体が頓挫しかねない。
最低でも目の前の二体は撃破し、時間の許す限り山狩りをして周辺の安全を確保しておきたい。
それとも運搬中のこの荷物に、敵性生物同様に目の前の機体をどうにかする機能が備わっているのだろうか。
(都合の良い考え……)
楽な方へ流されそうになる思考を、理性で押しとどめる。
けれどそれだけでは前に進まない。時間は過ぎ去ってしまうからトータルマイナスだ。
焦ってはいけない。だが、どうする。
ヘッドセットの向こう、ネオンもユーゴも黙りこくって、声が聞こえない。敵への対処はキセナの役割だが、そこから先を考え、指針を示すのは越権行為だと思う。
睨み合いが続く。
そこに、新たな乱入者が現れた。
『キミたち? こんなところで何をしているのかな?』
声は、頭上から降ってきた。
スケルトンの身長5つ分以上の高さ、竜骨杉の枝の上に、一機のARSが屈んでこちらを見下ろしている。
その機体は、今回の依頼の監督員カグ・ヒナゲシの愛用機。
有住グループ傘下、メルクリア研究開発所の試作機。第四世代軽量型ARS。
名は――シルト。
極端に細身のシルエットで、手足はほとんどがフレームではないかと思うほど細い。腰部と胴部を繋ぐ腹部も、砂時計型にくびれている。それは強度を必要最小限に抑えて限界まで軽量化し、機動力に特化しているから。
それでも第一世代のリューモンと比較したら耐衝撃性、耐弾性、耐刃性はずっと高い。人工筋肉自体の性能と、装甲表面の特殊加工によるものだ。
主要武装は
樹上のシルトは既に抜刀していて、切先をキセナたちへ向けていた。
『キミが共犯者かい?』
シルトの視線は、キセナのリューモンへ注がれていた。
身に覚えのないコトだ。
キセナたち三人は協力関係だが、実行部隊はリューモン単騎。共犯相手などいない。
(何か、想定外のコトが起こっている……?)
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