第二章

第22話 エレベーター再起動作戦:開始

 ネオ・アイチ・エリア外縁部。教育区画と居住区画の狭間にある自律走行車専用道路を、一台の車が走っている。乗っているのはキセナとネオンだ。


「ねえ、本当にあたしも来る必要あった?」


 ネオンが右座席で頬杖をついて、窓の外を流れる様々な学校を眺めながら文句を言う。学校を見ていると、『やりたくもないし、やる必要もなさそうなこと』をやらされることへの苛立ちを思い出す。


『確かにキセナの代わりに話すだけならどこでもできるが、クレタ村こっちとの通信になると遅延の恐れがある。それにいざという時、現地に別動隊が居た方がいいだろう? もしかしたらセンターでメカニックの出番があるかもしれんしな』


 当然のように通信しているユーゴの返答に舌打ちで応えるネオン。


「ネオンは来たくなかったんですか?」

「あたし人が多いところ嫌いなんだよねー。どいつもこいつも歩きたいように歩いてるくせに、あたしが歩きたいように歩く邪魔してくるから」


 キセナは左座席の窓から、居住区画にぎっしり詰まったアパートやマンションを眺めながら、くすりと笑った。


「人混みが嫌だったんですか。私はてっきり追手に見つかるからかと」

「そこはまあ、変装するし」


 ネオンが懐から帽子、色眼鏡サングラス、マスクを取り出して着けて見せる。顔の大部分は隠れて、とても個人を識別できない。にもかかわらず、モノクロのひらひらした服装と調和が取れていて、いかにもそういうファッションという空気を醸し出している。


「それにぃ」


 問題ないことだけアピールすると、マスクを顎に、色眼鏡をずり下げてキセナの顔を上目遣いで覗き込む。身を乗り出して、片手はキセナの太腿に触れちゃってもいる。


「あたしのことはキセのんが守ってくれるんでしょ?」

「……はい」


 キセナは、ネオンと目を合わせないように顔を背けながらも、肯定の声を返した。


 車両がエレベータセンターに侵入し、外がにわかに暗くなる。暗くなったことで、窓にキセナの顔が映った。その頬が赤く染まって見えたのは、センター内通路を照らすライトの影響だろうか。



   ☆



 所定の手続きを済ませ、二人はそれぞれ作戦の準備を始める。キセナはまずは更衣室に、ネオンはセンター入ってすぐのラウンジの一席に。

 クレタ村を出る前に済ませた、ユーゴとのブリーフィングを思い出す。


『オレたちの復讐計画の最初の段階は、自由にできるスケルトンを用意することだ』


幽骸機ガイスト。この単語に聞き覚えは?』

「知ってるけどさー、都市伝説とか噂の類でしょ」

「オルガノン無きスケルトン。惑星アルケーの地表を彷徨う亡霊ですか」

『見たことはあるか?』

「ないない。あったらとっくの昔にバラしてるって」

「私もありません。実在するんですか?」

『さてな。だが、これからオレたちで実在させる』


『つまり、最初の作戦は幽骸機ガイスト――未登録スケルトンの用意、ってコトだ』


『作戦を説明する。今回の作戦は、企業の採集依頼に便乗した配達作戦だ。貸し出しのARSに持たせたコンテナを、フラスコ山の気圏エレベーター基部に運んでほしい』


『気をつけるべきは、監督員に目をつけられないことだ。コンテナ運搬を止められるのも困るが、怪しまれて後からスケルトンの視界映像解析をされるのが何より問題だ。だからくれぐれも目立つなよ? 下衆な輩に絡まれても暴れるんじゃない。いいな?』


 女性用更衣室は、キセナが入った時、他に誰も着替えていなかった。オルガノン用の更衣室で、エレベータセンターにある操作室の数より少し多いくらいのロッカーが並んでいる。身体を動かした後、手早く着替えることを想定してか空調の効きが強い。操作室が土足厳禁のため、その手前にある更衣室も土足厳禁で、ワックスがけされた床は足裏にひんやりと冷気を伝えてきた。

