第25話 獣と登山と昼食と
目的地に近づくにつれて、映像が霞んでいく。
竜骨杉と呼ばれる植物が吐き出す花粉が、目に見える形で周囲を漂っているのだ。
『
『ここから先は大型の敵性生物――下手をすると竜とも遭遇しかねん。注意してできるもんでもないが、くれぐれも機体を破壊されんようにな』
花粉の影響で、センサ類も軒並み機能を落としている。ただでさえ映像と音しかオルガノンには感じ取れないのに、視界不良にセンサ異常。なのに敵との遭遇率は上がる。
なるほど、企業が諦めるのも納得の極悪条件だ。
『いちおう、あたしの方でもモニタするからね』
「お願いします」
キセナは走る速度を緩める。微かにだが、異音が聞こえた。
周辺はまだ平地だが、徐々に巨大植物が姿を現している。幹のうろから竜骨結晶の塊を覗かせる大木や、果実の代わりに竜骨結晶を実らせた木もある。不気味なのは、それらが点々としていることだ。
『一説には、地中のAH濃度の関係で一定以下の密度でしか自生できないらしいラプター!?』
アルケー植物雑学を披露していたネオンは、突如襲ってきた敵性生物に驚きの声を上げる。
だが、ネオンが叫ぶのとほぼ同時、キセナは上段回し蹴りで迎撃して顎を砕いていた。
その敵性生物はラプタータイプと呼ばれる、二足歩行の恐竜に似た生物だ。体高はスケルトンの胸の高さ程度、全身の約三割が結晶に覆われており、大部分の結晶が背骨に沿って生えている。前腕は細く、基本的な攻撃は飛び掛かりと噛みつき。単体としての危険度はB-だが、数匹単位の群れで狩りをする習性があり、群れ単位での危険度はA+まで跳ね上がる。
ラプタータイプの習性通り、さらに二匹が姿を現した。
「問題ありません」
顎を広げ、飛び掛かってきたラプターの鼻先を掴み、振り回す。
背後を取らんと周囲を回っていたもう一匹に叩きつけ、跳躍。
二匹まとめて踏みつぶした。
ベキベキと、骨の折れる音が聞こえた。
『さっすが、A+なんてわけないね……』
敵性生物の危険度は、だいたい同じ適性値のオルガノンが単騎で撃退可能、と見積もられる。ただし撃退可能はあくまで撃退可能であって、作戦継続不能なほどの自機被害を出せば撃退可能、という場合も多い。しかも撃退であって討伐ではない。
つまり、基本的には適性値より低い危険度しか相手にしてはいけないし、敵性生物と戦闘をするときはこちらも部隊を組むべき、が結論となる。
そのなかで、危険度A+であるラプターの群れを単騎で撃退できるのだから、キセナの戦力は適性値と乖離している。
ネオンもユーゴも、キセナなら本当にクゼ・ミナトに勝てるかもしれないと、そう思えるだけの戦果だった。
『そういえば、竜の危険度って……』
『晶骸竜。危険度はS++だな。適性値S+でも単騎ではなす術がない、とされていた』
『されていた、ね……』
過去形。つまりはそういうことだった。
クゼ・ミナトを最強たらしめた実績。それが
『やっぱりクゼ・ミナトって強いんだねコアトル!?』
続いて現れたのは空を飛ぶ蛇型の敵性生物。コアトルタイプだ。全長はスケルトンが両手を広げたより少し長い程度。胴体前寄りの位置に、翼のように竜骨結晶が生えている。小柄ながら、危険度はAである。
単体としての危険度がラプタータイプを上回る理由は、一つに動きの予測の難しさ、二つ目に致命傷の与えにくさ、そして三つ目に攻撃の凶悪さがある。
コアトルは、ウミヘビが水中を泳ぐように空中を飛び回る蛇型の生物だ。ただでさえ手足が無くて予測が立てにくいのに、立体的に、自由自在に動き回る蛇は捉えどころがない。それゆえに攻撃が当てにくいのに、空中にいるせいで半端な攻撃は威力が出ない。特に打撃は、ほとんど効果が無いほどだ。しかも、一度交戦を始めてしまうと、こちらが撤退しようと思っても執念深く追ってくる性質がある。討伐しなければいつまでも追ってこられてしまう。そして、厄介な攻撃が締め付けだ。ARSの弱点である関節部に絡みつき、器用に捻じ曲げ破壊してくる。コアトルの体組織はARSの人工筋肉にも利用される素材であり、力比べでは互角か、ややコアトル有利なので引き剝がすのも容易ではない。
