第24話 エレベーター再起動作戦:移動
今回、竜骨結晶の定期採集依頼で貸し出されたスケルトンは、有住グループの系列企業である
リューモンはスケルトンの中でも古く、第一世代ARSと呼ばれる旧世代のスケルトンだ。
だからリューモンは量産こそしやすいが非常に脆い。強い衝撃を受ければ関節が機能不全になって、すぐに故障してしまう。だが、それでも骨格部分は竜骨結晶なだけあって、積載量は多い。むしろ装甲が無い分下手な機体よりも多くの貨物を運搬することができる。
竜骨結晶の定期採集依頼で貸し出すにはピッタリな性能の機体である。
『実際のところ、どれくらい使いこなせるの?』
ネオンの声が、ヘッドセットのスピーカーから聞こえてくる。操作室には、操作室設備の音声入力用マイクもあるが、それだけで外部との通信をするには不都合が多いため、ヘッドセットにマイクとスピーカーが内臓されている。
今回はちょっとした小細工をして、ヘッドセットでネオンと通信ができるように調整している。
「正直なところ、あまり動かしたことがありません。骨格部の強度自体は第二世代以降と大差ないんですよね?」
『そうだねー。でも関節部とか駆動系は軸可動だから、現行の第四世代と比べるとかなり弱いかも。硬くて大きいEXSって感じ』
「けれど、ホイールはついていない、と」
『地表は凸凹してるからねぇ』
依頼が始まって十数分。ダラダラと走りながら他の受注者、監督員との距離を計りつつ、雑談を続けていた。
「スケルトンの視点だと、機体がどう動いているかも確認できないんですよね」
ジョギング程度のペースでリューモンを走らせながら、キセナがこぼす。
『一応、機体の動きはポリゴンで出せるけど』
「どうしても平面的な見え方になるので三面図を出すか……」
『あるいは、グルグル回しとくか? それも見にくそうだね』
「はい。しかも、機体の動作に気を取られると周辺への意識がおろそかになります」
オルガノンが得られる情報は、視覚情報と聴覚情報のみ。それだけ聞くと自分の身体を動かすのと大差なく、主要な情報は揃っているように思われるが、実際は重要な情報が足りない。
それは体性感覚と呼ばれる感覚で、自分の身体がどう動いているかを感じ取るものだ。どう動いているか以外にも触覚、痛覚など、人間が身体を動かす際に日常的に感じている感覚がスケルトン操作には存在しない。遠隔操作の弊害である。
実は、初期のEXSにはある程度の体性感覚フィードバックが存在した。これは操作方法がモーショントラッキングではなく、直接乗り込み纏うことで、操縦者の運動を増幅する機構を利用した操作方法だったからだが、それでは有害物質だらけのアルケーに降りられない。ARS開発の過程で操作方法が遠隔操作へと移り変わっていったのは仕方ないことなのだ。
『あー、そういうのもあるんだ』
「そうです。しかも、スケルトンの身体は人間の身体よりもずっと出力が高いので、動作の拡大倍率もありますよね?」
『うん、あるね。そっか、動きがわからないってことは』
「はい。倍率が大きくなった時、視聴覚情報だけで動きを補正する必要があります」
『うあー、それでコケたり着地失敗したりするのかぁ』
ネオンは会話の中で、OSに組み込まれたモーション入力型のアクション倍率補正が必要なことを実感した。
腕を直角に曲げて走る、大きく屈みこんで飛び上がるなど、特定のモーションをトリガーとして出力を操作する以外、オルガノンが能動的に動作の拡大倍率を調節する術がないのだ。メカニックが同席してリアルタイムで状況を見ながらパラメータを弄るのも無理がある。
あらかじめ幾つかの必要なパターンを組み込んでおき、動作で呼び出すのが簡便で実用的なのだろう。
「そういった補正の精度が、オルガノン適性ですね」
『キセのんは適性どんくらいなの?』
「
『A-って……上から三番目くらい?』
「主にS・A・B・Cの四段階に+や-が付くんですが、SランクはS++まであるので……上から数えると七番目でしょうか」
『ちょうど真ん中?』
「ですね、段階的には」
二人の雑談に、ユーゴも入ってきた。
『キセナの適性、意外と低いんだな』
『いやいや、そんなことないでしょ』
ネオンは火嬬重工時代、あまりオルガノンとの絡みが無かったため適性について深く知ろうとはしなかったが、それでもAランクが付いたオルガノンなど滅多にいなかったことは、実感として知っている。
「ライセンス持ちの中央値は、確かC+らしいですよ」
『中央値?』
『免許取っても、半分はCランクから出られないんだー。ちょっとかわいそ』
『ああ、オルガノンライセンスを持った人間を適性順に並べた時のちょうど真ん中の人間の適性値がC+ってことか』
『それ以外なくない?』
興味を持ったネオンは、手元の端末で軽く調べてみた。
『へえー、Bランクで上位30%、Aランクで上位2%、Sランクは上位0.1%とかなんだ』
「S++も、あの男のために用意されたようなもので、基本的には12段階ですね」
『ミナト・クゼかぁ』
『待て、S++を入れても13段階、なのにどうして上から七番目が真ん中なんだ』
『数えなよ』
ユーゴの、算数にありがちな質問を冷たく切り捨てるネオン。
『とにかくキセのんは弱くない、でしょ?』
「まあ上位2%だと、50人に1人、クラスに1人くらいは居る計算ですけどね」
『でも
『同感だな。適性A−でS++を倒せるのか?』
二人の疑問はもっともだ。しかしキセナは自信を持って答える。
「普通は難しいでしょうね。ですが、私の言葉を覚えていますか? 適性は、補正をかける能力から決まります。なら、無補正時の身体能力差が、機体の動作拡大倍率を超えていたら?」
『マジ?』
『本気か?』
旧世代の強化外骨格の基本理念の一つは、身体拡張による出力増幅である。同じ人型が同じ動きをしたとき、例えばパンチを放ったとき、大きさが二倍になればパンチの速度は二倍になる。それに梃子の原理に従えば、“腕”の長さが二倍になれば発揮される力も二倍になる。
要するに、“デカけりゃ強い”だ。
それはARSを操作した時点で達成している。そして、ARS操作時の動作拡大、すなわち出力補助は、オルガノンを楽させるための仕組みであってARSを強くするワケじゃない。生身の人間が実行するのは難しい動作をスケルトンにさせられるだけだ。
同じサイズのARS同士、互いにARSのスペックを最大限引き出せるのなら、後は。
『後はあたしたちの仕事だね』
相手のARSに負けないスペックのARSと、できる限り有利な状況での戦闘。
実現させるのは、メカニックのネオンと、情報屋のユーゴの役割だ。
『そうだな。そしてそのための第一段階がこの作戦だ』
『そろそろ監督員の目も届かないかな?』
ネオンの言葉を確かめるように、キセナは首を振って元来たエレベーターの方を見回す。
監督員の姿は見えない。問題なさそうだった。
「では、走ります」
宣言の直後、モニタの映像にノイズが走った。急速な方向転換と加速によるものだ。
あっという間に景色が流れていく。
世界の色が次第に変わっていく。
黄土色の荒野から、深紅の草原へ。
画面の中央には、青く濁った空に手を伸ばす、半ばで折れたエレベーター。その根元にスカートのように広がる、青白い森。
遠目に見れば三角フラスコにも見えるが、近づくにしたがって輪郭がはっきりする。
山に生える無数の樹木。竜骨結晶でできた針葉樹だ。真っ直ぐな幹から広がる枝葉は刺々しく、フラスコよりも剣山と呼ぶのが相応しく思えた。
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