第21話 結成! チーム・ヘリオス!

「では、チーム名は、チームヘリオスということで……」

「いいんじゃない……?」

『決まりだな……』


 激しく言葉を交わした結果、肉弾戦とはまた別種の疲労感が三人を包んでいた。

 燃え尽きたような解放感に浸りながら、三人は帰路につく。


「ねえキセのん、バイクで来てるんでしょ? あたしも乗せてってくれない?」

「いいですよ。アパートまで送ればいい?」

「えっとねー、そことは別に寝床があるから、そっちー」


 ネオンはすっかり心を許したのか、キセナの背中に抱き着くように凭れながら歩いている。頬をキセナの背中に擦り付ける様は、猫を想起させる。

 一方ユーゴは、換気扇の外れたダクトをしばらく眺めた後、来た道を戻るにはダクト内を垂直に上る必要があることに気づいて、小さく首を振った。よっこいせ、という掛け声が聞こえそうな、のそりとした動作で換気扇を付け直すと、キセナたちの後を追った。




 スパルタンズは、ワケもわからぬまま三人を見送った。



   ☆



 空はすっかり暗くなっていた。日が落ちて、星々が思い思いに瞬いている。夜空を見上げていると、その間に分厚く透明な天井が覆いかぶさっているとはほとんど感じられない。

 だが、天蓋大陸が大気圏の上に乗るような高さにある以上、天井がなければ呼吸することはできない。

 生きていられるということは、そこに天井があるという証明だ。


「来て、ツグミ」


 キセナの呼び声に応えて、アジト周辺の森の中から一輌のバイクが音もなく現れた。キセナとネオン、二人の前で止まる。


「乗ってください、ネオン」

「お邪魔しまーす」


 颯爽と乗り込んだキセナの後ろに、おっかなびっくりネオンが乗った。

 ネオンは、足を大きく開いてバイクに跨る動作が、少しだけ恥ずかしく感じた。頬に朱が差したのを自覚して、疑問に思いながら、キセナの腰に手を回す。


(うわー、なんかドキドキする)


 キセナの背中に顔を近づけると、髪についたシャンプーかリンスの香りと、戦闘で掻いた汗の匂い、火薬の香ばしさと、ネオンにはなじみ深い鉄臭さが微かに混ざった、複雑な匂いのうねる生温い空気が感じられる。




 森を抜けて、クレタ村の中心部に入るまで、二人は一言も交わさなかった。


 街中に入ってからはポツポツと会話をして、晩御飯をともにした。

 キセナのリクエストで、直径と同じくらいの高さがある、重厚なハンバーガーを食べた。

 ネオンは、肉汁その他ソースで艶めくキセナの唇に目を奪われて、大口を開けてバーガーを頬張る姿にドギマギして、その後ポテトをつまんだ指を舐める姿で再びドギマギした。


 もっと一緒に居たいという衝動と、これ以上一緒に居たらおかしくなりそうだという理性に挟まれたネオンは、理性に従ってその場でキセナと別れることにした。


 解散。

 夜の闇に、キセナのスーツと黒髪が溶けていく。バイクのテールランプは、無数に行き交う車両のライトや町明かりに紛れて、消える。

 今日一日が、まるで夢のようだ。



   ☆



 夢見心地のまま、ネオンは風呂に入っていた。


「はふぇ~~~~~~」


 口からは気の緩みきった声ともつかない音が漏れているが、お構いなしだ。

 素肌に触れるお湯の柔らかな重さが、全身の疲労感を溶かし出して、心の緊張もほぐしてくれる。


 激動の一日だった。


 寝耳に水のシラヌイ消滅を聞いて、パンタレイグループから逃げ出して、自分を探す謎の女性に会って、攫われて、助力を乞われて、戦って。最後には復讐のためのチームが結成された。


 その過程で出会った女性を、否が応にも思い出す。

 今まで人間に興味を持てなかったネオンが、強く惹きつけられた人間。

 キセナ・ロウイン。生身で機械を圧倒した超人。人間大の2RSに勝てるのは、武術を修めているからだと、まだ理解できる。しかし人間の五倍近い大きさの作業用強化外骨格にすら勝った。もちろん、とどめは2RSが持っていた大口径ライフルではあった。けれどそれは、あくまでそうするのがあの場で一番早かったからというだけで、そんな武器が無くともキセナは勝っていただろう。