だが、キセナは足に絡みつこうとしたコアトルの頭を踏み砕き、瞬殺した。
「素材回収はしなくていいんですよね?」
『あ、ああ…………』
何でもないことのように、キセナは先に進む。
やがて、傾斜が現れる。
山のふもとに辿り着いたのだ。周囲には青白く半透明な竜骨杉の森が広がり、AH濃度は危険域に達している。操作室のアラートはネオンの口頭指示で止められた。
山の周囲に比べると霞は晴れており、視界はシャープでクリアに感じられる。けれど竜骨杉の結晶構造が光を反射して、万華鏡の中に居るみたいに目が痛くなる光景だった。
地面には落ちた枝葉が、掌サイズの針となって大量に積もっている。
すべて竜骨結晶だから、回収依頼は容易に達成できそうだ。
『ここの針は拾うなよ。フラスコ山に行ったことがバレるからな』
「そうですか」
キセナはそっと手を開いた。
山登りを始めてしばらくが経った。時刻は昼、つまりご飯の時間帯だ。
キセナの腹の虫も、空腹を訴えて鳴き出しそうな気配がする。
高AH濃度の影響で、センサの大部分はもうすっかり使い物にならないが、光学センサと音響センサは生きている。
「少し休憩します」
『はいはーい。映像はあたしが見てるから、キセのんはゆっくり休んでね』
『ワゴンおいで~』
ネオンの音声入力で、お弁当やリモコンを載せたワゴンが部屋の片隅からやって来る。ヴァリアブルフロアが起動している間、キセナたちオルガノンはフロアの外に出られないため、こうしてワゴン車に荷物を置いて必要な時に呼び寄せるのだ。
もちろんヴァリアブルフロアを切って自分から取りに行ってもいいのだが、モーショントラッキングも切らなければ、自分が動いた分だけ機体が動き回るし、万が一の時に対応しきれない恐れがある。
だから多くのオルガノンは休憩中もヴァリアブルフロアから下りないし、機体との同期を切ることもない。そのため、スケルトンがご飯を食べる動きもトレースしてシュールな絵面になることがしばしばある。これもある意味、地表名物と言える光景だろうか。
『今日のご飯は特製サンドイッチだよ!』
朝からネオンが張り切って用意したキセナの昼食は、まるで遠足かピクニックのような、バスケットに入ったサンドイッチだった。具材はハンバーグとポテトサラダ。ずしりと重厚なサンドイッチだ。バスケットには、ハンバーグサンドとポテサラサンドが3つずつ入っている。
「いただきます。美味しいですね、これ!」
まずはハンバーグサンドにかぶりついたキセナは、感動の声を漏らした。
冷めても美味しいように、むしろ冷めた時にどんな味になるかを計算して焼かれたハンバーグは、適度な歯応えを残しつつも歯切れがよく、混ぜ込まれた刻み玉ねぎの食感が気持ちいい。微かに染み出す肉汁は、サンドイッチに塗られたスパイシーなソースの刺激を和らげながら深みを出してくれる。
お次はポテサラサンドを賞味――と手を伸ばしたところで、キセナの注意を喚起する音が聞こえた。きしり、という音は、斜面に積もった竜骨結晶の針を何者かが踏みしめた音だ。それも、足音を殺すようにして踏んだ音。耳をすませば、徐々に大きくなっているのがわかる。
近づいてくる。
敵か。狙われているのか。
キセナは警戒しながらそっとサンドイッチを頬張り、バスケットを空にする。
『何、アレ…………?』
見えた。
画面に映し出されたのは、機体の随所から竜骨結晶を生えさせて、頭部などはまるまる竜骨結晶に置換されたような、不気味なARSだった。
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