 更衣室の奥にはシャワー室もあるようで、タイル張りの壁面が覗く。操作後には汗を流せるようになっている。この辺りは、スポーツセンターのような雰囲気だ。


『そうだキセのん、これ着けときなよ』


 キセナも変装として、制服やスーツではなく、地味めな服装をさせられていた。具体的にはグレーの無地なパーカーと、ストレッチ性の高い運動用ズボン。パーカーは一回り大きいサイズでダボっとさせて、手が袖の中に隠すことができる。

 そして、ネオンに渡されたのは目元の印象を変えるための、レンズが分厚く大きな丸眼鏡。ネオン曰く『キセのんのクールな目に見つめられるとゾクッとしちゃうから』だそうだ。この眼鏡なら、レンズが厚くて光が反射して、相手から目が見えないらしい。


(とりあえず、着替えますか)


 変装のための服を脱いで、スポーツウェアに包まれた肉体を露わにする。女性的な柔らかさと、筋肉の隆起による強靭さが同居した、磨き上げられた肉体。

 あとはモーショントラッキング用のスーツ、グローブ、ブーツを装備して操作室に入るだけなのだが、ここで外から複数人の声と足音が聞こえてきた。他の女性オルガノンがやって来たらしい。


「えーマジ!? そうだったんだー、知らなかった!」

「ははは、キミ達も慣れればすぐにわかるさ。何なら今日、ボクが手取り足取りレクチャーしようか?」


 更衣室のドアを貫通する黄色い悲鳴に、キセナは顔をしかめる。甲高い騒ぎ声を聞くと、どこか焦燥に駆られる感じがして、落ち着かなくなるから苦手だった。

 唯一、落ち着いた低い声だけは聞くに堪える声だったが、この声の主が周囲を騒がせている元凶だと思うと難しい。


 さっさと着替えて外に出ようと、キセナがトラックスーツに両足を通したタイミングでドアが開いた。

 鼓膜を貫くような喧騒が更衣室に雪崩れ込んでくる。

 心を閉ざし、音を遠ざけようとしたが、明確にキセナに呼び掛ける声があった。


「キミ、ずいぶんイイ身体してるね」


 その一言で、部屋は水を打ったように静けさを取り戻した。

 キセナが横目で様子を見ると、三人の派手な女子に囲まれた、男と見紛う高身長の一人、騒ぎの中心になっていた低い声の持ち主が、左右の女子の手を振りほどいてこちらへ向かってきていた。


 キセナには、その人物に見覚えがあった。


「やあ、ボクは今回の監督員を務めるカグ・ヒナゲシだ。よろしく、お嬢さん」


 かつてキセナが憧れていた最強――ミナト・クゼと並び戦う者。

 有住グループ企業軍プラクシスの実行部隊、デュナミスのNo.2。

 実力と、それに比例する知名度を持つ女性オルガノンのトップ。


 良からぬことを企むキセナたちにとって、最悪と言っていい監督員であった。


「しかし……本当にイイ身体だ」


 名乗り返さぬキセナをよそに、カグは真横まで近寄ってきた。

 そして。


 無造作に大臀筋から広背筋にかけてを撫でるように確かめ、嘆息した。


『ちょっと、いくら同性でもセクハラじゃないの!?』


 更衣室に、の悲鳴が轟いた。



   ☆



 エレベータセンターのラウンジ。中でも端の方の、壁を背にする席の一つにネオンは座っていた。

 ラップトップを前にコーヒーを啜る様は、それだけならデキる仕事人の行動ムーブに見えるかもしれないが、フリルの多いネオンの服装は、色合いこそモノクロームなもののビジネススーツとは似ても似つかぬ代物であり、見る者には近寄りがたい光景を作り出していた。


 画面には、キセナの周囲の映像が映っている。

 キセナに渡した眼鏡は、ただ分厚くてデカいだけじゃあない。レンズの横のヨロイ部分、そしてツル(テンプル)の先端部分に超小型のカメラが仕込んであるのだ。おまけにマイクとスピーカーも内蔵している、もはやスパイグッズの領域に足を踏み入れたネオン謹製スーパー眼鏡である。


 そんな眼鏡から送られてくる映像には、馴れ馴れしくキセナの素肌に触れる手が映っていた。

 ネオンはわなわなと肩を震わせ、マスク内のマイクに向けて叫ぶ。


「ちょっと、いくら同性でもセクハラじゃないの!?」

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