(凄かったな……)


 思い返せば、銃弾の雨を浴びても、ロケットランチャーを撃たれても無傷だった。


(いや、本当に凄かったな……)


 最初に会ったのは駅だった。その時はマジメそうで、自分とは合わないだろうと思った。

 二回目に会ったのはメイドカフェ。ネオンは店員として外見を弄っていたし、キセナの方もただならぬ威圧感を放って、お互いに気づかなかった。

 そして三度目。スケルトンを通した戦闘の後。彼女は汗を輝かせながら、協力をしてほしいと言ってきた。ついさっきまで殺そうとしていたのに。それも、安全圏からスケルトンを操作して、一方的に殺そうとしていたにもかかわらず。


 それどころか。


『ならネオンさんは今後、私がお守りします』


 キセナの言葉が頭の中に響く。

 胸を中心に、両手足の指先まで締めつけられるような感覚。ネオンは己の胸を押し潰しながら、両腕で肩を抱き湯船に沈む。


(~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!???)


 声にならない叫び声をあげる。


 浴室には、ぶくぶくと泡の弾ける音が木霊した。



   ☆



 キセナは寮に帰り、軽く絶望した。


「荷解きが、終わってない……」


 玄関に立つキセナの視界を埋め尽くす箱、箱、箱。

 開けっ放しのリビングダイニングの扉から見えるのは、部屋の中心に寂しげに鎮座するベッドのみ。


 すでに日は落ちている。窓の外は暗く、キセナの顔が映る。

 疲れていた。


 追放に伴う引っ越し、昼食時の三人組の撃退、メカニック探しの果てのメイドカフェ牛乳十一杯、拉致された店員を追いかけてロケットランチャーを撃ちこまれ、アジトでは銃の一斉射撃から2RSとの戦闘を経てEXSまで撃破した。


 この状況から箱を開けていくのは耐えられない。どの箱に何が入っているかもわからないのだ。


 キセナは積み上げられた箱の一画を蹴散らして、隠されていた脱衣所への扉を開く。


 戦闘の余波で傷んだスーツを、シャツを、下着をも無造作に脱ぎ捨て、髪を下ろしてバスルームへ。当然、お湯など沸かしていないので今日はシャワーだけだ。カランを捻ってから気づく。石鹸類も出していないから身体を洗うこともままならない。

 水がお湯に変わるまでの間、キセナは立ち尽くした。


(まあ、いいか……)


 全裸の状態で箱を漁ることを想像して、静かに諦める。

 降り注ぐシャワーの中に歩み入り、しばし放心する。上を向いて、顔から熱いシャワーを浴びる。

 素肌を伝う無数の滴が、少しずつ汗や汚れを落としていく。


 それでも、キセナの心に燃える復讐の火は弱まることはなかった。受け入れて、クレタ村の日常の中で笑顔で過ごすことは、とてもできそうにない。


(平和な世界には程遠い……。どうして、そんな簡単に人を傷つけるの……?)


 幼い頃から、何度となく問いかけ続けてきた疑問。

 答えは出ない。応えてくれる人もいない。

 だけど。


(復讐には、確実に近づいてる。情報屋と、メカニックとチームを組めた。私は……私はッ!)


 拳を突き出し、鏡の1 mm手前で寸止めする。拳圧で湯気が飛び、鏡が晴れる。

 見れば、険しい表情の自分が映っていた。


(いつまでも世界が平和にならないなら、私は、世界を平和じゃなくしている人に復讐する。世界が変わらないのなら、私が変わるしかないんだ……ッ!)


 浴室用のタオルもないので、掌で全身を一通り拭ってシャワーを止める。髪を絞って脱衣所に戻り、はたと気づく。


 バスタオルもなければパジャマもない。当然ドライヤーなんてものもない。


 キセナは生まれたままの姿で脱衣所を出て、ベッドへダイブ。


(シーツと布団、別々にしないで良かったー)



   ☆



 翌朝、キセナは腹を壊して仕事を休んだ。

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