第20話 初鼎談(キセナ&ネオン&ユーゴ)
「それで具体的に、何をどうするんですか?」
『そもそもお前ら、依頼の流れはわかってるのか?』
((お前ら?))
ユーゴの言葉に少しばかり引っかかったキセナとネオンだったが、依頼の流れなんて知っているハズもない。
「知らなーい」
「大人数でダイブするんですか?」
『ダイブはしない。拠点襲撃じゃないからな。エレベーターで降りて、エレベーターに戻る。……いやそれよりも前の段階があってだな』
エレベーターというのは、惑星アルケーの地表と天蓋大陸パンゲアニウムを繋ぐ気圏エレベーターである。天蓋大陸の各地域を最低でも一本は支えており、アルケー地表に無数に突き立っている。煙る天へと延びる幾条ものエレベーターは、この星に独特の景観を生んだ。
『依頼を受注したら、まず指定された天底ガレージに機材を発送する。これは依頼の際に地表へ持ち込むことができる装備だ。コンテナにドローンとか、ドリルとかを詰め込むのが一般的だな。武器弾薬も爆発物も可で、基本的に中身の確認はされない。だから今回は、地表のガレージをアクティベートするために必要なあるモノを持っていく』
天蓋大陸は三層構造になっている。天上層と呼ばれる居住スペース、天内層と呼ばれる研究・開発スペース、そして天底層と呼ばれる対アルケー産物質汚染用の緩衝スペースである。各層の間には、それぞれ洗浄用区画が挟まれており、人体に致命的な害を及ぼすアルケー産物質の対策は万全。しかし裏を返せば、下層に降りるごとに命にかかわる危険が増えていくということでもある。
『発送の準備は終わっているから、後は当日だな。電車でネオ・アイチに行って南三番エレベータセンターに九時集合。センターの操作室から、割り当てられたスケルトンにアクセスしてエレベーターに乗り込み、降下。十五時まで地表探索をして竜骨結晶を集めて戻る。昼休憩は任意のタイミングで約一時間だが……』
「襲撃の可能性を考えると、あまり気は抜けませんね」
地表には、ARSを破壊可能な敵性生物が生息している。小型から大型まで様々だが、そのどれもが類似する地球の生物よりずっと大きい。
同時に、他の受注者も敵になる可能性がある。報酬が採集量に応じて変動する出来高制である以上、奪うことを考える者はいる。ただ、攻撃しているところをアイカメラに撮られてしまえば、そのまま証拠映像となって報酬は振り替えられる。そのため襲撃者は、視界を奪ってから襲ってくる可能性が高い。
もっとも、襲撃者が他企業だった場合は話が別だが。
『ああ。それに今回のオレたちの目的達成にもそれなりに時間が掛かる。移動だけで往復三時間、監督員の目を盗む手間も考えると四時間は見ておいた方がいいだろうな』
「九時集合の十五時解散なら、結構余裕じゃん?」
「いえネオン、集合はあくまで私たち受注者の集合時刻、そこからセンター内の移動、ブリーフィング、エレベーターによる降下時間も加味すると……」
「ひょっとして、時間無い?」
『無い。その中で、監督員に疑われない程度の結晶採集もしなければならないが……目的地まで着ければ結晶の方はなんとかなると思っている』
依頼には通例、現場責任者として企業側の人間が一人か二人出てきて、受注者たちを監督する。不正やトラブル防止が主目的で、エレベーターの半ばから見下ろす形だから受注者からするとプールの監視員に近いかもしれない。
「目的地のガレージってどこなの?」
『エレベーターから北東に約200 km、ヴァルジオ山の山頂』
「あれ、そこって……」
「まさか」
『通称フラスコ山。開発放棄地区の一つだ』
キセナもネオンも、地表で活動していたから知っていた。アルケー地表の中でも、絶対に近づいてはいけないと言われる危険地帯。その中でも環境面・生物面の両面ともで危険度超S級と設定された最悪の地域だった。
綺麗な円錐形の山のシルエットと、中ほどで折れたまま放置された気圏エレベーターが合わさってまるで三角フラスコに見えることから、そう呼ばれる。
「正気ですか?」
「山頂のガレージってぇ……折れた気圏エレベーターじゃん……」
『開発放棄された理由は大きく三つ。環境面では竜骨結晶の成長が早く、大規模設備では管理できないから。つまりは竜骨結晶の粒子、
「製作するところは、厳密にはファクトリーだけどね」
アルケー産物質の中でも、最初に発見された物質。それが
だが、その成長する性質は人間にも牙を剝いた。
アルケー産の物質は、どれも致命的に有害である。成長する性質は人体内部でも消えることはなく、
「それで、タイラーさん……タイラさん? には、高濃度
『まあな。長くなるから説明は省くが、ガレージの機能を復活させられたら、対策は可能だ。だから今回の目的はあくまで、フラスコ山ガレージの再起動だ』
「結局さー、なんでキセのんが必要だったん? 再起動だけならあんた一人でもできそうじゃん」
『いやオレには無理だ。というより、できない状況でいることが重要、と言うべきか』
ここで一旦、説明を終える。細々とした説明や注意事項は残っているかもしれないが、作戦に必要な情報はだいたい共有することができた。
あと、言うべきことがあるとすれば。
ユーゴはおずおずと二人に切り出す。
『その、できればオレのことも名前で呼んでくれないか? タイラーの名前は、情報屋として他所でも使っていたから、万が一にも関係性に気づかれたくない』
「わかりました。ユーゴさん……でいいですか?」
対応が早いキセナに対し、どこか渋い顔をするネオン。
「うーん。ユーゴの漢字ってどう書くの?」
「どうしたんです藪から棒に」
「いや、せっかくのチームだからあだ名をつけたいじゃん?」
『そういうことなら、悟性が有るでユーゴだ』
「哲学的なお名前ですね」
「んじゃアルゴんね」
ユーゴは、圧倒的速度で距離感を詰めてくるネオンに底知れない恐ろしさを感じつつも、あだ名をつけられたことで頬が緩んでいた。
一方で、今度はキセナが顎に手を当て思案顔だ。
「確かに、これから私たちはチームとして活動するんですよね」
「そだね」
『そうなるな』
「ならば、チーム名というのも決めておいた方が良いのでは?」
一理ある。
ネオンとユーゴの感想は一致した。
こうしてキセナの一言から始まったチーム名決めは、侃々諤々とした議論を経て、気絶していたスパルタンズの面々が全員意識を取り戻すまで続いた。
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